第26話 8月パーティー②

 成績優秀者の発表も終わって、ゆっくりとコーヒーを飲んでいたら……パーティー会場の入口に、中を覗いている女の子がいた。肩までの波打つブルネットの髪で、大きな水色の目をしている。色白で俺と同じくらいの年齢かな。


 会場近くには警備員がいて、ここには関係者しか入れないはずなんだが……あっ、女の子と目が合った。ニコニコと微笑んでくれて可愛いが、見つかると怒られるから離れた方が良いんだが……。


 親父が俺の視線に気が付いて、視線の先にいる女の子を見た途端、母さんを抱き寄せて何か話し掛けた。そして、俺を見て言う。


「蓮、ちょっと行って来る。母さんを頼むぞ」

「親父? ああ……」


 親父はそう言って、入口にいる女の子に向かって行くと、女の子が嬉しそうな笑顔になった……知り合いか? フェレスが珍しく無表情で親父の後について行った。サーマが母さんと俺の後ろに立ち、アスタとエネも来た。


 何だ……あの子に何かあるのか? 俺の顔を見て、母さんが困った顔をして教えてくれた。


「蓮、お父さんのストーカーが来たのよ……」

「えっ、親父のストーカー?」


 まさか、あの女の子が?


「フフ、咲希様、言い得て妙ですね」


 エネが笑いながら言うが、サーマも頷いている。あっ、親父と女の子が消えた……フェレスもいない。


 近くのテーブルにいたアジルさんが「うわっ、あいつ、ここまで来たのか! 俺が取り逃がしたせいで、月城様の手を煩わせてしまった……」と、なげいている。ん、どういうことだ?


「蓮様、さっきのアレがパイモンです」

「えっ! サーマ、あの子がパイモンなのか?」


 可愛い女の子にしか見えないんだが、軍団を従えている悪魔なのか……。


 サーマが言うには、パイモンは親父を尊敬していて『王』と呼び、そばで仕えたいと親父に言ったが、フェレスがいるからいらないと言われたそうだ。諦めきれないパイモンは、冥界から逃げ出して親父に会いに来るらしい。


 片思いってやつか? 女の子に「いらない」って可哀そうな気もするが……そういうのはハッキリと言うのが良いのかもな。


「蓮様、もしかして、可哀そうな女の子だと思っていますか? 蓮様が勘違いしていたら困るので言っておきますが、パイモンは男ですからね。中身も男です」

「えっ……女の子じゃないのか」


 ニコニコと可愛く微笑んで……髪が長めだから女の子に見えたのか?


「蓮、そうなのよ~。私もね、初めて見た時、凄く可愛いから女の子だと思ったのよ~。でもね、違ったの。心も完全に男の子で恋愛対象は女の子だったわ~。私にね『君、可愛いね。ボクとデートしようよ』って言ったのよ。ふふふ、私が、お父さんと結婚しているって知らなかったみたい」


「なっ! 咲希様に……パイモン……許さん」


 パイモンは、王妃とは知らずにごめんなさいと謝ったそうだ。だが、それを聞いた親父は怒るだろうな……サーマも怒っているが。そうすると、親父に対しては恋愛感情じゃなく、『王への忠誠心』みたいな? でも、母さんに声を掛けたんなら親父は近寄らせないな。


「パイモンは、女顔がコンプレックスで、主の男らしさに憧れているんですよ」

「冥界に帰れと言っても、軍楽隊を前に出してまともに話をせず、子供みたいな性格をしているんですよ」


 アスタとエネも、呆れた顔をしている。以前、パイモンの画像を見た時、楽器を持っていた魔物は軍楽隊なのか。


 パイモンは、人間に牙を向けたりしないが、向かってくる祓い屋や狩り人には、自分の軍隊を差し向けて容赦しないそうだ。


「サーマ、それは……放置しても良いんじゃないか?」

「ええ、何度か冥界へ送り返されて、だいぶ弱くなったので放置しても害はないんですが……冥界を抜け出して、主を探しては近寄って来るんです」


 それは、鬱陶うっとうしいな。この前のパイモンの狩りは、アジルさんが、親父に近付くのを阻止しようと応援要請の依頼を出したのか……で、逃げられた。


 親父とフェレスが戻って来た。パイモンがいないから冥界に送り返したのか? 親父が席に戻って俺に言った。


「蓮、もし、次にパイモンが現れたら浄化してくれ」

「えっ、親父?」


 親父は、何度も冥界を抜け出していい加減にしろ。次に母さんのそばで見かけたら浄化して魂を消すぞと脅したそうだ。


 フェレスが冥界に送ったそうだが……冥界を抜け出すだけで、こっちで悪さはしていないのに浄化するなんて……あっ、母さんに『ボクとデートしようよ』と言ったからか? 


 親父は母さんが絡むとおかしくなるんだよな。それも、母さんを襲ったヴァンパイアのせいだと思うが……。パイモンは、母さんじゃなくて親父に会いに来たのに何だか可哀そうだな。


 ◇◇

 翌朝、ホテルの朝食ブッフェで食べていたら、母さんとエネが来た。


「蓮、おはよう~。ねぇ、考えたんだけど、東京はもうどこも行ったでしょ? だからね、北海道のウニを食べに行きましょう」


「えっ、母さん、今から北海道に行くのか!?」


「飛行機で、2時間掛からないから直ぐに北海道よ。蓮、もう飛行機のチケットを取ったから、朝ごはんを食べ終わったら行きましょう。ふふ」


 えっと、俺もウニは好きだが……母さん、これは決定なんだな。


「ああ、分かった」


 この後、飛行機で北海道へ行き、小樽を観光した。旬のホタテとウニを食べて、ピュアホワイトと言う甘いスイートコーンも食べたが、生で食べられる白いトウモロコシは初めて食べた。その晩は札幌で1泊して、翌日の夕方に帰ることになった。


 母さんとは新千歳空港で別れて、俺は大阪行きの飛行機に乗った。まさか、北海道に連れて来られるとは思わなかったが、冬に来る機会があれば流氷が見たいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る