bright side and dark side
屋根を伝って風にのって走り、建物の間を渡り、僕は猫から鳥になったように感じた。
このまま空に飛んでいけるような気がする!
魔法の力なのか、僕の潜在能力なのか
危機感はあれど、愉快に思えてきた。
ウィリアムの姿をしたブランの姿はあっという間に見えなくなった。
空調では魔法の光が放たれて衝突し、花火にも似ている景色。
夜空が明るくて
祝祭のようで
石造りの街並みと観覧車と大きな塔の影が
嘘か真か
僕にはわからなかった。
「走れ」
首から下げたペンダントが光る。
これが魔法の杖の代わりで、怪物を飲み込むための穴を型どるのに僕が必要だという。
因縁を断ちきる!
風がびゅうびゅう吹き荒れ、コートが体から離れそうなくらい暴れている。
屋根から橋桁にむかって飛び降りた。
今の僕ならできないことはない、きっと!
がむしゃらに駆け抜けて、魔物の後方から見つからないように対岸に渡った。
総攻撃されて魔物は痛がる素振りなのか、大暴れして腕を振り回した。川は溢れて大波が寄せてくる。
魔法の結界はあれども、万能でないらしくしだいに溢れた水位が上がって足が埋まった。
地面づたいには行けない。
軒樋からドラゴン彫刻のいる屋根まで、必死によじ登る。
その最中、大きな真っ黒なものが行く手を阻んだ。
僕の目の前はなにも見えない。
次の瞬間、自分の周囲があっという間に狭まって息苦しくなる。
潰される!
そのとき、ネックレスが光った。
僕の体からこんこんと沸き上がる青い光が、黒の闇を押し退ける。
光に触れて、灰になっているようだ。
隙間ができてきたところで、黒から這い出た。
「僕はここにいる」
ショコラが両手を伸ばして、引っ張りあげてくれた。
この光景は、不思議な世界から戻るときに、一度見ている。
涙が溢れてきた。
あなた達がいてくれたから、ここにいる。
箒にのったショコラもじわりと涙目になっている。なにも言わないけれど、なにを考えているか僕にはわかった。
「フィナーレに向かおう!」
僕は彼女の言葉にしっかりと頷いた。
青い光を発しながら、箒から遠隔で足らない部分の陣の円をつないだ。
遠くで跳ね橋が動き出して、一気に高く跳ね上がる。
その橋の頂上から、ブランが魔物に飛びかかった。
まるで伝説のドラゴン討伐騎士のように月を背負っていた。
魔物の背から火が吹き出した!
どす黒い血潮のようで気味の悪い色合いの噴水のようでもある。
「くそったれ」
地獄の業火に焼かれているような、すべてが燃え尽きるほど手足の感覚もなくなって、この身も魂も持っていかれるのではないかと思うほど憎らしい火だ。
泣き叫ぶような悲鳴!
最後の力をこめて、柄まで刀を押し込んだ。
意識が朦朧としてくる。
チリン。チリン。
鐘の音。
これは………茶会の合図だ。
女王はまだ生きている?
どこかでファンファーレが鳴り響く。
空に舞っていた大量のコウモリは灰になって消え、
雲間から月明かりが差し込んでいた。
一筋の光の中を降りてくるものがあった。
ゆらゆらと揺れながら降下する様は羽根のようで、一番高い時計塔のところにさしかかったところで、それは人間だとはっきりした。
パチパチと舞っている火の粉を振り払う。
「おい、女王陛下。こんな茶番は仕舞いだ」
やおら背中から猟銃を引き抜き、突き刺した剣を踏み台にして魔物の登頂まで掛けのぼる。
「地獄で逢おう」
火薬
硝煙
着弾
火の粉と赤が飛び散る。
大きな図体が河に崩れていく。
沈む前に橋の躯体から主桁までよじ登る。
火にまみれ 水におぼれ
足も手もおぼつかず、膝をつき、せめて動くこの手で、と腕を伸ばした。
ゆらゆら 落ちてくる
白いナイトウェアが月夜に蕩けるように艶やかな光をおびて
シルクの擦れる音が聞こえる。
浮力を失って落ちてきたのを、腕をめいっぱい使って受け止めた。
鐘が鳴る。
「俺」には関係のない、ディランという人間。
それなのに、この腕でしかと抱きしめている。意識がないのか、眠っているだけなのか反応はない。
心音とすこし冷たい肌が心地よい。
次第に体に力が入らなくなってきた。ディランをそっと地上に横たわらせた。
後ろから影がのびてきた。
「見事だった、脅威は去った」
「俺を呼んだ本意を問う」
振り返り、ドルフを睨み付けた。
「利害の一致。私たちは市民と街、そしてノアールを守る。君は目覚めたら必ずや後悔と罪の念から行動することで、魔物を倒すだろうと」
「下らない。この体を危険にしてまでやるとは。魔法使いなぞ人でなししかいないのか」
ドルフは肩をすくめて両手をあげて呆れた仕草をする。
「もう立てないのだろう?」
「だからなんだ」
「君の余力もないようだ、約束を果たそう」
ふわふわと目がかすんできて、殴りかかることすらできない。
ドルフが俺の額に右手を。
もう片方の手でディランの目をふさいだ。
やはり、そうだったのか。
「最後に…こいつに伝えてくれ、会えて良かったと」
ドルフが微笑んだかわからないが、空気が穏やかに感じる。
煉瓦の道路を踏み鳴らす、足音がこちらに向かってくる。
息をきらして、俺のすぐ側で止まった。
「ブラン」
青い光に包まれる。猫耳の少年が泣いているのが、かすかに見える。
「僕は、ずっとこの先もあなたと友達になれない。けれど、あなたの幸せを祈ります。ありがとう」
声を詰まらせながら、途切れとぎれに話す様は、いつかの日に見た白兎コキノを思い出す。
そっと頬の涙の跡を指の背で辿る。
「此方こそ」
なんて澄みきった青い瞳なんだろう。
愛蔵品にできなかったことだけが無念だ。
ドルフのほうを向いて、頷いた。
「左様なら。」
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