第7話 伝説の始まり

 やばい、どこを探しても見つからない。

店長もいないし、参ったな。とりあえず、光さんに電話しないと。

昨日貰ったホテルのポイントカードを出し、電話をかけた。


「もすもす、こちらオリュンポスホテルでつ。」


えらい訛ってるな。おっとりとした女性の声だった。


「すみません、九尾堂と申しますが、江口光さんにとりついでもらえますか?」


「ああ、待ってねー」


「ひかるんいなかったわ、どっか出て行ったみたいだぬ。」


 だぬ、ってなんだ。探しに行ってるのかな?


「わっかりました。帰ってきたら僕の携帯番号に折り返してもらうの伝えてもらってもいいですか?緊急事態なんです。電話番号は、○○〇ー○○○○ー○○○○です。お願いします。はーい、失礼します。」


 うわーどうしよう?一応折り返すように言ったけど。やばいやばいやばい。

すると店長が帰ってきた。


「店長!机の上に開いておいてあった本知りませんか?」


「ああ、あれね。ネット通販にまだ未出品の本だと思ったから、出品したら、速攻で売れちゃって、今郵便局に持って行ったところだよ。」


 なぬーん、まじでか、店長なんでも出品する癖があるのを忘れてた……


「それ、僕の大切な本なんです、どうにかなりませんか?」


「えーそうだったの、でも、配達するギリギリに持って行ったからもう間に合わないと思うよ。」


 ですよねー。どうしたものか……


「本当にごめんね、ちょっと母さんに買い物頼まれたから行ってくるよ、時間が来たら勝手に帰っていいからね。じゃあ頼んだよ」


 そう言って店長は行ってしまった。

自伝は読めないし、神悪は今イベントやってないし、暇だ。寝よう。

僕は読書の疲れもあったのかすぐ寝てしまった。



 プルプルプル、ピッ!


「もしもし、九尾堂です……」


「結斗くん?光だけど、どうしたの?緊急事態って聞いたけど?」


 光さんからだ!


「そうなんです、自伝を失くしちゃいまして、なくなった理由はわかったんですけど……」


 自伝が売れてしまったことを話した。


「あはは、そうだったんだね!自伝はまだまだ城にいっぱいあるから大丈夫だよ!帰ったらまた読みなよ。」


 良かった~これでまた読める。


「ちなみにどこまで読んだの?ああ、ゲーム説明までね、じゃあその後は僕が説明してあげるから帰ったら一緒に読もうか。眠たくなるまでだけど」


 なんと!光様の解説付きとは!楽しみだ。


「ほんとですか?ありがとうございます。18時半には帰れると思いますんで、はい、じゃあ失礼します。」


 電話を切ったあとスマホの時計を見た。17時半を回っている。

後30分でバイトが終わる。


 なんとなく神悪2を起動してみた。なんか同盟チャットがにぎわっているみたいだ。


【『ゼウス』が新しい同盟を作ったらしい。名前は『Alone is enough』】


アポロンが発言した。


【一人で十分か……なめた真似を!】


【ぜってー潰す!】


 煽ってんなー『ゼウス』、ぜってー勝つ!


 そんなこんなで、チャットを眺めていると、18時になった。

いつものようにレジだけ閉めて、店を後にした。早く帰らねば。


 スタスタ……

 帰ってきた!


「お帰りー結斗!飯にしよう!何食べる?」


 もう、ここのシェフの虜になっている。めちゃくちゃ楽しみだ!


 「ただいまです!じゃあ……カレーライスで!」


 3分後……カレーライス(特盛)が2つ来た。

 それにしても本当に早いな。


「カレーはここの看板メニューだからね、常に作ってあるのさ。旨いぞー!」


 カレーを一口すくって食べてみた。

デリシャス&デンジャラス!人が上手いと思うであろうギリギリの辛さをついてきて、スパイシーさの中にもしっかりとしたチキンのうま味が感じられる。ルーとご飯の間に、キムチとチーズが入って、特盛でも飽きずに食べられる!これは旨い!


 僕と光さんは黙々と一心不乱に食べた。


「ごちそうさまでした。」


 一生ここに住みたい!快適すぎる!


「僕は9時には寝ちゃうから、読むならすぐ読もうか。」


「わかりました、では……」


<神悪始動!>

<※これから僕の生活はほぼ神悪が占めることになる。裏返せばそれだけリアルを代償にプレイしていたことに他ならない。なるべく読んで楽しくなるように書こうと思うが、頭の片隅ではこの状態は異常だということを留めておいてほしい>


「そう、これからの話はね、楽しいだけじゃないんだ。僕自身すごく楽しい思い出がいっぱいなんだけど、その陰で悲しんでる人がいることを僕はこのとき忘れていたんだ。じゃあ始めようか。」


 さっきまで笑っていた光さんから笑顔が消えた。僕もなんとなくだけどわかる。今の生活の中心が神悪2だから。


<初めて神悪をプレイをしたときことは今でも鮮明に覚えている。名前を決めるとき、最初カタカナで『ヒカル』にしたかったのだが、もう他の人が使っていたので、英語の『ライト』という名前にした。

そして、チュートリアルが始まった。ああ、こんな感じで戦うのか!と戦闘画面を見てワクワクしたが、戦いをスキップできることを知ってから、時間の無駄なので見なくなった。

チュートリアルが終わると、あとは好きにやってくれとばかりに、神悪の世界に放り出された。

とりあえず、画面の中心にあった、『お知らせ』というボタンを押してみた。すると、ダウンロード10万人記念として、課金ガチャが10回回せる分のチケットをもらった。『ガチャへ』というボタンがすぐ下にあったので押してみた。ガチャの画面に切り替わり、何種類かあるガチャのうち、一番上のガチャを先ほどもらったチケットを使って1回引いてみた。すると、何やら演出が始まり、最後にカードの裏面らしき演出で止まった。『タップ』という文字がでて、なるほど画面をタップして自分で引いた感を出しているのか!と思い、つよくねちっこくタップしてみた。結果はRレアの『エロス』というカード。ちょっと恥ずかしかった。でも絵がなかなかにかわいらしく、子供に白い羽の生えていて弓を持っている絵だった>


「実は僕も初めて神悪でガチャを引いたときレアRレアの『エロス』でした。奇遇ですね。お父さんと一緒にやっていたから、かなり恥ずかしかったです。続けましょう。」


<そのあとに残り9回分のチケットを消費してガチャを引いた。すると、1回だけ、虹色に輝く演出があったんだ。これは後でわかったんだけど、URウルトラレアが確定で出る演出だった。

僕は当時最強のカードの1枚と言われていた、URウルトラレアの『ハデス』を引くことができたんだ。他に引いたカードと比べて段違いに強かったし、槍を持っていてめちゃくちゃ格好良かったからすごく喜んだ。

しばらくはこの『ハデス』と一緒に戦うことになる。とりあえず、僕は今回引いた10枚のカードでデッキを組んだ。そして初めて『イペント』に挑んだ。

イベントは確か『ハデスの怒り』というイベントで、『ハデス』が冥界にはびこる化け物たちを倒していくというストーリーだった。ストーリーを進めていくと、突然、敵が出現した。初バトルだ。

 敵は、『冥界スライム』という低級悪魔だった。こいつは一回の戦いで倒せるほど弱かった。どんどんストーリーを進めて道中でてくる敵を倒していった。しかし、『ケルベロス』という上級悪魔が出てきた。攻撃してもほんのちょっとしか削れず、一時間かけて20回くらい攻撃してようやく倒せた。これではイベントを進めることは難しいと判断し一旦イベントを止め、カードの育成を始めた。カードを育てるには、いらないカードを育成したいカードに吸収させなければならない。よって餌として、かなりの枚数のカードが必要になる。カードはデッキのカードと敵を倒してゲットした10枚程度。とりあえずURウルトラレア『ハデス』にいらないカードを吸収させた。成長するとカードのレベルが上がる仕組みになっている。『ハデス』はレベル15になった。多少強くなったがおそらくまだまだだろう。どうにかして餌となるカードを集めなければならない。また、『ハデス』以外の強いカードを手に入れないといけない。この2つの問題を手っ取り早く解決する方法は課金ガチャだった。しかし、お金は持ってないし、持ってたとしてもどうやって課金していいのかわからない。だからそれ以外の方法を考えた>


「当時の『ハデス』は最強でしたからね。攻撃力の伸びがすごかったです。やっぱり課金考えちゃいますよね。僕は初代は無課金で遊んでいたけど、課金したかったですね。」


「結局あとで課金しちゃうんだけどね。このゲームはお金で遊ぶか仲間と遊ぶか、究めるならその両方か、というゲームだったように思うよ。」


<しばらく考えたけど、答えはイベントを進めて、カードを集めるしかないと思った。でもまた『ケルベロス』がでてきたらどうしよう?そこがネックだった。

とりあえず、何か方法はないかとゲーム内を色々いじってみた。いじっていると『遊び方』というページを見つけた。その中に、『敵が強くて倒せないなら、応援機能を使ってみよう!』という項目があるのを見つけた。

これだ!と思った。しかし応援機能を使うには前にも説明したけど同盟に入るかフレンドを作るかしないといけない。僕は同盟に入ってみようと思った。なるべく人数の多い活発な同盟がいいなと直観的に思った。

同盟の入り方を覚えて、初心者の僕でも入れそうな同盟を探した。

ここで、チャットという機能があることにも気づく。なるほど、他のプレイヤーと意思疎通がとれるのか。

他人と話すのは久しくやってないから不安だけど慣れれば面白そうだ。

ついに、初心者歓迎で、なるべく人数の多い同盟をみつけることに成功した。

同盟の名前は『黒乃巣クロノス』、同盟リーダー『クロノス』を中心とした、和気あいあいとした同盟だった>


「ちょっと待って!黒の巣だって!?」


黒の巣って僕の働いている店の名前じゃないか!偶然か?

でも店長は初代神悪はやってなかったと言っていたしな……今は考えないでおこう。


「どうしたんだい?」


「なんでもないです、続けましょう。」


「いや、一回休憩しよう。何か飲むかい?」


「じゃあ、コーラで。」


「オーケー。もしもし、コーラ2つお願い。」


 まだいまいち情報がつながらない。

ただ、なんとなくだけど、いやな予感がした。

この自伝を一刻も早く読まないといけない。手遅れにならないうちに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る