3、前世ガチャ失敗
◆前世ガチャ失敗
何日か過ぎた。
年末は忙しい。どこの日雇いにいっても、仕事の説明もろくにされず、ただの人員として数えられて、舌打ちされたり、嫌味を言われたり。
最近は帰っても、コズエと一緒に過ごす時間がほとんどない。お互い疲れていたし、コズエは帰ってきても事務作業……店舗の売上報告だとか、新人育成のこととか、クリスマスの新メニュー考案だとかに追われている。
クリスマスもたぶん、というか九割九分九厘の確率で仕事だ。分かりきったことだからしょうがないけど寂しいものは寂しい。じゃあ26や7にどこか出かけようか? などもならない。コズエは休めないはずだ。休めても半休だろう。だからおれも働くしかない。せめて大晦日くらいはと期待するけど、コズエは職場の忘年会に行くだろう。飲み会にしか来ない社長や他店舗の社員たちと年を越し、おれはどこかで1人、除夜の鐘を聞くに違いない。
明日から日雇いではなく、新たな飲食店で働くことになっていた。今度はもっときつく、食らいつくつもりだ。
黒ちゃんからもらったカレンダーは、封を破かず、食卓の隅に置いたままだった————置いたはずなのに、
「無い……」
どこいった?
コズエか? コズエがまさか捨てたのか?
前、公共料金の支払い用紙を置いていて、明日払おうとしてたのに、それをコズエが「邪魔だから」とよく見もせずに捨ててしまったことがあった。自分とは関係ない、と判断し、かつ機嫌が悪いとコズエはしばしばそういった蛮行にでる。普段は片付けない癖に、変なスイッチが入るといろいろ捨てまくる。
使う気がないにしても、いや……どこか期待していたから捨てずに取っておいたんだ。胡散臭いあのカレンダーをおれは使うつもりだった。ただ、何も変わらないとガッカリするのも嫌だった。それに一度は酒を交わした仲である黒ちゃんを「効果がないじゃないか」と責めてしまいそうになるのも嫌だった。
コズエがシャワーから上がったらしい。浴室の扉が開く音がして、「ひーさんひーさん」とバスタオルをカラダに巻いたコズエが小走りでリビングに入ってきた。ひーさんは寒いの意。服を取りに居室へ急ぐ背中に声をかける。
「コズエ、ここに置いてあった日めくりカレンダーなんだけど……」
「ああ、アレ?」
コズエはおれに背を向けて下着をつける。見慣れているのに、彼女のカラダも老いていくんだな、それをおれは見届けられるのかな、などと思考が関係のないところに飛ぶ。
そうじゃなくて、
「もしかして捨てた?」
言ってから、しまった! と思った。
あのカレンダーは封がされていて、外見では中が日めくりのカレンダーだとはわからない。それなのにおれが「カレンダー」と言い、コズエが「アレ」と言ったからには、コズエは中身を見たということになる。テキトーに打ち捨てたわけじゃないんだ。
なんて、推理したって後の祭り。
「は?」
コズエはコワい顔で振り返った。
今のはおれが悪い。前に一度コズエが人の物を勝手に捨てることを指摘した時があった。その時コズエは、怒りはしたものの、反省していたんだ。だからおれが頭から「捨てた?」なんて言うのは間違いだった。完全におれの落ち度だ。ミス。悪手。失態。ごめん。
でももう遅い。
コズエは目を赤くして、大きな声で喚きだす。
「なんでもかんでもウチのせいにしないでくれるッ!?」
ヒステリック。こうなるとしばらく止まらない。
こちらまで感情でぶつかるわけにもいかないし、理詰めでおさえこもうにも逆効果になるし。
「カレンダーならそこにあるでしょ! さっきウチがつけてあげたの!」
寝室の壁にカレンダーはあった。
一枚目はたしかに今日の日付だ。12月の9日。仏滅とか友引といった六曜などの記載はなく、代わりなのか『思い立ったが吉日! 今日は大吉!!』と書き添えてあった。占い付き……。
何が大吉なもんか。もう夜だし、コズエを怒らせてしまったし。
「ウチの辛さとかぜんぜん分かってくれないじゃん!」
そんなことないよ、と言いかけてやめた。
止まらない罵倒に、だよなぁ、ごめんなぁ、と相槌をいれていく。
「もう! 一体いつになったら親に紹介してくれるのよ!」
これには黙ってしまった。
前々から「ちゃんと正社員になったら親に紹介させてくれ」とおれから言ってあった。もう付き合って四年になる。実家の両親には「忙しくてなかなかね」と言ってあった。両親が築いてくれたようにあたたかい家庭を作りたい。2人に、こんな素敵な人がおれの彼女だと紹介したい。孫の顔も見せてやりたい。この気持ちは決しておれだけのものではない。コズエもそうだった。
コズエはあまり幸せな生い立ちとは言えない。付き合い始めて間もない頃、怒りもせず静かにナミダを流して、「あたたかい家庭に憧れている」と話してくれたことがあった。おれの家族の仲が良好だと聞いて、「仲間に入れてよ」と言った。
2人で幸せになりたいと思っている。
あとはおれがしっかり仕事できればいいだけの話だ。
何も言えずに黙っていると、コズエはおれを一度叩いた。
「なんかさっきから気分悪いからもう寝る!」
そうして下着姿、濡れた髪のまま布団に潜ってしまった。
「コズエ、わるかったよ。そんな格好で寝たら風邪ひくぞ。頭も乾かそうよ」
静かになった部屋。おれはベッドサイドにしゃがんで、ぽつぽつと、ゆっくり語りかけるように、いろいろ声をかけた。
しばらくすると、もぞっと頭だけが出てきた。おれはドライヤーを持ってきて、温風を髪にあてる。コズエは時折り頭をずらして、おれが風を当てやすいようにした。
笑い合ってる時はこの上なく幸せなのにな。
壁にかけられたカレンダーに目をやる。
思い立ったが吉日ねぇ。
時計を見るととっくに0時をまわっていた。コズエの髪もあらかた乾いた。ドライヤーを止めコードを束ねる。カレンダーの前まで行く。
たしか、最初にめくった人が前世を思い出していくんだよな。明朝コズエにめくられる前に一枚目をめくらなきゃ。
おれは9日をめくり、破いた。
突如としてカラダが熱を帯びた。あつい、アツイ、暑い。炎天下にいる。喉がカラカラだ。上の方からいろんな人の声がきこえる。やめろ、戻ってこい、考え直せ…………切羽詰まった声だ。目の前に何か落ちた。蝉だ。線路の枕木の間に仰向けになって、何かにしがみつこうと脚をバタつかせている。警笛がきこえた。前方、電車が、こちらに、向かって————。
知らないうちに尻もちをついていた。まだあの熱気や喧騒が皮膚や耳に残っている。
今のは……なんだ? もしかしてこれが前世の記憶?
真夏の熱がひき、肌に冬の冷気が触れておれは身震いした。いや、寒いから震えたんじゃない。
サイアクだ!
まさか前世で、自殺してたなんて!
心臓が早鐘を打っている。明日からどうなるんだ? ひょっとするとあの後、電車にぶつかるのか? そしてバラバラになるのか? 痛いだろうな、こわいだろうな、なんでこんなハズレを引いちゃうんだ。
前世ガチャ失敗ってやつか。
とんだ代物受け取ってしまった。自殺の追体験なんてして、仕事にどう役立てろっていうだよ。
しかしこれがなかなかどうして、おれの毎日を変えてしまった。
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