第5話 自伝①昔話
「はぁ、はぁ……すみません、遅くなりました!」
時刻は9時58分、どうにか間に合った。
「おはよう、キュウビくん。遅かったねえ。」
店長の『黒野 尚重(くろの なおしげ)』さんが言った。
黒野さんは、ここ、古本屋『黒の巣』の店長である。年は53歳。おっとりとしてマイペースな人だ。
僕は店長以外の唯一の店員であり、定休日の水曜日と日曜日以外は店番として10時から18時までアルバイトをしている。時給はなんと破格の1500円!店長曰く、今の日本の給料は安すぎて生活できるわけがない。せめて自分の店の店員だけでも安心して生活できるようになってほしい、とのことだ。仕事も楽で店長には感謝しかない。
おかげでかなりの額を神悪2の課金に回すことができている。
ほとんど、客が来ないので、本を読んだり、ゲームをしたりしながら店番をしていいことになっている。
なんで潰れないんだろう?と思っていたが、ネット通販が好調で結構売り上げはいいらしい。
店を構えているのはネット通販の隠れ蓑だそうだ。ネット通販は店長がほとんど全ての業務を行っている。
だから僕は、ほぼ1日中ゲームをしながらたまに来るお客の相手をしている。おかげで、今までは世界ランキング1000位以内には入れていた。しかし……
「キュウビくん、昨日のイベント何位だったの?」
黒野店長が聞いてきた。実は店長も神悪2プレイヤーである。
しかし、店長はそこまで本気でこのゲームをやっておらず、専らフレンドとチャットをするためにプレイしている。店長のフレンドの数が半端ではなく、情報通としては神悪2で一番だと言っている(自称)。
「1001位でした。最後の追い込みで負けました。」
「あら、残念だったね。ランキングに載ってなかったからまさかとは思ったけど。」
「ねえねえ、あるプレイヤーから聞いたんだけど、『ゼウス』っていうプレイヤーが出現したんだって?」
プッ
「なんで、知ってるんですか?さすがですね。他に何か『ゼウス』について知ってますか?」
「ん~、初代神悪でずっと世界1位だったプレイヤーの名前も『ゼウス』だったらしいよ。」
「他には?」
「『ゼウス』に関してはそれだけかな。あ、あとフラゲ情報なんだけど次のイベントは過去一盛大に行うらしいよ。アップデートもあるみたい。」
まじか、それは知らなかった。すごい楽しみだ。
「それじゃあ店番頼んだよー」
そう言って店長は、奥の部屋へ消えていった。
僕は、一応レジの準備をして、カウンターに座った。
さて、今日は光さんの自伝を読むぞ。僕はカバンに入れていた自伝を取り出して、1ページ目を開いた。
<はじめに、この自伝を手に取ってくれてありがとう。この自伝は、僕の半生を簡単にではあるが、ありのままに綴ってある。僕の人生は、神悪というゲームが中心だった。プレイした期間はたった1年だけだったけど、いい意味でも悪い意味でも人生を狂わされた。この本を書いた目的は、『プシュケ』を救うためである。彼女の手がかりはほとんどないと言って等しいが、もし彼女を探すのを手伝ってくれるのならば、少しでも参考になるかもしれないと思い書いた次第だ。注意として、自伝の中で、僕が神悪のゲームをプレイしていたことが多く記されている。そのため神悪のルールをわかってないと、やったことのない人は訳が分からないと思う。なので、神悪をプレイする場面になったら、最低限のルールを説明している。なるべくやったことのない人でもわかるように簡略して書いているので、どうか理解していただけると助かる。では僕の物語へようこそ。
2021年6月20日江口光>
なるほど、やはり『プシュケ』さんを見つけたいがために自伝を書いたのか。光さん視点で神悪の世界が見れるだけで、脳汁ものだけど、何か手掛かりになりそうなことはないか、よく読んでみよう。
<1995年6月20日、僕、江口光が生まれた。母は専業主婦、父はいるが、16歳のあのときまで一度も会ったことはない。どんな仕事をしているかも知らない。だから、僕は母と二人で暮らしていた。父がお金持ちの家系だったらしく、家もそれなりに広く、何不自由なく暮らしていた。
子供の頃から、僕は負けず嫌いで、なんでも一番を取りたがった。勉強でも、スポーツでも、遊びでも。そのために母は僕になんでも買い与えてくれた。もちろん、一番になる努力も怠らなかった。おかげ様で、ほとんどのことは一番を取ることができた。しかし、小学校の高学年になると、一番を取ることが難しくなっていった。みんなやはり得意不得意がでてくる。どうあがいても、得意なことがあってどんどん上達していく子には勝てなくなっていた。いつもなんでも一番だった僕は、自信を失っていった。周りと比べて感じる劣等感に押しつぶされ、小学6年生の夏、とうとう僕は学校に行けなくなった。いわゆる不登校ってやつだ。学校へは行かず、ずっと自分の部屋で引きこもっていた。このときのことは正直ほとんど覚えていない。一言で言い表すなら『虚無』、何にもない、何にもしてない。何にもできない、そんな暮らしが、14歳まで続いた。つまり僕は中学校には言っていない。
15歳の誕生日のとき、僕の人生に光が差し始める。母が、誕生日プレゼントにスマートフォンを買ってくれた。スマホには色々なゲームアプリがインストールされていた。その中に『GOD&DAEMON』、通称『神悪』というゲームがあった。5月5日にサービスが開始したばかりのゲームだったのもあり、すごく新鮮で、真っ暗闇の中にうずくまっていた僕にとっては、眩しすぎるくらい楽しい世界だった。>
<※この後、神悪の話が始まります。その前にゲームの説明をするので、一回頭をリセットしましょう>
……ちょっと重い話だな……
まさかあの光さんにこんな過去があったとは、14歳までをたったこれだけでまとめられているのは、かなり寂しい。いつも平凡だった僕には光さんの挫折したときの心情は想像できないけど、きっとその落差は凄まじいものだったのだろう。
さて、次のページから神悪の話か。ここから慎重に読み進めてみよう。
カランコロンカラーン
「いらっしゃいませー」
ちっ、良いところでお客さんが来た。
「あの~この本の続きおいてあるかね?」
みすぼらしいスーツを着たおっさんが尋ねてきた。
「ちょっと探してみますね。少々お待ちください。」
2時間後
「ありがとうございました~!」
ああああ、あのおっさんのせいでかなり時間を取られた。
探している最中に、読んだことある本の感想言ってくるんじゃないよ!聞きながら探してるから無駄に時間かかったじゃないか。
おっさんが探していた本は店頭には無かったが、偶然店長が、
「あ、この本の続きなら、さっきネットに出品したばかりだよ。ちょっと持ってくるね。」
あるんかい!あんだけ探したのに。
結局、おっさんは続きの本を全部買っていった。店では1週間振りの売り上げだ。
「もうすぐ1時か、お昼ご飯食べてもいいよ。」
店長が言った。この仕事は、仕事中が休憩みたいなものだから、わざわざ休憩時間を区切っていない。だから給料は、しっかり8時間分貰える。
そういえば、お弁当持ってきているんだった。
ゴソゴソ、あれ?2つあるな?
「店長!お弁当2つあるんで一緒に食べませんか?」
「え、いいの?じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。」
お弁当を開けると、すごい、いい匂いのチャーハンが出てきた。
『おお、これはビビンバチャーハンだね、美味しそう!いただきます。」
店長が先に食らいつく。
「キュウビくん、これめちゃくちゃうまいよ!誰に作ってもらったの?彼女?」
「違います。わからないです。ホテルで頼んだら3分で朝食とこのお弁当ができてました。」
そう、3分ででてきたんだよな。これは事前に作ってあったみたいだ。ホテルのシェフは凄く仕事ができる人みたいだ。
「すごいホテルだね。今度妻と行ってみるよ。」
ラブホテルだけどね。想像したくないけどね。
僕もビビンバチャーハンを一口頬張る。
辛い!でも旨い!自家製キムチも入ってるな!ご飯と炒めるとまた違った味わいになるな!
僕は食事中にスマホを見ながら食べる癖がある。いつものごとく、スマホを開くと、神悪2からお知らせが、3つ届いていた。
【定期メンテナンスのお知らせ】
これはイベントが終わって次の日の夜中に行われるメンテナンスのお知らせだ。まぁどうでもいいだろう。
【アップデートのお知らせ】
要約すると、定期メンテナンス終了後に追加されることが1つあるらしい。
【新レアリティ、ゴッドレアの追加、詳細は定期メンテナンス後に記載】
!!!!
まじか!ここにきて新レアリティ追加してくるか!これはあちちのちーだ。
神悪のカードにはレアリティがあり、N(ノーマルレア)、R(レア)、SR(スーパーレア)、UR(ウルトラレア)の4つだ。今までURが一番レアリティが高く、それにともないカードの能力が高かったが、さらにその上『ゴッドレア』が追加されるみたいだ。一気に環境が変わるぞ、これは。
【次回イベントのお知らせ】
どれどれ、
なん……だと……これは……
そこに書いてあったことは、まるで『ゼウス』の復活を祝うかのような内容だった。
まさか『ゼウス』って……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます