魔女とハロウィン

往来が華やかに飾られ、賑やかな管弦楽の陽気な音楽が路地に響きわたる。


跳ねるようなヒール音、堅い革靴の音が同じ速度で進んでいく。

水色に澄んだ秋の空が、気が遠くなるほど高く晴れ上がり 

白い鳩と色とりどりの風船が飛んで行く。

やわらかい風が時々いじわるに髪をかきあげる。

 ショーウインドウに頭蓋骨を模したもの、ゴーストに見立てた布が軒先からたくさん吊るされ、店にも街路樹にも青い電飾が蔦のように絡まり広がっている。

 僕らはロンドンアイの近く広場に15:00に集合することになっている。

「今日は紛れていいね、ショコラ」

大きく広いツバの間から、そっと顔をのぞきこんだ。

ショコラと呼ばれた少女は顔をそむけ、ツンとした表情で目を合わせない。

透明感のある銀にもみえる白髪の隙間から覗くちいさな耳は赤く染まっていた。

「ふん、偽装というより余所行きのためのドレスだ。特別なものではない」

 普段は水兵襟のショートジャケットに、シンプルな黒一色のワンピース。

くったりした三角帽子を被っている、いわゆる典型的な魔女衣装そのものだ。

今日はゴールドとブルーによるダマスクの美しいデザインで、ほどよく厚みのある生地が、遠目からみたら光沢感のあるブラウンにも見えるが近くに寄ってみると贅沢な絹糸で模様が作られた手製ものとみられる。詰襟のデザインに上見頃から腰切り替えまでくるみボタンが並んでいて、スカート部は後ろに襞を入れ込んだ中世のようなクラシカルなデザインだ。

彼女は背が低いので、踝が見える丈の完璧なデザインだ。いつもより高いヒールを履いて、機嫌がよいとみた。

こんな上質な誂えができるのは、そう、僕の師匠であり、この世界での「父」だ。

時刻がまわり、西日を背負って背の高いふたりの男性がこちらに向かって歩いてくる。

逆光のせいもあるのか、輝いてみえる。

一瞬つよく風が吹いて、目を閉じた。

次に目を開けたときには、すでに僕らの前に立っていた。

「休日も一緒にいられるとは幸せだね」

僕の「父」のドルフ・スミス

世界に名を轟かせているブランドの創設者であり経営の最高顧問をしている。

見た目は60-70代に見えるが、背筋はぴんとのびていて、思考も言動もしっかりしている。

普段着は全身白のツーピーススーツを着ているが、今日はパーティーだからか、ジャケットを肩にかけてマントのように颯爽と靡かせて、光沢感のある黒ベストとスラックスを合わせ、洒落た杖をついている。いつもより少しカジュアルなスタイルだ。

髪の毛をやや崩したオールバックにして、きっちりと髪をひとつに結っている。縛った先は細くゆるやかにねじれて肩につくくらいだ。


ドルフの後ろには、見慣れない青年が立っていた。

逆光で視界が遮られ、ぼんやりと輪郭をとらえた。彼の髪は夕日に反射して透けた絹糸のようにキラリと光る。

瞬間、僕の記憶が遡ってゆく。

2年前のあの海に落ちた日。

初めての旅立ちが大嵐に巻き込まれ、たどり着いた不思議でヘンテコな国。

そこで出逢った美しく危険な男。

記憶の残像が、いくつも目の奥から飛び出してきてそれがたった今起きていた事象に思え、目まぐるしさに息が乱れる。

隣に立っていたショコラの肩に手をかける。

ショコラは僕の様子をみて、手の甲を握ってくれた。ほんのりあたたかくて徐々に落ち着いてくる。

「 前の人を見ろ 」

ショコラはまるで呪文のように、耳元で僕に指令した。

そうだ、そんなわけがない。

きっとトラウマのようなものが蘇っただけ。

「今日は紹介したい人を連れてきた。彼はウィリアム・テーラー。歌手を離れ、デザイン業に名を馳せる若き才能だ」

ドルフは手をひらりと彼に向けた。

「畏れ多くも、ご紹介いただきましたウィリアムと申します。巷ではウィルと呼ばれてますので、そちらの名で呼んでも構いません。どうぞよろしく」

ウィリアムは胸に手をあてて、うやうやしく礼をした。

顔を見たら名前を聞くまでもなく、有名人の彼がこんなにも礼儀ただしく腰が低いとはまったく予想もしていなかった。

礼を済ますと、すぐさまウィリアムは嘴を模した奇抜なマスクを装着した。

極度の潔癖症の噂は本当だった。

いったいどんな夜になるのだろうか。

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