Riverside Reversible (R18G)

川沿いをひとり静かに歩いていた。

大きく回る輪状建築の灯りと、その先にぼんやり浮かぶ時計塔を遠くに見つめながら、パイプからくゆる煙を肺まで吸い込んだ。

煙越しに川が流れるのが見える。

夜にしては明るすぎる。

なんて大きくて雑念ばかりの街。

食堂と酒場、音楽堂が並んでいる道から更に路地に分けいって、なるべく静かで暗い道を探した。

路地か民家の小路なのかわからないくらい細いところを奥に入りゆけば必然暗くなる。

これがいい。

壁に背中を預けて、ネクタイをゆるめた。

遠くからジャズの音がわずかに聞こえる。

酒があればなおよい。

しばらくすると、横路から重いものを引きずる音と足音がだんだん近づいてくるようだった。

電灯は十字路にただひとつ。

その誰かがきたときにはその光に飛び込む他はない。

息を潜めて闇を睨む。

足音がすぐそばまできた。

背中

後頭部

髪の長い寝間着の女。

指と指の間にその髪が絡んで、束になって抜けて落ちている。

彼と目があった。

だがしかし、光のもとだというのに、彼は全身真っ黒でなにも見えないのだった。

正しくは男でないかもしれない。

「女を置いてゆけ」

俺は構えて、睨み付けた。

 笑いだした!

勢いよく頭を持ち上げて、俺に向けて女の顔をみせつけてきた。

意識がないのか、人形のように頭から下がぶらぶらするばかりだった。顔は青く、病人かと思うほどにやつれている。

女に気を取られていた瞬間に、女の首だけを持って、あっという間に逃げていった。あたかも飛んでいるような軌道だった。

噴き上がる赤の不浄が残された憐れな胴体を徐々に濡らしてゆく。やがて、どさりと道に転がった。

俺は路地の壁をよじ登って、川沿いの道へ飛び降りた。


きっと、まだ周囲にいる。


奴が「俺」と同じ感覚ならば、すぐに正常に戻るわけがない。

知っている。

美しい頭部を獲った感覚は獲った者にしかわからない。

月が高い位置にある。まぶしいほどにチラチラする塔の光。

「俺」なら、彼方へ行く。

その華やかな喧騒に背を向けて、暗く静かな川沿いの下流へ走る。

遥か昔、この辺りは肥溜めの溝だったはずだ。土手を滑り降りるなり、川岸から水面ギリギリまで覗き込む。

川岸奥に使われていない門がある。囲いがされていて、封鎖された領域のようで、傍目にはただの暗がりだが、確信があった。

そろりと足をおろし、ぬかるみがないことを確認して、一気に扉に近づく。

刀に手をかけた。

「ここにゐるのは自明だ。俺ならお上に献上する前にじっくりと観賞したいものだからな」

中からなにも反応はない。

「返答がない。というのは入ってよいといふのだな」

扉をあけ、勢いよく刀を首筋に突き当てた。ギリギリのところで切れてはいない。

《オマエ ハ ナンダ 》

奇妙に甲高い声。言葉もいびつに聞こえる。

「貴様と嗜好は合わないやうだが、「俺」も頭部を愛蔵している。さて意図はなんだ」

《 バカ ハ コレダカラ コレ クウ 》

彼は背中からコウモリ状の翼を出現させ、俺を後方へ突き飛ばした。

すぐに体勢をたてなおし、下方から彼の手首ごと勢いよく切り落とした。

それでも怯まなかった。

《 バーカ 》

立ち上がろうとした瞬間に、猛烈な風に取り押さえられ、煙になって彼は消えた。

辺りには下水道の名残と獣の生臭さだけが残っていた。

「人間」の頭部にも興味があっただけに惜しいことをした。だが、この世界には人間を食べる生き物がいるのだろうか…

ふと冷静になって手など見渡すと返り血や泥でまみれて、なんとも薄汚い格好になっていることに気がつく。

「そうだな、阿呆は俺だな」

ため息をついて、元いた喧騒に戻ることにした。


「遅かったと思ったら、なんだその姿は!」

ドルフは声を荒げて立ち上がった。

俺はなにも言わずに、言葉どおりの「手」土産を床に放り投げた。

プライベートルームであることを理解していたからである。

皆が周囲に聞こえぬように口元を手で覆い、小さく悲鳴をあげる。

「なんだこれは……もしや、下等悪魔の手首では? 一体なにがあった」

「淀んだ川沿いから薄暗い路地にふと入り込んだ。特に意味はない。特異な気配がしたなと思えば、女を引き摺る奇妙な奴がいて、追ったが捕らえ損ねた。以上」

ドルフが深いため息をついた。

「まさか。女性ばかりを狙った連続殺人の手がかりか」

睨まれたと思えば

瞬く間に透明な光の首輪と鎖で拘束された。

枷、悪趣味な嗜好。

「『君』はその姿で余計なことをしないでほしい。その体は『ウィリアム』なのだから」

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