episode1. アンドロイド依存症

 「え!?麻衣子、またアンドロイド買い替えたの!?」

 「だって新機種出たからさー」

 「前の子買ったの半年前じゃないっけ!?」

 「中古で売った」

 「金持ちめ~!」


 アンドロイドの個人所有は現代日本において富裕層のステータスだ。

 六十年程前に業務用が流通し始めたが、これは一体数千万円と高額なうえ職業特化型なので一般家庭には普及しなかった。

 しかし十年経った頃にはアンドロイドのオーダーメイドを受ける個人開発事務所が増え、動物型や亜人間型が先行して普及した。だが固有設定が必要なアンドロイドは量産品よりはるかに高額で、当然一般家庭には無縁のもだった。

 それでも富裕層には需要があり、その中でも最高額となるヒューマノイドを手にするのは何者にも代えがたい名声となっていった。

 しかしそれも束の間、五年もすれば量産型家庭用アンドロイドが生産され、見た目が美しいヒューマノイドも一機数十万円で購入可能となり、車を持つかヒト型アンドロイドを買うか、という程度には身近な物になっている。


 「今度のも美作製?」

 「あたりまえじゃん。美作ブランド以外興味ナシ」


 アンドロイドの進化はたった一つの企業によって牽引された。それが株式会社美作ホールディングスだ。

 美作グループは世界最大のアンドロイド事業を行う企業で、子会社数は四十二社で従業員数約二十七万人。

 世界のアンドロイド出荷機数約三億二千万機のうち六割が美作グループ製品で、さらにヒューマノイドの性格になる《パーソナルプログラム》の八割は美作グループの開発したシステムで生産されている。

 つまり、今のアンドロイド市場の将来は美作グループが握っていると言っても良い。


 「けどさ、面倒じゃない?また住民登録しなきゃいけないじゃん」

 「そうだけどさ。まあそれはお父さんの秘書がやってくれるし」

 「っ金持ちめー!!」


 アンドロイド、特にヒューマノイドは問題も多い。

 住民登録や住民税が必要だったり、個人所有でも家政型や護衛型のような職業特化型には給料が必要――という法律がある。この手続きが非常に面倒くさく、個人商店を開くような手続きが必要になり管理者としての資格を取得する必要もある。


 それだけじゃない。購入自体にも問題が多い。

 アンドロイドの性能の高さによる様々な影響を考慮し、法律で二十五歳以下は購入できない事になっているが実際は無法地帯となっている。

 これは親が購入して高校生の子供に与えてしまうと所有者の変更はされないから販売元企業がそれを把握できないのだ。しかしこれを制限する法律が無いので販売後の権利問題が混乱している。

 この対策は進められているが、同時に火が点いたのがアンドロイド人権問題だ。

 現時点でアンドロイドは形状に関わらず人権が無い。ヒューマノイドであっても家電扱いだから首を切断しようが手足をもごうが法に触れる事は無い。アンドロイド関連の法律は問題を起こしたアンドロイドを罰する法ばかりで、彼らを守る法律というのは存在しない。

 おかしいのは人権が無いのに保険税やら住民税やらといった、人間同等の税金がかかる事だ。

 その額およそ毎月五十万円、職業特化型の高額機体は二百万円までいく物もある。ヒューマノイドはメンテナンス費用が毎月五十万円近くかかるし充電もしなくてはならない。


 「今度はちゃんと所有権お父さんにしたでしょうね」

 「当たり前じゃん。まさか家政婦に持ち逃げされるとは思ってなかったわ」

 「家政婦を所有者にするのが悪いよ」


 アンドロイドによる問題はまだまだあって、自由権と労働権、そして所有権に関する《三大権利訴訟》だ。

 これはアンドロイドにその権利を与えるかという意味ではなく、誰がこの権利保有するかが問題になる権利である。


 自由権とは『アンドロイドを自由に扱って良い悪いか』という意味だ。

 例えば、購入者がアンドロイドで殺人ごっこをして破壊した場合これを良しとするかという事だ。

 法律で言えば問題は無い。ただし、それを見た周囲の人間が気分を害して精神的被害を訴える場合がありこれはまた別問題となる。

 

 労働権とは『アンドロイドに労働をさせて良いか悪いか』だ。

 これは主にメーカーと購入者の間で発生するのだが、市販のアンドロイドにはそれぞれ目的があり、それに沿った用途がある。

 例えば、家政婦アンドロイドは家事を行う「収益を得てはならないアンドロイド」だ。

 これはメーカーが国に提出している商品規定のため購入者も厳守する必要があるのだが、黙ってアルバイトをさせて収入を得る人間が少なからずいる。

 これは確実に違法なのだが、近年一部例外が発生している。労働ではなくお手伝いだと言い張り、給料を金銭では無く物品で行うケースだ。

 これをされると違法ではなくなってしまい、そしてこれが最も発生しやすい問題で法改正が検討されている。

 

 そして所有権。

 これは単純に誰がアンドロイドの所有者かという事で、主に共有財産で購入した夫婦間で発生する。離婚する時どっちが持って行くかだ。

 遺産相続時にも見られるが、世話をしていた人間が持って行く権利があるとか生活能力の有無だとか、そういうった論争だ。

 あまり多くは無いが、それなりに聞く問題である。

 こういった、購入よりも購入後の問題こそが富裕層以下の一般家庭に普及しない要因だ。


 「でも麻衣子の部屋から持って行ったんでしょ?それって窃盗罪にならないの?」

 「知らない。でもアンドロイド一体のために訴訟とか面倒でしょ」

 「金持ちはこれだから……」

 「それよりさ、聞いた?三年生の生徒がまたアンドロイド依存症で自殺したって」

 「えー!?また!?」


 実は、法律や権利とは別の理由でアンドロイドの存在意義が疑問視され始めている。


 それが《アンドロイド依存症》という生活習慣病だ。

 

 これはアンドロイドの普及とともに発生した病気だ。

 病状はその名の通り、アンドロイドがいないと日常生活を送れなくなるといったものだ。

 症状は広いが、よくあるのは家事や仕事をアンドロイドにやらせて自分は部屋から一歩も出なくなったり、家族や恋人として扱った結果壊れてしまうと一人で生きていけなくなってしまったりといったところだ。

 厄介なのは初期か末期のどちらかしかないところだ。

 何しろアンドロイドというのは「便利に使う物」だからぱっと見る限り自堕落になった程度にしか見えないのだ。

 しかも外から見れば家事も仕事も成立してるので所有者が依存症になってると気付けない。それが当たり前になっているからだ。

 つまり、アンドロイドが修理不可能――人間でいうところの死亡となって初めて悪化するのだ。末期に入ったら治療は難しく、アンドロイドが壊れないように維持する方が現実的だったりする。

 一番最悪なのは依存症患者が自殺した事で周囲がやっと気づくというケースで、これが最も多いのである。


 今までアンドロイド依存症にかかるのは主婦が多かった。

 これは人間性や性別によるものではなく、単純に一緒に過ごす時間が長いからだ。

 人間に優しくするようプログラムされているから不愉快な思いをさせられる事が無い。常に気分良くしてくれる事に慣れてしまい、家族の些細な言い争いですら激しいストレスになってしまうのだ。

 しかもアンドロイドは老化しないので、年老いた人間よりも美しいパートナーを選ぶケースも少なくない。

 だが近年は患者層が変わってきている。最も多いのはアンドロイド開発従事者だ。

 アンドロイド開発者になるためには相当な努力が必要だ。勉強量も学費も研究時間も、一日のほとんどをアンドロイドのために生きる。大学は六年間通う生徒も少なくない。共に過ごす時間が長い、いや、長すぎるのだ。

 しかも今はアンドロイド開発は全職業の中でも花形で、希望者が多いだけに患者数も多いというわけだ。


 「アンドロイド作ってる学生がアンドロイド依存症って笑えないよね」

 「またパーソナルプログラム学部だって。やっぱ入れ込んじゃうんだろうね」

 「じゃなきゃパーソナルなんてやらないっしょ」


 アンドロイドの製造は大きく三種類に分かれる。

 肉体にあたるボディ開発と脳にあたるAI、そして性格になるパーソナルプログラムだ。

 ボディの開発者は作るまでが仕事なので一機ずつへの思い入れを強く持つ人は少ない。機能性を追求するために次から次へと新しい機体を作り、企業の開発情報を持っているので必ず廃棄される。

 AIは保管場所を取らないデータなので廃棄はされないが、量産型で指示を出すだけの物なので個性が無い。そのためか個人的な愛着を持つ人は少ない。


 だがパーソナルプログラムは別だ。

 一度作るとAIと連動して個性を持ってしまう。それを研究対象とするのだが、これが自分のパートナーのように思うようになる開発者が非常に多いのだ。

 そして、これがアンドロイド依存症になっていくのだが、ここで問題になるのが廃棄だ。

 どれだけ大事にしても、ボディを持ってしまった以上廃棄される。パートナーを殺されたように感じてしまい、アンドロイド依存症が悪化する。この場合は企業への就職は辞めて個人開発事務所へ転向する事がほとんどだ。


 だがアンドロイド開発の個人事務所で成功するのは大企業から独立したごく一部で、学生では実質不可能だと言っていい。

 そもそも、量産型が出て以来個人開発の需要は大きく下がっている。

 その理由は開発費用の高さや手間よりも品質の悪さにある。

 アンドロイド開発が個人で行われない理由は、エンジニアとしての開発力とは別に外見を作るデザイン力と人格形成をするアンドロイド心理学の習得が最低限必要だからだ。

 だから企業は専門部署を複数設けるわけだが、個人事務所はその全てを一人でやる必要がある。無理があるのだ。

 やればできなくもないが、苦手分野に関する作業は遅いし専門家よりもクオリティは劣る。

 特にデザイン力というのは開発からかけはなれた分野だ。

 ようするに、企業から販売されてる物を買うのが早いし品質も良い。ましてや学生の作品じゃたかがしれているのだ。

 

 ただし実力のある開発者であれば、個人の要望に寄り添った開発ができる点で量産販売企業よりも良い評価を得る。

 そして暇な金持ちは庶民では取り組めない事を手掛ける優越感を満たせるのでオーダーメイドを趣味にする者も多く、多少吹っ掛けても何も言わない。むしろ財産持ってますアピールができるので好まれる傾向にすらある。

 つまり富裕層の暮らす街に事務所を構えれて顧客を二、三人確保すればそこそこやっていけるというわけだ。 

 それでも売れるかどうか分からないロボットやアンドロイド開発は博打に近い。

 だから個人開発者は副業をするのが基本なのだが、大体にして電気屋や家電専門店、次いでアンドロイド用パーツ販売、開発以外に脳の無い人間の最終手段は何でも屋だ。

 だから企業への就職に執着する者も少なくない。だがこれはアンドロイド依存症を悪化させるという悪循環に陥っている。


 「廃棄されたアンドロイドの頭部だけ抱えてたって。しかも血に見立てて赤いペンキで部屋中真っ赤」

 「う、っわ~……末期極めちゃったかー……」

 「これ最近多いよね。模倣犯っていうか、それが愛情の証明みたいに感じるらしいよ」

 「それ似たような話ニュースでも見た!三年生ってそれ?今朝報道されたやつ」

 「どれよ。アンドロイド犯罪多すぎて分かんない」


 アンドロイド犯罪とはその名の通り、アンドロイドによる犯罪だ。

 犯罪といっても、プログラムエラーで異常行動を取り、その経過で物理的な二次被害をもたらすワンパターンである。

 多いのは恋人設定が狂ってストーカー化し、終われた人間がマンションの屋上から落下――などで、今最も問題視されているアンドロイド犯罪だ。


 「ストーカーアンドロイドって月に一機は出てるよね」

 「恋人アンドロイドは需要高いからね」

 「まあ気持ちは分かる。イケメンだし優しいし。でもそれで少子化してちゃ世話無いよ」


 アンドロイドに購入年齢制限が設けられたのにはいくつか理由があるが、その一つがこれだ。

 アンドロイドに入れ込んだ挙句結婚をしない女性が多くなり、当然だが子供が生まれない。実際、結婚と出産をしない理由トップ3にアンドロイドが入っている。

 人間同士の結婚よりもお金次第で絶対に裏切らず言う事を聞くアンドロイドの方が良いのだ。

 こうして生涯をアンドロイドと過ごす者も多く、老後の介護関係業務はもはや人間の手から離れつつある。

 しかしそれは生涯をアンドロイド依存症で過ごすということでもある。だがアンドロイドに依存するのが悪いというのは一般論であり、実際生活に必要な道具なのだからという意見も多い。それなのにアンドロイドに人権を与えないのは如何なものか、とここでアンドロイド人権問題が火を噴くわけだ。


 「まあでもこれって恋人になれるパーソナル《ラバーズ》の問題だよね」

 「介護問題は家族になる《ファミリア》でしょ?」

 「美作が依存前提の超安全なパーソナル作ってるって噂あるけどどうなの?美作のインターン」

 「インターンにそんな重要な情報降りてくるわけないでしょ」

 「だよね。それにあんたの問題はアンドロイドの未来じゃなくてあの男だろうし?」


 う、と美咲は声を呑み込み頬を膨らませ、麻衣子は目を逸らす美咲の頬を突いてにやにやと笑った。


 「で、どうなったの?漆原朔也」

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