第27話 将軍塚①

 四条通りから東に行くと、京都を見下ろす東山の頂上に将軍塚古墳がある。ここは、京都でドライブデートする有名な場所だと森さんが教えてくれた。


「俺も車の免許を取って彼女が出来たら、ここに夜景を見に来るぞ!」

「今は、観光客が多いですね」

「ああ、日が沈むと、夜景を見に来るカップルが増えるんだ」


 森さんも俺もTシャツにチノパンで、肩からボディバッグを掛けてカジュアルな服装だ。夜はカップルばかりになるのか……。


「そうですか……森さん、今のうちにカップルが来ない離れた場所に行きましょうよ」

「ハハ、月城君はそういうのを気にするんだな。了解、行こうか」


 普通、イチャつくカップルを見るのは嫌だろう。目のやり場に困るし、変な目で見られるのも鬱陶うっとうしい。


 京都市内を一望できる青龍殿の舞台から離れて、将軍塚近くで待機した。


 何故、森さんと俺がここに来たかと言うと……北海道から戻って来て直ぐに、森さんからメールで誘いが来た。『月城君、将軍塚に出る幽霊を見に行こう。』


 暇だったので誘いに乗って、夕方、森さんと三条駅で待ち合わせをした。夜食用に、コンビニでおにぎりを買い込んでバスでここまで来たんだ。今日の護衛はアスタで、近くで見守ってくれているはずだ。


「月城君、最近、甲冑を着た幽霊が頻繁に出るらしい。昔から噂はあったんだけどな」

「昔から……甲冑を着ているってことは、武将の幽霊ですか?」


 日が暮れて来ると、森さんの言う通りカップルが増えて来た。


「そうだと思う。保険に、独鈷杵どっこしょと護符も持って来たんだ」


 独鈷杵どっこしょって、仏像が持っている古代インドの武器だよな。


「えっ、森さん見るだけじゃないんですか?」


「ああ、そのつもりだ。月城君、この将軍塚には征夷大将軍だった坂上田村麻呂を、甲冑や弓を持たせて埋葬されたと言われているんだ。だから、幽霊が出るなら、坂上田村麻呂の幽霊かも知れないだろう? もしそうだったら、何故、幽霊で現れるのか聞きたいんだ」


 坂上田村麻呂の墓は、将軍塚ではなく他の場所にあると言う話や、ここに埋められたのは甲冑を着せた土の人形とか、将軍の像を埋めたと言う説もあるそうだ。


 甲冑を着た幽霊が出たなら、埋葬された人の可能性が大きいが、征夷大将軍とは別の幽霊の可能性もある。どちらにしても成仏できない魂だな。ただ、幽霊って霊感のある人しか見えないんじゃないのか?


「森さんは、今までに幽霊を見たことありますか?」

「幽霊というか、悪霊なら見たことがあるな」


 あぁ、悪霊は魔物に近いからな。悪霊は、放っておくと餓鬼や小鬼になったりするんだ。それだと、幽霊が出ても森さんに見えない可能性が……あっ、魔力があるから見えるかもな。


「月城君、腹が減ったな。食べておこうか」

「そうですね」


 肩から掛けたボディバッグから、おにぎりを取り出した。亜空間にも、アスタから持たされた食べ物が色々入っているんだが、森さんの前では取り出せないから、さっきコンビニで買ったお茶とおにぎりを食べる。


 森さんに将軍塚と坂上田村麻呂の話を聞いていると、彼はこの世に心残りなんてなさそうだ。


「森さんの話だと、坂上田村麻呂の幽霊が出るなんておかしいですよね」

「そうだろ。征夷大将軍になって、孫にも囲まれて、この世に何の未練があるんだ」


 もしかして、埋葬する時に……。


 時間が遅くなるとカップルの数はかなり減って来た。そして、12時を過ぎた頃に、男女の悲鳴が聞こえた。


「キャ――! 何よあれ!?」

「うおおぉ! 甲冑の幽霊だ――逃げるぞ!」 


 カップル達が、慌てて舞台から逃げるのが見えた。


「おっ、出たか!?」

「森さん、嬉しそうですね……」

「ハハ、月城君、楽しみじゃないか!」


 青龍殿の舞台に行くと、甲冑を着て弓を持った武官がいた。兜でデカく見えるが、背の高さは俺と変わらないだろう。赤ら顔でふさふさの顎髭あごひげを持ち、鋭い目で京都の町を眺めている。


 さっき、スマホで調べた坂上田村麻呂の風貌に似ているな。森さんを見ると、目を見開いている。


「まさか、坂上田村麻呂か!?」


 良かった、森さんにも幽霊が見えているようだ。


「森さん、どうします?」

「勿論、話し掛けてみる……月城君、危ないと思ったら逃げろよ」

「えっ……その時は、森さんも逃げるんですよ」

「ハハ、お前良い奴だな」


 森さんが嬉しそうに言うが、そんなことを言われたのは初めてだな。いきなり攻撃されても、森さんを守れるように神経を集中しないと。


 森さんが深呼吸をして甲冑を着た幽霊に近付いて行く……俺も後に続く。そして、森さんがゆっくりと声を掛けた。


「突然話し掛けてすみません。俺は、森翔太と言います。貴方の名前を伺っても良いですか?」


 甲冑の幽霊が鋭い目で森さんを一目みた。


『……』


「「!」」


 うお――! 甲冑の幽霊が、森さんを軽く威圧しただけなんだが変な汗が吹き出た。一瞬、飛び出そうか悩んだよ……サーマやアスタが俺の前に出る意味が分かった。守ろうと思う者の後ろにいるのは精神的にキツイ……いざと言う時、出遅れそうだ。


 森さんは、甲冑の幽霊の威圧に負けずに、もう一度声掛けた。


「えっと、征夷大将軍の坂上田村麻呂さんですか?」


『……如何にも、今は、征夷大将軍ではないがな』


 おお、話せるんだ。森さんが、坂上田村麻呂ともあろう方が、何故、幽霊としてここに現れるのか教えて欲しいと聞いた。


『お主、歯に衣着せぬ物言いだな……』


 坂上田村麻呂だと言った甲冑の幽霊が、森さんをジロリと睨んで京都の町並みに目を戻した。


「あっ、すみません。将軍、貴方ほどの方が幽霊となって現れるとは信じられないんです。幽霊になるのは、この世に未練を残した魂だけだと言われているので……」


『この世に未練などない。私にも、何故ここにいるのか分からぬ。ここから……動けんのだ』


 ああ、決まりだな。王城鎮護の守護神として、埋葬する時に呪縛を掛けられたんだ。魔物でもない人間の魂をこの地に縛り付けるとは……酷いことをする。


「森さん、ここに埋葬される時に何が術を掛けられたのかも知れませんね」

「あり得るな……俺もそういう呪縛があるって聞いたことがある」


『呪縛……陰陽寮の官職の仕業か』


 確か古代日本では、陰陽師は公務員みたいな身分だったんだよな。上から言われたら従うしかないか。


「月城君は、呪縛の解き方を知っているか?」

「いえ、呪縛された霊なんて初めて見ました」

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