change the world

arenn

ハレルヤ!

光が、目のなかに飛び込んでくる。

カーテンがほんの少し開いていた。

隣の部屋からクラシックの厳かな曲が静かに流れてこちらへ忍び込んできている。

僕は大きく伸びをして、ベッドからゆっくり降りた。音を体にまとって、ブラインドカーテンを勢いよく巻き取った。

今日は青すぎるほどの快晴。

窓からバルコニーに飛び乗って、手摺まで駆け寄った。

「ハレルヤ!」

思い出したように歌う。

僕らの秋なんてあっという間で、クリスマスが待ち遠しい。今年こそは街路樹のネオンに照らされたい。

バルコニーからは、遥かとおくに市内の建物が見えて、畔道をはさんだ反対側には村人たちの穏やかな農家暮らしの様子を垣間見ることができる。

朝には鳥の鳴き声で目が覚めるほど、

静かな住まいだ。

バルコニーの鉢植えに、満遍なくジョウロいっぱいに入れた水を与えた。

水の飛沫が虹色に光る。

ああ、小さな楽園。

あっちにいったり、こっちにいったり

ぐるぐる四隅をまわっている。

隣の部屋の窓の鍵が開く音がした。

「アレルヤ」

ああ、なんて甘いきみの歌声!

飾りっけのないくたびれたクリーム色のシルクのルームウェアの姿で、窓格子に肘から手を沿わせて、頭をそっと手に添えた。

くしゃっと微笑んだ。

肩より下までのびる髪の毛が風になびいて

ほんのわずかに彼の頬をなでる。

世界でいちばん美しい、僕の恋人。

「おはよう、ビル」

ビルはそっと、唇に指をあてがうふりをして指先を僕に向けた。

いわゆる、投げキスだ。

僕はそれを受け取って唇に指をあてた。

「ちょっとうるさかった?」

「いや、きれいな声だった。おかげで新しい発想を手にいれた。朝から仕事が捗りそうだ」


あの恐ろしい感染症が流行し始めた最中、不覚にも僕もその当事者となったわけなのだが、それをきっかけにウィリアムと出会い、 僕は高校卒業と同時に、彼の事務所で働くことになり、今はマネージャとしてスケジュールの管理などをしている。


隔離地区から出た僕らは、やはりどうしても感染症を持っていたという疑惑のせいで、どこに行くにも非常に気まずく、現在は郊外の古い屋敷をリメイクして、静かな暮らしをしている。

買い物は宅配を利用することが多く、 

外に行くときはなるべく僕だけで済むようにして、仕事のときだけウィリアム専用のタクシーを呼んで都市部へと向かうのだ。そうすれば、他の市民の干渉も少なく、再感染のリスクも減らせる。

まったく、世界はいまだに汚れている。

むしろ益々病原が変化し、悪化しているようにも見える。根本的な治療は今の時点で方法がないという。

それに対抗すべく、世界中で予防接種をあまたの人が受けている状況だ。

我々も例外ではなく、接種は数回完了している。ただそれで、感染するわけではなく、病気の症状がでたときに重症化しにくいというもので、効果は徐々に現れていて、これがこの世界の不穏の突破口になるかも、しれない。


こそこそ暮らしているというわけでもないけれど、ウィリアムは世界有数の情報拡散者のうちの1人。

僕が守ってあげないと。


ただただ普通の人間の僕にできることは、僕がこれまで暮らしてきたような、平穏な暮らしをすること。

それが、僕たちの幸せだった。

「今日は打ち合わせ…夕方からだよね?」

ウィリアムは丁寧に地毛が浮き出た部分にホワイトカラーで脱色をしていた。

服装によって髪の毛の色を変えるという、なんとも几帳面というか神経質というか。

僕は白髪もすきだけど、地毛の濃いめのグレーブラックのほうがもっとすきだから…

本音をいえば、そっちがもっと見たい。

ファンとマネージャの意見は対立傾向にあってもどかしい。

今のスケジュールが終わったら言ってみようかな……。

「顔合わせを兼ねたパーティだから、帰りが遅くなるけれど心配は不要だよ」


「マネージャ不在でいいの?」

「 ビジネスの話と世界の話をするから。決まったらきちんと伝える。なにかあれば電話でスケジュール確認しよう。大丈夫だ 」


う~~んと、お酒を呑みたいだけかもしれないと訝しがったが、信じて送り出すほかないのだ。


大丈夫。きっと。

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