第3話

 4月、入学式も終わり高校生活が始まった。


「俺は、月城蓮つきしろれんと言います。よろしく」


 簡単な自己紹介が終わって――俺は特に言うことがないんだ。――いつもは、ペンダントのお陰で絡まれることもないんだが、時々、席の近い奴が声を掛けて来る。そういう奴は、世話好きの良い奴だったりする。


「月城君、どこかのクラブに入った?」

「いや、バイトをするから、クラブには入らないよ」


 前の席の中井颯太なかいそうたと名乗ったクラスメイトが、何かにつけて声を掛けて来る。背が高くて精悍せいかんな顔立ちをしている。モテるだろうな。クラスのヒエラルキー上位にいるタイプだ。


「バイト組か~残念。背が高いから、バスケに誘おうと思ったんだよ」


 この前の身体測定で175cmあったな。ペンダントを外すと、もう少し高いんだ。


「中井君は、中学もバスケ部だったのか?」

「ああ、そうなんだけど、ここのバスケ部は部員が少ないんだよ」

「それで中井君が勧誘しているのか」


 バスケ部の勧誘が狙いだったのか……。中井君が、バスケはハードだから続かないヤツが多いんだと話していると、女子が近寄って来た。


 彼女の名前は伊藤葉月いとうはづき、中井君と同じ中学出身で彼女もバスケ部らしい。肩まで伸びる髪に、大きな目の可愛い女の子だ。「中井~、無理やり勧誘したらダメだよ!」と言って、中井君とじゃれている。良いな、そういうの。


 毎日依頼が入るわけじゃないが、巻き込む可能性があるから人との関りは最小限にしている。目立たないように気を付けて、勉強も運動もクラスの平均で過ごして来たが、これが結構面倒くさいんだ。だから、中学を卒業したら狩りに集中しようと思ったんだが、爺ちゃんと婆ちゃんが高校は出ておけって言うから進学した。


「月城君、メール交換しようよ」

「ああ、中井君、よろしく」


 バスケ部を断ったのに……ペンダントを付けている俺に話し掛けて来るヤツは、やっぱり良い奴だ。


 ◇

「蓮様、学校の方はいかがですか?」


 マンションに帰ると、アスタが学校のことを聞いて来た。


「アスタ、順調だよ。知り合いも出来たんだ」


「ああ、中井颯太ですね。彼は問題ありませんでした。伊藤葉月の方は、直接は関係ないですが、陰陽師系の縁者に当たります」


「えっ、サーマ、もう調べたのか? 早いな」


 いつもサーマは、俺に関わる人間のことを調べるんだ。有能過ぎて、俺の子守りには勿体ないと思うよ。


 陰陽師からも時々依頼が来る。俺は受けたことは無いが、過去の封印がほころびてきて、封印しなおすことが出来ない時に依頼が来るんだ。親父曰く、能力の高い陰陽師が少なくなったそうだ。


 基本、彼らと狩りが重なることはない。「はらい屋」や「陰陽師」、海外ではエクソシストと呼ばれる「祓魔師ふつまし」が、手に負えない案件を親父のコンサルタント会社に依頼してくる。その依頼の一部が俺に回って来るんだ。


「ただ、学校の教職員数名と3年に陰陽師が、そして2年に祓い屋の子息がおります。後、親族に陰陽師・祓い屋がいる者が何名かおります」


「同業者が多いな! 関係者までいるのか……あっちでは隠居した祓い屋しかいなかったのに」


 ああ~、警察にも同業者がいるのかも知れない……だから、前回のサキュバスの依頼が早かったのかもな。


「蓮様、その代わりあちらは、神職を出す家が多くて霊力持ちが多かったですよ?」


「それはそうだが……」


 アスタの言う通り、中学校の時には教師を含めて霊力を持った人が学年に3~4人はいた。あっちにも大きな神社や寺があったからな。


「蓮様、京都には陰陽師の本家がありますから、あちこちに陰陽師がいてもおかしくはないです。近くに、陰陽師が封印した何かがあるのでしょう」


「そうね。蓮様、サーマの言う通りだと思います」


「なるほど。陰陽師は封印の警備を兼ねて、その近くで働いているのか」


 京都には、封印するのに持って来いの場所が多い。いや、何かを封印した上に寺や神社を建立したのかも知れないな。


 ◇

 その夜、魔力の気配で目が覚めた。ベランダに出ると、サーマに声を掛けられた。


「蓮様……」

「ああ、何かうるさいな。山の方でやってくれれば良いのに」


 霊力も複数あるが、爺ちゃんと婆ちゃんのそばにいたから霊力は気にならないんだ。魔力を持つ者が近くにいると感じてしまう。俺の周りにいる魔力を持つ者はみんな隠しているからな。


 魔力を感じる方角から、漆黒の翼を広げたアスタが戻って来た。そして、静かにベランダに降り立つと、優しく微笑み翼を消した。


 アスタは悪魔だ。サーマもそうなんだが、小さい頃から一緒にいるが、特に残虐なことをすることもなく悪魔だと感じることはないんだ。親父と契約しているからかも知れないが、かなり強くて、少し好戦的なだけなんだ。


 サーマもアスタも普段は魔力を感知されないように隠している。翼を広げても魔力を見せないんだ。『能ある鷹は……』ってやつだな。


「蓮様、様子を見て来ました。陰陽師2名が雑魚の魔物を追いかけているようです」

「アスタ、ありがとう。じゃぁ、寝ても大丈夫だな」

「ええ、蓮様、お休み下さい」


 サーマとアスタに、2度目のおやすみを言って部屋に戻った。


 ◇◇

 翌朝、サーマから、昨晩の捕り物劇は失敗に終わったようだと聞いた。そうか、又、夜中に起こされるかも知れないな。


 学校に行くと、朝一番に校内放送が流れた。内容は、昨晩、水族館近くで不審者が出たので夜は出歩かないように注意喚起するものだった。夜中の魔物が関係しているのか?


「あ~、又、出たのか」


「ん? 中井君、『又』って、よくあるのか?」


「そうか、月城君は三重から来たんだったな。学校の近くで何か事件あって、犯人が捕まっていないと学校で校内放送が流れるんだ。そうなると、クラブ活動が中止になるんだよ。参ったな……」


 危機管理がしっかりしているというか、きっと保護者がクレームを言って来るんだろうな。


「へえ~、そうなのか」

「小学校の頃は、鬼が出たからだって言いふらすヤツもいたよ。ハハ」

「えっ、鬼が……」


 まさか、陰陽師や祓い屋が学校に忠告するのか?


 中井君が笑いながら「周りで、鬼を見たっていう友達はいないけどね」と付け加える。校内放送が流れるのは、年に3~4回はあるらしく、1日だけの時もあれば数日続くこともあるらしい。


「月城君、帰りにハンバーガーを食べに行こうよ」

「えっ、中井君、帰らなくて良いのか?」

「大丈夫だよ。みんな6時頃まではうろついているから」


 まあ、種類にもよるけど、魔物が動くのは遅い時間だからな。


 学校が終わり、駅近くの大手スーパーのフードコートに行くと、チキンもあるじゃないか……ハンバーガーとどっちにしようか悩んでいたら声を掛けられた。


「あ~! 中井、月城君、み~っけ!」


 伊藤さんが声を掛けて来た。彼女もクラブが中止になったから、友達と寄り道をしているそうだ。


「中井君の言う通りだね。みんなうろついているんだ」


「ああ、みんな慣れているからね。それに月城君、お腹が空いて晩御飯まで我慢するのは辛いよ」


 あぁ、みんな早弁するからな。特に運動部のヤツは午前中に弁当を食べて、昼に菓子パンを買って食べているが、パンだと直ぐに腹が減るよな。


「うん、中井の言う通りだよ~。マジメに真っ直ぐ帰る子なんていないんじゃないかな~、ねえ、平っち」


「だよね~。先生に見つかると怒られるけどね。ねね、月城君は、どこの中学だったの?」


「ああ、俺は……」


「平っち」と呼ばれた女子は、背が高くて長い黒髪の美人タイプだ。彼女は隣のクラスで、3人とも同じ中学のバスケ部だったそうだ。みんなとワイワイ話していたら、アスタからメールが来た。


『蓮様、陰陽師が5~6人動いています』


 今日の護衛はアスタか。連絡が来るということは、陰陽師が近くにいるんだな……昨日の夜より人数が増えている。


「月城君、もしかして彼女からメールか?」

「「えっ!」月城君、彼女いるの~?」

「違うよ、家から連絡が来たんだ。そう言う中井君は彼女がいるんだろう?」

「ええっ! いないよ……バスケ一筋だよ」


 意外だ、モテそうなのに……中井君とは仲良くなれそうだ。


「中学の時から、中井に彼女がいるって聞いたことないな~」

「だよね~。中井はモテるけど、選ぶからね~」

「違うっ! モテないし、選んでないよ!」


 ああ、やっぱりモテるのか。選ぶと言うより、好きな子がいるんじゃないのか? フフ、たわいもない同級生との会話が楽しいんだが、早めに解散した方が良いな。


 ブウゥ――


 ん、またアスタからメールだ。何かあったのか?


『蓮様、夕食は食べられますか?』


 食べるよ。アスタ……俺がチキンとハンバーガーを食べているのを、どこから見ているんだ?



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