こくまおCOFFEE

常陸乃ひかる

The first live-streaming 国王と魔王のCoffee Break

1 【国王は国民を軽視している】

 街の広場に、紙芝居屋が訪れていた。

 せた色が骨董品を思わせるグレーのコート、目深まぶかに被ったブラウンのホンブルグハット、黒いあごひげ。デジタル化が進んだ現代には珍しく、壮年らしき男は肉声のみで子供たちの興味を惹きつけていた。

「――そうして、王国と魔界とで戦争が起こった。お前さんたちが生まれたくらいの話である。両勢力は大橋を挟んで睨み合い、膠着こうちゃく状態が続いていた」

 語り部の周りには、十数人の子供が集まっていた。皆が目を輝かせ、その話を食い入るように見つめている。中には端末を持って、物珍しそうに動画を撮影している子供も居た。

 微笑ましい時間に、語り部は笑いジワを動かしながら物語を続けた。

「そこで立ち上がったのが、我が王国に君臨し、唯一無二のカリスマを誇るブラック・ベルベット王だった! 彼は宝剣を携え、戦いに終止符を打つべく、颯爽さっそうと戦場へおもむいたのだ!」

 が、語り部が国王の名前を出し、物語の佳境で声を張り上げた途端、一瞬の静寂が訪れ、子供たちが揃って首を傾げてしまったのだ。

「……カリスマ? 君臨?」

「ブラック? ベルなんとか? それって本名?」

「だったら王室のネーミングセンスを疑う」

「たぶん、あのが自分で考えたんじゃね」

 挙句、子供たちが輝かせていた目は半分まで閉じ、罵声や嘲笑ちょうしょうが槍よりも強烈な一閃となって紙芝居屋を襲った。子供たちのストレートな反応を見てわかるとおり、ベルベット王はこの国のなのである。万人の笑いをかっさらう有名コメディアンよりもなのだ。


「こらこら、悪口は良くないぞ。このあと魔王との一騎打ちがあるのだ。両雄りょうゆうは大軍の中を駆け抜け、谷に架かった大橋の上で、敵味方に囲まれながら剣を交えた。それはとても心地良い時間だった。その戦いこそが紙芝居の本題で――」

 語り部は子供たちをなだめて物語を進行しようとするが、甲高いサイレントマジョリティは大きくなる一方だった。

「つまり政治的な話を無視して、王が勝手に戦場に出てきたんでしょ?」

 横から口を挟んできたのは、大人びた少女だった。

「それって迷惑系動画配信者と大差ないね」

 メガネをかけた少年がそれに乗りかかった。

「はしがね、ちょっとこわれて、めーわくだったってママがおこってたよ」

 小さい子が、追撃のように大人の意見を上乗せした。

 やいのやいの、あーだこーだ、ぴーちくぱーちく――

 それらすべての会話に、国王の悪口が含まれていた。やはり国王は、一番の人気者ピエロである。クールダウンどころか、子供たちを焚きつけてしまい、壮年は――

「お、お前さんたち? 悪口は……良くないぞ」

 スライドしかけた最前面のイラストを握り、手が震えていた。紙芝居の行方よりも壮年のメンタルが心配になる。そんな時、

「あはは! そりゃ秘書さんにも尻に敷かれるぜ。だから良い歳して嫁の貰い手ないんだぞ。王室の後継者問題どうするんだって、テレビで言ってたぜ!」

 太った少年が、ゲラゲラと笑いながら国王のプライベートに口を出した。国王が最も気にしている女性関係、それが最後のトリガーだった。

「わ、悪口やめろって言ってんだろ! てめえら……人が黙って聞いてりゃ言いたい放題しやがって! 大人でも傷つくんだぞコラぁ! 王位継承なんぞ、一般人パンピーが心配しなくても、ちゃんと順位があんだよ! 独身イジってんじゃねえ!」

 咆哮ほうこうとともに紙芝居を放り投げた壮年はコート、目深にかぶった帽子を脱ぎ捨てると、その素顔を――国王としての姿を露にした。

 壮年の姿とは一変した顔は、銀色の短髪や、あごひげ、ライトカラーのサングラスがアクセントになるほどの、彫りの深い強面だった。

 清廉潔白を表すような白いインナーと、悪逆非道を醸すような黒いレザージャケットのコントラストが恐ろしいほど似合う、チョイ悪国王(自称)である。

「げっ、王だ! 変装してんじゃねえよバーカ! みんな逃げろ!」

「この反社王! 見た目が悪者わるもの!」

 とはいえ、ここ十年で国王の評判は見事な右肩下がりだった。理由は先ほどの紙芝居にもあった、先の戦争での言動である。その評判を挽回しようと、こうして街に現れては、自身について様々な啓蒙けいもうを行っているのだが、

「テレビで、国王はダメな奴って言ってたぞ!」

「ガキがテレビなんぞ観んな! 大陸の彼方に投げ捨てろ、んなモン!」

 いつも上手くいかず、こうして子供を追い回すのが例になっていた。専ら国民からは、『神出鬼没の反社王』という通り名で呼ばれ、定着しつつある。


 紙芝居屋が国王の変装と知り、子供たちは蜘蛛の子を散らすように、町のあちこちへ消えてゆく。が、その中のひとりの肥満少年は運動能力に難があったようだ。当然のごとく逃げ遅れ、ぜえぜえと息を切らしてひざをついてしまった。

「コロコロ太りやがって。その中性脂肪、我が宝剣でそぎ落としてやる」

 じりじりと近寄る国王と、

「宝剣なんてどうせ宮殿のどこかに転がってんだろ! いつも持ってねえじゃん!」

 減らず口を叩く肥満少年。

 どうやら頭の作りは、双方あまり変わらないらしい。

「だって重いんだもん宝剣アレ

「オレだって体が重いんだよ! 太ってるオレを追っかけてくるなんて卑怯だぞ!」

「だったら毎日食いモンに気ぃ遣って、ちゃんと運動しろや! 野菜食え!」

 国王――ベルベットがドスの利いた声で一喝すると、肥満少年が反論の機会を失ってしまった。その両眼には涙を浮かべ、怯えきっている。子供相手になにをしているのか? 彼は自問しながら溜息をついた。

 そんな折、後方から覚えのある気配を感じた。

「ベルちゃん? また親御さんからクレームが来るよ?」

 すぐにそれは、心をまさぐるような柔らかい声に変わった。一笑しながら振り返ると、黒髪を揺らす若い風貌の男が、革靴をわざとらしく鳴らして、ゆったりとベルベットに近づいてきた。

 七分までまくった白と紫のストライプドシャツ、チェック柄のスキニーパンツ、ずれたブルーフレームのメガネを中指で直す仕草――全面に押し出すインテリジェンスが鼻につかないのは、知性と誠実性を伴っているからだ。

「子供は国の宝なんだから」

 黒髪の男を認識するやいなや、肥満少年はベルベットの横を走りすぎ、

「助けて魔王様! あの反社王が殴ろうとする!」

 その後ろに隠れてしまった。

 肥満少年の頭を撫でながら苦笑する男こそ、王国の先にある谷を挟んだ向こう側に位置する魔界の王である。ヤナギ・ハナガサ――男は小さい紙袋を抱えている以外に装備品は見当たらない。つまりベルベット同様、丸腰である。

「おぉ、ヤっくん。そのクソガキをこっちに渡してくれ。ブヨブヨしたストマックに、一発ぶちこんでやるから」

「それならステーキ屋がお勧めかも。毎日ミートハンマーでお肉を叩けるし」

 言いながらヤナギは、肥満少年の背中をそっと押して、町のほうへと逃がしてしまった。魔王に対してのお礼と、国王に対しての罵声が遠くなってゆく。

 ややあって、

「魔界の給与次第だな。まかないでゴブリンやオークの肉が出なきゃ考える」

「アレ美味しくないよ?」

「やだ、食ったの……? 大体、お前はもうちょっと魔王らしくしろって」

 ベルベットはサングラスを外し、レザージャケットの胸ポケットにつるを差した。どこか満足そうに晴天へ両手を突き上げ、背伸びをしながら。

「キミこそ国王なら、大陸の彼方に不法投棄しないで。それにボクは、しないよ。爆薬を積んだドローンが何万――いや、何千機が魔界に向けて進軍してきたら太刀打ちできないだろう? 先人のヒューリスティックどおりさ」

 一笑したあとヤナギは近くのベンチへ近寄り、「それから――」と語尾を溜めた。ベルベットはその所作から雑話を感じ取り、同じくベンチへと歩み、同時に腰を下ろした。小ぶりの果物が一個、置けるか置けないかの距離感がふたりの仲を物語る。

 ヤナギは小脇に抱えていた紙袋から、紙製のコーヒーカップを取り出し、ベルベットに差し出してきた。「サンキュ」と言いながら口をつけると、ちょうど良い温かさのブラックコーヒーが口内に広がった。

「国を動かすのはキミじゃなくて、政府のジジイどもだ。仮に僕が戦争したかったら、ジジイに話を通すよ。そのほうが経済が動くからね」

 そうしてヤナギも、コーヒーカップに口をつけた。おそらく、糖分たっぷりのミルクコーヒーだろう。

「今や魔王も算盤そろばんずくか。そうだな、今日はその件でお前を呼んだんだよ」

「また戦争が始まるなんて言わないよね? この十年で大きく時代は変わったと思ったんだけど、王国の頭はいつまでも十九世紀なのかな?」

「いやな、今回は俺個人の戦争かもしれん。それでさ、悪いんだけど力か知恵を貸してほしいのよ」

 国王と魔王。両雄の出会いは十年前にさかのぼる。

 先ほどの紙芝居で語られた戦争の数ヶ月前――

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