第90話 さくらちゃんと洗濯機


 諫早さくらは魔女や魔法使いの更生施設である『明るい家』の施設長、小松島晴海に連行されていくところだった。

 うつむきながら施設のバンに乗せられていくさくらの姿を、少し離れたところで怪異退治組合やつか支部の狩人たちが見守っている。

 さくらの連行を見守っているのはやつか支部の若きエース二人組、さくらちゃんちから一番自宅が近い宿毛湊と、一昨日、さくらちゃんと相模くんの三人でボックス買いした闘技王カードの開封式を行ったばかりの的矢樹であった。

 さくらが珍しく反省したようすで、涙まで流しているのをみて、的矢樹は眉をひそめた。


「先輩……いくらさくらさんでも、少しかわいそうですよ。僕らのほうで何か便宜をはかったりとかできなかったんですか?」

「それは無理な相談だ。『明るい家』は組合とは別の公的な組織だし、それに……今回さくらのしたことは、とてもではないがかばえるものじゃない」


 宿毛湊はもともと眉間に刻まれていた皺をさらに深くする。

 こと宿毛湊の言うことならなんでも、白いものも黒と言い切る性格の的矢樹ではあるが、今度ばかりは何か言いたげである。


「でも……」


 そう言いつのった言葉の端を、厳しい叱責が切り捨てていく。


「よせ。公私混同はするな」


 それほどまでに、さくらが犯した罪は重かった。

 彼女は魔法を使い――自分の家の洗濯ものを、よそのおうちの洗濯槽に投げ込んだのだ。

 何を言っているかわからないと思うが、起きたことは事実である。

 彼女は二週間ほど前、洗濯ものをしようと思い、汚れた衣服を洗濯機にかけた。

 洗剤を入れて、スイッチを入れた。

 それから40分ほどして、洗濯機が洗いあがりの短い音楽を鳴らした。

 後は干せばいいだけなのだが、さくらはここで思った。


「めんどっちいな」と――――。


 さくらは元々、洗濯があまり得意ではない。

 とくに濡れた洗濯ものをひとつずつ、洗濯ピンチに吊るしていくあの過程が苦手なのだ。濡れた洗濯ものは冷たいし、重たい。したばかりのネイルが知らず知らずのうちにはげていることだってある。洗濯物が洗濯機の内部で絡みついているところを想像するだけでゾッとするのだ。


 あと、10分したら、もう少しテレビを見たら、買い物に行ったあとで……。


 そんなふうに後回しにしているうちに、彼女は洗濯物のことをすっかり忘れていた。そして思い出したのは、一週間もしてからだった。

 そのことに気がついたさくらちゃんはパニックに陥った。

 真夏の盛りではないとはいえ、七日もの間、濡れた洗濯物を洗濯機の中に放置してしまったのである。

 おそらく、洗濯機の内部は湿気とかびで大変な騒ぎになっている。

 蓋を開けたとたん、あのむわっとした嫌なにおいに襲われるに違いない。

 こうなるともう、どうしたらいいのかわからなかった。

 いつものように面倒くさいことを、近くに住んでる宿毛湊に押し付けるわけにもいかない。

 なにしろ、濡れた洗濯物のなかには下着もあるのだ。

 こうしてさくらちゃんは、混乱のうちに『洗濯機の中身をほかの家に転移させ呪文』を開発して、濡れて嫌なにおいを放った洗濯物を、見知らぬ誰かの家の空の洗濯機に送り込んでしまったのである。

 当然のことながら、送り込まれた側は突然のことに混乱し、通報した。

 そしてさくらちゃんが捕まったというわけである。

 警察ではなく明るい家送りになったのは不幸中の幸いであろう。


「そんなの捨てちゃえばよかったのに……」

「こら。みんながみんなお前みたいな考えでは生きてないんだぞ」


 小さくつぶやいた的矢樹をたしなめる宿毛湊。

 彼は明る家から帰ってきたら、さくらに百均の洗濯ボールをプレゼントしようと決めていた。洗濯ボールは洗濯槽の中に放り込んでおくだけで、洗濯ものが絡まなくなるすぐれものである。

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