かく語りき

遡ること2年前。

難破船事故から無事に救助され、帰宅した頃だった。

はじめての船出だったこともあり、僕は楽天的な性格といえ、事故の先にあった不思議な国の出来事があまりにもショッキングで、しばらくは外にでられないほどだった。明くる日も明くる日も、窓辺のベッドから外を眺めて、本を読んだり、音楽を聴いて、しかしながら、なにをしても楽しいわけではなく、ただの時間潰しだった。

ほぼ寝ている日もあった。

思い出して泣いたりすることもあった。

「時間は解決のもと」というように、ドクターやドルフの仲間に支えられ、なんとか日常生活に戻れるくらいに心は回復し、少しずつアルバイトにも顔を出すようになった。

それで半年もかかってしまった。

人間の心は思ったより複雑で、かと思えば、今にも切れそうな細い線のような部分もあり、それがブツリと切れるとなかなか修復できないんだというのが理解できただけでも収穫だ。

それから僕は言葉遣いを改めて、相手の気持ちを探るような見方をするように心がけた。 僕も、相手も、傷つけないように。

たぶんショコラにこんなことを話したら「他人のことを考えてる場合か」って言われるだろうけど。思うだけで、行動に見せないように特訓すればいいのだと思うようになった。

もちろん、好きな仲間たちには、言うべきことは言う。腹のうちを全部隠すことは、かえって不信感をもたれるだろう。

あの事件のせいで、というか、おかげで警戒心を覚えたわけである。

僕はとびきりお人好しで、やさしすぎた。

「ずるいくらいがいいぞ」

ショコラが上から顔を覗きこんできた。

ソファーで読書をしているふりがバレたな、と思い舌をわずかに出した。

「君はなんでもお見通しだね、心が読めるの?」

すっと、横から回り込みソファーにどすんと座った。怪訝な表情をしている。

「僕は悩んでまーすって顔をしてる」

言い終わる直前に、小さな指で僕の額をデコピンした。

パチン。

そうか、顔でバレてるのか。

「僕はまだ修行が足りないね」

「それがわかればよろしい。今夜は好きなものを作ってやろう。なにがいい」

久しぶりのふたり暮らし。

ずいぶんご機嫌だ。

フランス郊外の森のなかに隠れている家で、猫として1年、人間として一緒に暮らしたのはせいぜい半年くらいか。今思えば、パリに来てからもあっという間だったな、と。

「魚が刺さってるパイ以外なら」

「うちの郷土料理をバカにしてる?」

「まさか。あのクリームを煮込んだ…えーとフリカッセがいいな。あたたかいものが食べたい」

「ウィ、ムッシュ」

ショコラは頬を上気させながら、にこにことキッチンに向かっていった。

魔女には大きな鍋がよく似合う。


ショコラが他所を見てる間に、色々と思考を整理しよう。手帳とペンをとる。

2年前の新聞切り抜きを1つずつ読みなおす。

紛争のこと、隣国の王子が結婚したこと、

ありふれた強盗などの民間事件、そのなかに紛れて【怪奇事件】【現代にホームズはいない】という記事が目に飛び込んできた。

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