お姫様 2
松雪の前に居るのは、長い茶髪の綺麗な女だった。年は二十代前半だろうか。この空間でサハツキ以外に初めて合う女性だ。
「こちら待人の
市倉と呼ばれた女性は俯きながらもこちらを見ている。
「市倉様、こちらは執行人の松雪総多様です。先程ご説明した通り、今から市倉様には死を望む理由を松雪様におっしゃって頂きます」
「はい、分かりました」
美人さに似つかわしく無い虚ろな目で返事をする市倉。
「あの、どうも、松雪です」
「はい……」
元気が無い市倉は無気力にそう返すだけだった。
「では、最後に……。もしも、気が変わった場合はあちらのドアを開けて外へ御出になって下さい。その場合、二度とこの部屋で死へ導かれる事はありません」
言い終えると、二人を見てサハツキはお辞儀をする。
「それでは私は失礼します、どうか良い結果になるよう祈っております」
ハツキはいつもの様にドアを開けて外へ出ていってしまった。
「市倉さん、でしたっけ。あの、どうして死にたいんでしょうか」
少し市倉の目に光が戻る。少し間を置いて、ポツリと話し始める。
「私、愛された事が無いんです」
「えっと、そうですか……。」
なんて言えば良いのか分からず、松雪はそう言った。そして思い出す。
「そうですね、このテーブルの上にある玉を触って辛かった事を思い出せば、僕にもその光景や感情が伝わるので」
言われ、ゆっくりと市倉は玉に手を伸ばして、松雪も自身の目の前にある玉を触る。
「私、ネグレクト……。虐待を受けていました」
「えっ」
頭に映像が流れる一歩手前で市倉が言った。
松雪の頭には小汚いアパートの一室が見える。
「お母さんどこに行くの」
「うっせえな、お前に関係ないだろ」
化粧の濃いヒステリックな女性の声に松雪も一瞬ビクリとした。
「私に父親は居ませんでした。母が私を妊娠すると、父は逃げてしまったらしいです」
「それは……」
なんと言葉を返していいのか、分からない松雪。
「母はたまに、食事を与えてくれましたが、ほぼ何も食べない状態が続きました」
小学校高学年だろうか、汚れた服に痩せた少女は泣いていた。
また別の日、ひもじさに耐えかねた幼少期の市倉は開けるなと言われていた冷蔵庫を開けてしまう。
そこにはパック詰めされたハムがあった。手を伸ばし、開けて口にする。
次の瞬間、頭に衝撃を感じた。そして襲ってくる激しい痛み。目の前に舞う灰。
「てめぇ何勝手に食ってんだよ」
市倉は母親から灰皿を投げつけられた。
「痛い、痛い」
頭を抑えてぬめりを感じる。血が流れていた。
松雪は自分の家庭も問題を抱えていたが、ここまででは無かったので目を背けたくなる。
場面は小学校に移った。
「おめー汚ねーよなー」
「市倉菌が移るぞー」
子供達が市倉を囲んで馬鹿にしている。
「みすぼらしい私は、学校にも逃げ道がありませんでした」
何処にも居場所が無くなった市倉は家にずっと引きこもる生活をしていた。
「児童相談所は、何もしてくれませんでした。その存在すら知りませんでした」
涙を流しそうになる市倉。
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