道連

髪を烏羽根色の黒に染めた。

しばらく部屋に閉じ込められていて、やることなど何もなかった。

針も糸もないくだらない生活をさせられて、苛立ちが増してくる。

幸いこの世界にも煙管があるおかげで、すこしは気が紛れるかと機具を咥え続けている。

ドアをノックする音。

ようやくお迎えか、とため息をついて、音のほうを見つめた。

すると、ドアから小柄な少年が覗いてきた。

瞬間、白髪に赤褐色の目が視界に入る。

思わず立ち上がり、ずかずかと彼に近寄り肩を掴んだ。

掴んだ瞬間に、少年は大きく目を見開き、小さく震えた。

違う。

非常によく似ているが違う。

「いたい…」

無意識に手が力んでいたようだ。

すぐ解放してやると、少年はすみやかに後退した。

「あなたは誰ですか。

ビルは、子どもと女性の前で煙をふかさないし、お酒を飲んでる姿も見せたことがない。 こっそり大人たちと、もしくは1人で優雅に嗜んでるんだ。それが美学だから!

それに、僕の知ってるビルは、僕に、一度として触れたことなんてないのだから」

「立ち話もなんだ。部屋に入れ」

「信用できない、誰なんだ」

丸くて愛らしい目をしているのに、キッと睨んでくる様子も似ている。

懐かしい。

俺は首元を指さした。

「お前に見えるかわからないが、ドルフというわるい魔法使いに呪いの首輪をつけられている。今も首輪から鎖で繋がっていて、この部屋から出られない仕掛けになっている。日常生活するにはなにも不便などないけれど退屈すぎる。なあ、少なくともお前は「ウィリアム」の味方なのだろう」

嘘は言っていない。

「じゃあ、なにかあればスミスさんを大声で呼ぶ。それならいいよ」

魔法使いの爺のほうが信用できるのか。あの時とまったく同じ状況でほとほと呆れ返る。

これだから阿呆は…。

しぶしぶ少年が入室し、扉は半開きのまま、お互いに距離をとって座った。

「あなたは誰ですか」

「「俺」はカンパニュラ・ブラン。

裁縫と頭骨の愛狂者。

此処とは別の國で暮らしていたが、何処からともなく旅人がきて、相棒と共に茶会をし、似非裁判で世界が終わろうとしていた。


だから俺がすべてを壊した。


「俺」は死者であると同時に死神のようなものだ」

少年が体を両手で抱え込む仕草をし、ずっと小刻みに震えている。それでも俺を必死に見つめてくる。潤んだ瞳が揺れる。

「なんでだろう、あなたのことを何にも知らないはずなのに震えが止まらない。ウィリアムが、以前話していたんだ。悪夢をよく見るって」

「それはどんな?」

「大雨に打たれながら、重い体を引きずり歩く姿を空から俯瞰してる。

激しい雷が何度も近くに落ちる。

度々悩まされるふしぎな夢。

両手でなにかを抱えているようで、それはなにかわからない靄で、自分の重い体ごと必死に引きずって運んでいる。と」

間違いない、それは「俺」の記憶だ。

しかし、つい先ほどドルフとショコラという魔法使いたちに強制的に叩き起こされ、この身の表側に出てこれたという事実。つまり自意識では戻れない世界に、この体自体が記憶を持っているということなのか。

なんとも不思議だが、あの世界が消滅した後のことはなにも覚えてないのだから、今際の際だと認識していた。

海の中の泡、揺れる髪と衣服が見えた。

いとしい赤い瞳はついに開かなくなった。

そこですべてがたち消えた。

しかし、何故、俺は生きているのか…。

これは誰にもわからない。

ただ、相棒のコキノをこの世界に連れてこれなかった、ということだけ理解した。

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