episode4. アンドロイド依存症の発症原因
ラバーズは恋人になる事を目的としたパーソナルプログラムだ。
アンドロイドと暮らすうちに恋人にしてしまう人間は少なくないが、ラバーズは制作時点で恋人を目的にしている。これは職業ではないが、それでも特定のカテゴリに特化している事から『恋人型』と呼ばれる。
「はい、じゃあ小テストしまーす。最も人気のアンドロイドは?」
「人気!?え、それはどの市場の話ですか?それによります」
「おお、馬鹿ではないな。じゃあ各一位とその理由を十秒で答えろ。まず生産数」
「十秒!?え、えっと、パーソナルの無いニュートラル。パーソナルプログラムを入れなくて良い分安くて企業の大量発注需要が高い」
「正解。じゃあ新規購入数」
「ファミリア。美醜度外視の単純作業用ニュートラルはアタッチメント交換できるからフルボディ購入の需要は低い」
「まあいいだろう。次、単価」
「ラバーズ。見た目は良いが機能面で職業特化型に劣るため富裕層しか購入しない。生結果低ロット高単価になる」
「はい、よくできました。教科書通り」
漆原は馬鹿にしたようにパチパチと拍手をした。
自信満々に誇らしげに答えていただけに、あからさますぎるその態度にイラついた。だが大学でもよく「久世は教科書通りの開発だな」と言われているのを思い出し、何だか恥ずかしくなってしまった。
「むくれてんなよ。こっからはちょっと変わるぞ。購入後返品数」
「へ?返品……えーっと……ラバーズ?理想の恋人にならなかった、とか」
「外れ。次、システムエラー報告数」
「えー!?えっと、えーっと、じゃあラバーズ!プログラムが複雑だから!」
「外れ。クイズじゃねえんだから考えろよ。次、訴訟数」
「……ラバーズ。痴情のもつれ」
「大外れ。最後、逮捕数」
「ラバーズ!ストーカー化!これは絶対そう!」
「外れ。はい失格」
お見事、とまた馬鹿にして拍手してくる漆原に美咲はくうっと唇を噛んで地団駄を踏んだ。
「落ち着け。今言った返品とエラー、訴訟、逮捕。これは全部ニュートラルだ。何でだと思う?」
「ニュートラル?へえ、問題事には無縁そうなのに」
「お、その感想は悪くない。数量を競えば必ずニュートラルが一位だ。これは単純に生産数が多いからだ。母数が違う」
「そっか。母語一位が中国みたいな事ですね」
「そうそう。ラバーズが圧倒的問題児に見えるだろ?そう印象付けたのがこのA-RGRYだ」
漆原はコンッとパソコンのモニターを叩いた。
「A-RGRY以前のアンドロイドはスペック重視だった。この時点で機能面は充実してたんだよ」
アンドロイドの歴史は業務用から始まる。
一番最初に作られたヒト型――ヒューマノイドは受付嬢だ。だがこれは見た目がいかにも作り物でなかなか流通しなかった。
だが見た目を追求しない業務のヒューマノイドは流通が早く、力仕事が主の工事現場や配送業者に好評を得た。次いで生産が増えたのは護衛型だ。厳密に言えば、外で歩き回るタイプではなくオフィス内で活動するセキュリティ型である。監視カメラや入退出管理といった管理を一手に担い人件費が大幅に削減された。見た目も綺麗な護衛型が完成してからは外を歩く警備員もヒューマノイドが採用されている。
こういった、機械がやった方が良い業務から開発が進められたため機能自体は文句なしだった。
「でも感情に乏しい。いくら優秀なAIを搭載しても、感情なんて臨機応変個性の差をプログラム化するのは難しかった。だからAIとは別に、AIが操作する別プログラムとしてパーソナルを作ったんだな」
AIとパーソナルは機能も役割も全く違うのに一緒くたにされがちだ。その理由はこの二つは必ず連動し、そうして初めて役割を果たすからだった。
例えば、アンドロイドが人殺しをしないのは何故かというと、人殺しを好む性格になったとしても脳がそれを許さないからだ。趣向を司るパーソナルと判決を下すAI。これが独立しているからこそ人間の定めた規則を遵守する。
つまり人間を殺すアンドロイドを作るなら脳から作り直さなければならないのだが、アンドロイドのAIとパーソナルを作るというのはそう簡単じゃない。数千という天才を確保する美作グループでさえ未だに手をこまねいているほどだ。
「けど何とかパーソナルのバリエーションを増やそうって作られたうちの一つがラバーズだ。これが美作を世界最大のアンドロイド企業に押し上げた」
「アンドロイドの父、藤井啓介博士!」
「そうそう。さすがにそれくらいは分かるか」
「もちろんですよ!現代アンドロイドパーソナルの七割が藤井博士単独開発のパーソナル!そのツートップがファミリアとラバーズ!まさにアンドロイドの父ですよ!」
「まあそうだな。けど正確には単独じゃない。ベースになったプログラムが別にあるんだ」
「え?そうなんですか?」
「ああ。まだパーソナルプログラムが無い時代ので、AIに組み込まれてたサービスセンセーション――奉仕するって思考回路だ」
「メイドとか家政婦の奉仕型のですか?」
「ちょっと違う。現代の奉仕型ってのはあくまでも販売戦略上設けられたカテゴリーにすぎない。奉仕型と介護型、それと護衛型のベースボディは同じなんだ。ただ奉仕型は人間を持ち上げる言葉のバリエーションが豊富で、介護型は心配したり医療関係の言葉が豊富。護衛型は耐荷重が高いだけ。プログラム自体に差異は無いんだよ。でもサービスセンセーションはAIで完結するからアンドロイド自身が『奉仕とは何か』を考えて動く。だから同じボディでも個性が出た。けど量産型なのに個性持たれちゃ困るから制御装置を増やして分断して、これが今のパーソナルに発展したんだ」
急に早口でつらつらと解説を始められて美咲はうっ、と息を呑んだ。
大学では開発自体を勉強しているだけで販売戦略なんて知らないし、サービスセンセーションなんてアンドロイド史の授業でちらりと聞いた程度だ。
漆原の話の半分も分からず、美咲はにへらと作り笑いで聞き流した。
「この流れでラバーズが出来上がったわけだけど、初期はサービスセンセーションと大差なくて個性が出ちまった。藤井博士は商品にはできないって断固反対だったんだけど、当時の美作上層部は喜んじゃって商品化しやがった。それがA-RGRYなんだ」
「え!?開発者がダメって言った物を世に出したんですか!?」
「そ。だから藤井博士は流通を阻止するために販売権を求めて裁判を起こしたんだ」
「美作を相手にですか?」
「ああ。けどその決着が付く前にA-RGRYのストーカー化が多発してこの大惨事ってわけだ」
難しい話はスルーしたが、開発者の許可なく販売する恐ろしさは美咲でも分かる。
簡単に言えば、AIが殺人を禁止してもその指示が届かず殺人をしてしまったりするという事だ。
「この事件を機に美作上層部は総入れ替え。それで建て直したのが現社長鷹司総一郎ってわけだ」
「はー。それで社長が美作さんじゃないんですね」
「そゆこと。A-RGRY自体はそれで終わったけど、問題はもう一つあるんだ」
まだあるのか、と既に脳疲労を起こしている美咲はぐらりと頭を揺らしたが、漆原はガシッと美咲の頭を掴んだ。
聞け、と目で訴えられて美咲は小さくスイマセン、とこぼす。
「勉強しろよ、インターン。ストーカー化して死亡って具体的にどういう死に方してると思う?」
「ええ~……殴られて、とか?」
「大外れ。持ち主がA-RGRYと心中するんだよ」
「はあ!?」
「心は恋人なのに身体は繋がらない。けどいつしかプログラム通りにしか動かない事を愛情不足と思い始めて、結果一緒に死ぬ。これ何かとそっくりじゃないか?」
「……アンドロイド依存症……」
「そう。アンドロイド依存症ってのはこのA-RGRYから生まれた病気なんだ」
美咲は部屋でくたりとしたまま動かないアンドロイドを思い出すと同時に、異常な演出で心中したという噂を思い出す。
自分の部屋にそんなアンドロイドがいるのかと思うと背筋が震えた。
「いくら人間そっくりでも所詮は定められたプログラムだ。でもある程度は成長するだろ?例えば購入した時は『お疲れ様』って言うだけだったのが『お疲れ様。疲れたでしょう』まで言うようになる。そうやって少しずつ成長はするがどこかでストップする。だが人間の欲は尽きる事を知らない。疲れた事を配慮するなら食事の準備をしておいて欲しい、食べたら片付けて欲しい、お風呂の準備もしておいて欲しい。どんどん出てくるだろう?それがアンドロイドの能力で賄えるうちはいい。だがA-RGRYは優秀で、恋人にフられた女性にこう言ってしまった。『僕がいるじゃないか』ってね。じゃあここで小テスト」
「また!?」
長台詞を右から左に流していた美咲はびくりと震えた。
「販売から五十年も経ってようやくアンドロイド依存症が大騒ぎされてるのは何故でしょう」
「え……ええ……」
「ブー。時間切れ。ではヒント問題。アンドロイドが購入可能になる年齢は?」
「二十五歳」
「じゃあA-RGRY発売時に即買った人は若くて何歳?」
「五十年前ですよね。七十五歳くらい?」
「そう。そして老後を一人で暮しているとより依存して症状が悪化する。それが昨今のアンドロイド依存症問題ってわけだ」
「けど学生だって多いですよ」
「ありゃ依存症じゃなくてノイローゼ。最近じゃアンドロイド関連の自殺は全部アンドロイド依存症にくくられるけど、元々はA-RGRYに起因する依存症状を指すんだよ。でも依存症は本人が良ければそれで良しってモンでもあるから回収も難しい」
「それで強制回収じゃなかったんですね」
「まあそれ以上に情報管理システムの不具合も多かったけどな」
そんなヤバイ機体が何でうちのマンションに、と美咲はごみ捨て場で寝ていた様子を思い出す。
漆原はうーんと少しだけ考え込むと、ああ、と何かに気付いたようだった。
「お前んとこってアンドロイドOKなの?」
「はい。あ、だからか!」
「アンドロイド受け入れ体制整ってるマンションあんまないからな」
「くそ~……」
「まあでも型番分かれば購入者は分かる。そうすりゃ返却して終わりだ。はい、問題。購入情報を調べる部署は?」
「え、えっと、販売管理部?」
「そこの上長は?」
「知らないです」
漆原は当然のように答えた美咲の態度を鼻で笑った。
ざまあみろとでも言いたげなその表情から後ずさって一歩逃げるが、漆原は再び美咲の頭を掴んだ。
「俺だよ。俺は三部署持ってて、開発部とセキュリティ管理部、それと販売管理部」
「あ~……」
「というわけで、これは俺の仕事。つまりはお前の仕事」
「うげっ!!」
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