episode2. 時代を牽引する若き天才・漆原朔也

 それは美咲のインターンが漆原朔也率いるボディ開発部に決まった時の話だ。


 「ホントにボディ開発でいくの?」

 「んー。配属されちゃったし」

 「インターンて異動できないの?開発は止めといた方が良いと思うよ」


 アンドロイド開発者は人気の職業だが、開発にも何の開発をするかによって行う作業が全く違う。

 パーソナルプログラムとAIが同率一位で最も不人気なのがボディ開発だ。

 理由は単純で、業務が大変で残業過多のわりには成果が見られず評価されにくいからだ。

 研究をし続けても目に見えるほど一足飛びに偉業を達成できるわけではないので何をしているか分からない傾向にある。

 技術は一進一退を繰り返し、今では髪型や目のカスタムにバリエーションを持たせる事で最新機種としているだけで新たな機能は無い。


 さらに困るのは、アンドロイドボディ開発者から脱落すると転職がしにくいという点だ。

 アンドロイド開発は家電とは技術を共有できない、完全な専門家だ。それだけに卓越した人材として注目を浴びるのだが、逆を言えばアンドロイド開発しかできないという事で、辞めたら就職に困る傾向にある。

 そして世界的にも花形であるアンドロイド開発をやっていたというプライドもあるので一般家電では満足できないのだ。


 しかもボディは物理的に場所を取り移動も大変なので作業時間はパーソナルとAIと比較するとかなり長く、忙しいから副業もできない。

 だからあまり希望者がおらず、開発部になるならインターンは遠慮するという学生が七割だ。

 だがそれでも美咲はインターンへ通うことにした。


 「だってあんたの目的は開発じゃなくて漆原朔也とお近づきになる事でしょ」


 ――漆原朔也

 日本最高峰にして世界でもトップクラスの美作アンドロイド大学ボディ開発学部に首席入学主席卒業。

 大学院博士課程修了後二十七歳で美作へ入社したが、インターン中にアンドロイドファッション事業を立ち上げ代表取締役となるとこれが大当たりした。入社しわずか一年で三部署のマネージャーとなり、現在美作グループの子会社中売上第三位となっている。

 数年もすれば確実に美作グループの役員になるだろうと言われている伝説級の人物である。アンドロイドに疎い一般人ですら漆原朔也の名前は知っているほどだ。


 「凄い人の下で働いてみたいじゃん」

 「何尤もらしい事言ってんの。あんたの目当ては顔でしょうが」

 「うっ……」


 彼は確かに伝説級の天才だが、ひと際大きく取り上げられた要因はその容姿にあった。

 高身長かつ整った顔立ちをしており、そのおかげで社内外問わずテレビやら雑誌やらに取り上げられ女性からは圧倒的な支持を得ている。

『時代を牽引する若き天才は芸能人顔負けのルックスとスタイル』というような持ち上げられ方に、例にもれず美咲ものめり込んだのだ。


 麻衣子は盛大にため息を吐き、スマホを取り出し漆原朔也の記事を検索した。


 「なにこれ。『とても学者とは思えない肉体美』って、開発者インタビューで肉体美語る意味が分からないのだが?」

 「……ボディ開発は引きこもりになる事多いのにスタイル良いのはすごいじゃん……」

 「男目当てにボディ開発部入るとかアホでしょ。うわ、何で脱いでんのこの人」

 「そ、それだけじゃないわよ!アンドロイド可愛いから自分で作りたいなーって思って大学入ったし!」

 「現目的は漆原朔也が九割でしょうが。そんな暇あったら勉強せえ。あんた全試験追試じゃん」

 「う……」


 美咲は世の中の平均からみれば決して不出来ではない。

 だがこの美作グループが経営するアンドロイド大学には世界から選び抜かれた人材が集結している。海外からの入学希望者も多く、美咲では付いていくので精いっぱいなのだ。いや、追試の時点で付いていけていないのだが。

 麻衣子が面白そうに漆原朔也の画像検索をすると、出てくる画像はまるでアイドルか俳優のような写真ばかりだ。一般人、特に女性にアンドロイドが普及したきっかけは漆原朔也だとも言われている。


 「ま、最悪入社しなきゃいいって。漆原朔也に近付けた時点でインターンは成功かつ終了」

 「終わって無いわよ!これから始まるの!」

 「何が?恋が?」

 「違うわよ!インターンよ!」

 「どうせなら恋人の座勝ち取って来なさいよ。この人まだ二十八だか九だかでしょ?イケるって。そこそこ可愛い顔してるからあんた」

 「え、イケるかな」

 「ほらみろ、色恋目当て」

 「ち、違う!」

 

 こんな調子で美咲はインターンを始める事となったのだ。

 そしてインターンが始まって三ヶ月ほど経った今、美咲は麻衣子の言う事を聞いておけばよかったと激しく後悔していた。


*


 出勤してすぐ、美咲はフロアでぎゃあと声を上げた。


 「漆原さん!いつもいつも!普通に声かけられないんですか!頭に顎乗っけないで下さい!」

 「みさきちは小さいなあ」

 「美咲みさです!っていうか止めて下さいその呼び方!」


 それはインターン初日の事だった。

 まずは全員に挨拶してパソコンの設定をするのが業務となる日だが、当然真っ先に挨拶するのはマネージャーだ。

 憧れの人の部署に配属されて相当浮かれていたが、漆原の一言は最悪だった。


 「久世……?みさきじゃなくて?」

 「は、はい」

 「へー。何で?普通みさきじゃない?わっかりにく」

 「……は?」


 しーん、と空気が止まった。美咲以外の社員も「え?」という顔をしている。

 名前の読み間違いは美咲にとってデフォルトだ。二十年以上続くこの出来事は、もはやいちいち目くじらを立てるような事でもない。


 (え……何この人……)


 珍しいねと言えば良いし、そもそもそこまでピックアップするほどの事でもない。間違えてごめん、で終了でいい。

 憧れの人の失礼極まりない悪態に驚いたと同時にイラっとしたが、インターン初日でこれからここで働こうという挨拶で上司に噛みつくのが愚かだという事くらいは美咲にも分かる。


 「……両親に伝えておきます……」

 「両親?あははは。笑えるなお前。がんばれ」

 「頑張れ?何を?」

 「名前を。はい、次の子。お、男。男は力仕事やってもらうからな。運動やってる?」

 「はい!柔道を五歳の頃よりやっています!」

 「お、確実に役に立つ奴。大学では何の研究やってたんだ?」

 「え、あの、わ、私は?」

 「何が?」

 「何って、まだ何の自己紹介も」

 「名前聞いただろ。あ、お前のあだ名はみさきちな」

 「え?」

 「で、柔道の君名前なんだっけ」

 「近藤幸也です!」

 「え、あの……」


 これで終わりである。

 他のインターンには意気込みを聞いたり大学で何してるのかなんて有意義な質問をしているのに、美咲だけからかわれて終わったのだ。

 はっきり言って不愉快だった。だが不愉快なのはそれだけではない。


 「もー!一日に三回は私のつむじつつくの何なんですかあの人!!」

 「漆原さんにいじってもらえるなんてずるーい!!」

 「いいなー!私も顎乗っけられたい~!」

 

 百八十三センチメートルもある漆原にとって身長百五十五センチメートルしかない美咲はちょこまかしてて面白いようで、何かに付けておもちゃにされている。普通に声をかければいいのに何故か顎を置いてくるのだ。

 そしてそれを見た女性社員がきゃあきゃあと喚きだし、この手の話で貴重なランチを潰される。

 仮に美咲もこの話が楽しめるのなら良いが、何故あんな不愉快な扱いをしてきた男の事で時間を取られなければいけないのかと美咲はイラつきを隠せない。女性社員がきゃあきゃあと騒いでる様子も疲れるだけだった。

 そして自分もこうだったのかと思うと、つくづく麻衣子の進言にしっかりじっくり耳を傾けるべきだったと後悔した。


 「……インターンって異動できるんですかね……」

 「え!?もう開発嫌になっちゃった!?」

 「漆原さん!!大変!!みさきち異動したいって!!」

 「ちょ、ちょっ!」


 なんだと、と漆原がぴくりと眉をひそめてずんずんと美咲に詰め寄りつむじを抑えた。


 「根を上げるほど仕事してねえだろ」

 「……別に開発が嫌なわけではないです……」

 「あー、ほら。漆原さんがいじめるからですよ」

 「は~?おいこらガキんちょ。いいか。会社ってのは上司も同僚も選べねえの。その中でやってくのが社会人。ンな理由で異動希望なんて百年早い」

 「じゃあせめてつむじつつくの止めて下さい!顎を乗せるな!みさきちって呼ぶなー!」


 美咲は全力で反抗した。したつもりなのだが、漆原も他の社員もあははと笑っていた。


 「けど、そうだな。何か成果を出せば他ンとこに推薦を出してやらんでもない」

 「本当ですか!?何ですか成果って!!」

 「俺が『この子はそっちの部署に必要です』って紹介するに値する物なら何でも」

 「……それはもう駄目じゃないですか……」

 「お、良く気付いたな。その通りだ」


 美咲はがっくりと肩を落とし、そのまま弄られ続けて一日を終えた。


 そしてとぼとぼと家に帰ると、一人暮らしだから無人なのだがただいまー、と声を出す。

 ぐったりとしたまま自室の電気をつけると、誰もいないはずの部屋に人の姿があった。


 「……忘れてた……アンドロイド拾ったんだった……」


 最初は興味本位で調べようと思っていた。なんなら漆原に助けを求めてここぞとばかりに近づいてやろうとも思っていた。

 だがもうそんな面倒な事をする気にはなれず諦めて警察へ連絡したら、五体満足で所有者不明の場合は所有権が取得者へ一時的に移行してるから警察では処理できなためメーカーと型番を調べてくれとかどうとかいう、アンドロイド三大権利訴訟の影がチラついてきたので一旦横に置いておいたのだ。


 「君も家に帰りたいよねえ。旧型だけど、こんな綺麗なら大事にされてたんだろうし」


 アンドロイドというのはパーツを組み立ててる以上接合部があり、いかにそれを綺麗に隠しつつ機能を向上させるかが難題だった。

 いまでこそ柔軟性の高い人工皮膚で運動も可能になっているが、昔は関節パーツが剥き出しのものが多かった。このアンドロイドはそれよりは多少まともな関節をしているが、それでも肘にはくっきりと接合部が見えているし首はケーブルのジャック穴まで剥き出しだ。

 これはもう調べるまでもなく旧型だが、それにしては服が綺麗だった。ゴミ捨て場に転がったせいで汚れてはいるが、ボロボロではないし着古してるわけでもない。確実につい最近まで着替えをして貰っていたはずだ。とてもいらないから不法投棄したようには見えない。

 美咲はできれば持ち主に返してあげたいとは思っているが、メーカーが分からないと調べようがない。

 外から見える部分には書いていないようで、今のところ何の手がかりも無しなので放置してしまっていた。


 「ボディの中に書いてある事多いしな~……」


 アンドロイドのボディ解体は容易ではない。

 設計図を持たない人間が解体すると暴発したりする危険性があるのと、アンドロイドが保有してる個人情報を不正に持ち出す可能性があり、その場合罪に問われてしまう。

 そのためアンドロイドは何もせず警察かメーカーに渡すのが無難なのだがそれもできないとなると――


 「このクオリティなら美作ブランドだろうし、漆原さんにパスしよ」


 法律問題にもなるほどの事を抱えるよりは嫌な上司とのコミュニケーションくらい我慢するか、と言い聞かせた。

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