After a calm comes a storm.

満月の前を飛んでゆく阿呆どもの影が見えた。

街はいつものように静かで、風が強くなるくらいの変化しかないが、川がわずかに波立ってきているのを壁にもたれ掛かりつつ、窓から外をじっと見張っていた。

部屋には、俺と爺がなにも言葉を交わさず

どちらも寝るそぶりもなく、なにかの気配をずっとお互いに探っているのである。

俺は刀を携えて、時折鞘から抜いてはその切っ先の光をみて落ちつこうとするのだった。爺はソファに浅く腰掛けて、背後から俺と外を同時に眺めている。

先刻から妙な胸騒ぎというか、気配を感じる。まるで、女帝が御簾からでてきたときのように空気が冷えきり、いまにも糸が切れそうな緊張感。

「ずっと立っていたら疲れないかい」

爺はそっとティーカップをトレイに置いて差し出してきた。

ダージリンティの豊潤な香りが鼻をくすぐる。

久しく茶会をしてない。紅茶なんていつぶりだろうか。

思わず警戒をといて、一口飲んだ。

「上等な茶葉だな、うまい」

素直に美味であった。

爺はすこし驚いた表情をして、素直に笑顔になった。

「そうだろう。王室も認める最高級品でありながら、誰でも飲めるように市販もされている一品だ。これとスコーンがあれば、英国で快適に暮らせる」

「それはそれはしあわせな結末だ」

「君たちにまだハッピーエンドは早いだろう」

その言葉で、ハッとした。

そして理解した。今から起こる災難を。

「君にとって最大の宿敵が迫りきているのだろう? だが、少しでもお茶を飲まなければ。そう、君の相棒ならそうしたのではないか」

俺は苦笑した。

お前たちが俺たちの物語を終わらせたくせに、なにを言ってるんだ。

俺が、この手で終わらせるはずだったのに。

「なんだ、嫌がらせか」

「まさか。我々は敵でなく君も、君の相棒も現時点においては救いたいのだよ。あの時は無力で無垢な息子を引き上げることしかできなかったから」

爺が長い前髪をかきあげて、俺の目をじっと捉えた。

どいつもこいつも、勝手ばかりだ。

当然この俺自身も。

「俺の相棒の居場所を知ってるんだな」

「そうだ。取引をしよう。君たち二人の安全を保証する。ただ、君の相棒は、残念ながら君と同様に外の世界に出てこれるだけの体力が残っていない。実質的に「会える」のは僅かな時間かもしれない。けれど、君の心残りは解消できるはずだ」

「そうか」

「君たちの魂は罪人として囚われている以上、私の管理から離れたあとはこちらの現世に戻れない」

つまり、魂は牢獄のなかに永遠に閉ざされるということ。物語の終焉だ。

「……海に入ったときに、すべて終わったはずだった。それが今は無理やり引き戻されてるだけで、ここの世界になんの未練もない。この体など所詮借り物」

「ずいぶん物分かりがよいのだな」

「期待なんてしてゐない」

「狂人と名乗るわりにはなんと人間じみた」

「人間だからだ、糞爺」

手前に俺のなにが解るといふのか、嗚呼小癪な。

あの海に沈んで終焉。それが最適解だったというのに。違うのか、それは誤答なのか。

幻煙がないからか、だんだんムシャクシャしてきてなにかを壊したくなる衝動が高まる。

嗚呼、裁判を思い出す。

全て、総てを壊したい。

この手で壊したい。

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