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 ミューリエはまさに熊にトドメを刺そうとしている。剣の切っ先は確実に熊の心臓を捉えていて、おそらくこの状態から仕留め損ねるということはないだろう。


 一方、熊は反撃することも逃げることも出来そうにない。もはや死を待つのみだ。



 …………。



 ――本当にこのまま熊の命を奪っても良いのか?


 いや、やっぱりそんなのダメだっ! 無闇に命を奪うようなことはしたくない。


「ま、待ってよ、ミューリエ!」


 僕はそう叫びながらミューリエに駆け寄った。そして剣を握る彼女の右手を掴み、首を小さく左右に振る。


「もうそれくらいでいいでしょ? 熊はもう抵抗できない状態なんだから。命まで取る必要はないよ……」


 直後、ミューリエは小さく息をついて、ゆっくりと剣を降ろした。ただ、その表情はどことなく不満げで、何か言いたそうに僕を見つめている。


 この雰囲気だと、今は一時的にトドメを刺すのをやめただけという感じ――。


 いずれにしても時間が稼げたのは確かだ。ほんのちょっぴりだけ熊の命を長らえさせることが出来た。次こそはミューリエを納得させうる言葉なり行動なりを考えないと。


「ちょっと、あんたバカなのっ? こんな凶暴なのをこのまま見逃したら危ないわよ! いつか再び人間を襲うかもしれないのよっ? その被害者があんたの家族とか大切な人だったら、悔やんでも悔やみきれないわよっ? それでもいいのっ?」


 女の子は強い口調でそう言って、僕を睨み付けていた。


 確かに彼女の言い分も理解できないわけじゃない。むしろ正論だと思う。その可能性は否定できない。僕の村でも熊に襲われて、命を落とした人がいるから。


 その時は村の大人たちが総出でその熊を追い詰めて駆除した。村長様の話だと、人間の肉の味を覚えた熊はまた人間を襲ってくるかららしい。本当かどうかは知らないけど。


 でも……だからといって人間の都合で熊の命を奪っていいものなのか……。


 熊を助けようとしている僕の選択は間違っているのだろうか?



 …………。



 悲しいことだけど、やっぱり熊にトドメを刺そう。彼には運が悪かったと思ってもらうしかない。


 こうして出会うことがなければ、お互いに幸せだったのにな……。


 涙を堪えつつ、僕は握っているミューリエの手を離す。


「ミューリエ、ゴメンね。邪魔しちゃって」


「……気にするな。では、熊にトドメを刺しても良いのだな?」


「うん……」


 僕は頷くと、ゆっくりミューリエから離れた。



 →36へ

https://kakuyomu.jp/works/16816927859763772966/episodes/16816927859765891912

 

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