2 【十年前の戦がすべての元凶】
皆が知っていることだが、生物というのは古くから様々な発展を遂げてきた。文字を持ったり、金属製品を使用したり。
その反面、いつまでも農耕や石器のみで生活し続けてきた地域、種族もあった。王国が発展した理由は先述のとおり、文字や金属を使って産業を発展させ、その技術を持たない国を征服し続けてきたからだ。
時代の流れにより、技術はさらなる発展を遂げ、世界が平和になってゆくと、個々が持つ特別な能力――いわゆる『魔法』は、誰かを傷つけるためではなく誰かを豊かにするために使われるようになった。すなわち機械化、自動化への流用である。
昨今では、敵を燃やすための炎魔法なんて暖房の代わりにすらならない。そもそも火力調節が非常に難しい。パソコンの普及率が一世帯に一台となった王国では、敵を凍らせるための氷魔法なんてCPUの冷却にさえ使えない。そもそも解けてしまえば水分で機器がダメになる。
だから国民は安価のオイルヒーターを家に置き、それなりのエアコンを設置する。剣術や魔術に長けた王国兵士たちが、徐々に一般社会に溶けこんでゆくのは
また優秀な若者は外国語を覚え、王国以外で活躍できる場を求めるようになった。そうして若い人材が減ってゆき、国全体の高齢化が危ぶまれているのだ。
十年前。
――王国からしばらく西へ進むと、長い谷に架かった大橋が見えてくる。
200mを超える吊橋を渡りきると『ようこそ魔界へ』の看板とともに、様々な種族が出迎えてくれる。要するに王国には、谷を挟んで魔界が隣接しているのだ。若者が王国に永住したがらない理由のひとつとして、その存在は大きすぎた。
なぜなら、
【モンスターは恐怖の存在】【知性的ではない】【人間が襲われてからでは遅い】
【政府はいつもあなたの側に】【国民の安息は、我々の義務】
【渓谷に橋を架け、治安は保証された】
いつ頃からか
魔界の存在を良く思わない、一定の人物たちが存在する以上、メディアを使った反復広告や、ドキュメント番組は流し続けられた。
【その魔界、あなたにとって必要ですか? ――人権保護倫理団体】
【
【多様性は一方のワガママである。認めることがすべてではない】
遺伝的に、人間のほうが知的能力に優れているという考えを強く持つお爺ちゃんたちは、魔物とのディベートの場すら作ろうとはせず、若者が王国から離れ続けていることに気づきながらも、そのプロパガンダをやめなかった。
とうとう王国では、【魔物に襲われた人間 重体】と報道され、連日メディアが様々な形で戦争を
――王室。
政府が言いたいことは、わずかながら理解できる。が、隣人でもある魔界の連中を軽視するのは、人徳の欠如を露呈するのと同じである。
その頃、王に即位したばかりのベルベットは、今朝のコーヒータイムをある騒音で邪魔されていた。この応接室の隅に澄まして立っている秘書官によってではない。
「じゃあ証拠の映像でも残ってんのか? 人間が魔物に襲われてるところだよ」
そういう報告がありました。
何人も見た者が居たのです。
魔物は危険で危なくてデンジャラスなリスクなのです。
「人間のほうが賢くて、現代兵器のほうが強い時代だと? なあ、それって誰が証明するんだよ? この中の誰かが魔王と対談でもしたのか?」
しかし下級の魔物は知性が低いのです。
魔王だってどれほどの者かわかりません。
国王みたいにみんな強くないです。強いってなんですか。
「お前らはなに言ってんだ。文字なんて何千年も前に、魔界に
ぴかいあ?
ぴっかり?
ピカー?
「そもそも、谷に架かってる大橋で出国の審査してんじゃねえのか? 魔界だってバカじゃねえから、そうそう変な魔物は外に出さねえって。で、ダメそうな奴だったら王国側の入国審査で引っかかるだろ」
しかし腐っても魔物なので、突破されるかもしれません。
警備の者だって完全無欠ではありません。
昼夜、交代で頑張っているんですよ。
「大橋の審査官って、いつでもトリガー引けんだろ。でも例えば、ドワーフあたりがすげえ長いトンネル掘ったら、王国への秘密通路作れそうだよな。何年か前に会ったけど、あいつら優秀だぞ」
そんなこと許されません!
不法入国です!
やいのやいの!
「例えばって言ったろうが。よし、そこまで言うなら俺が確かめてやるよ。魔王に真意を聞いてくりゃ納得すんだろ? 心配すんな、ちゃんと録音してくっから!」
お待ちを国王!
魔界に行くなら武器をお持ちになってください!
コーヒーは持っていかないのですか!
「剣も銃も重いからやだもーん。フウちゃん、
「かしこまりました。あとフウちゃんではなく、カンパニュラです」
ベルベットは武器を腰に差す代わりに、端末を腰のホルダーにしまい、給仕に淹れてもらったコーヒーを片手に持って、宮殿のガレージへと下りていった。
広いガレージは、使われなくなったむき出しの書物やら、段ボールやらが散乱し、物置として扱われている。そんな中、壁際にポツンと停まっている1100㏄の大型クルーザーは、また少し隅へ追いやられたように感じた。
ベルベットはバイク業界の未来に哀愁を覚えながら愛車にまたがり、ドリンクホルダーにタンブラーを入れると、サングラスを外してシステムヘルメットを被った。
差した鍵を回してセルボタンを押したあと、
「かからん……。あ、誰だよキルスイッチ切った奴」
ブツブツ言いながら、ふたたびセルボタンを押してエンジンを始動した。
ヘルメットのシールドを下ろし、左足でサイドスタンドを上げると、出入口の電動シャッターが上がりきるより早く、体に染みついた左半身の動作で一速、二速、三速とガレージ内で速度を上げてゆき、外気を吸った時にはすっかりトップギアで風を浴びていた。
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