第86話 ホリシン危機一髪! ダーク・ヨーカイ団の暗躍(下)


「この度はありがとうございました! またのご利用をお待ちしております!」


 はあちゃんは、ワゴン車のほうの人の気配に笑顔をみせた。商品を配り、現金払いだったので代金を回収して、そして自転車を押しながら倉庫を出て行き、公道に出ると愛車にまたがって風のように去っていく。

 あいかわらずめちゃくちゃに速かった。


「むーっ!!!! むうぅーっ!!!!」


 どんなに暴れても、声は届かない。

 無理もない。彼は自転車がめちゃくちゃ速いだけの一般人なのだ。まさかこの倉庫に、ダークヨーカイザーのグレードアップをたくらみ、ホリシンを誘拐・拉致している犯罪者集団が巣くっているとは思いもしないのだろう。


 それから三日経ったが、ホリシンを助けようという者はいっさい現れなかった。


 バイト先は無断欠勤ということになるだろうが、まだ勤務しはじめて日が浅いので、ただのバックレだと思われていることだろう。実家の家族からは、迷惑系動画配信者として有名になったあたりで絶縁を言い渡されている。

 大学を卒業してから友人たちとも縁遠かった。それに、もともと人づきあいは得意ではない。配信動画の外では内向的な性格なのである。

 倉庫の片隅で、ホリシンはひとり自分の過去——卒業論文という名の――と向きあっていた。


「…………なぜこんなことに…………」


 背後を振り返ると、ラスカル水野の部下たちが倉庫の扉の前にたむろしている。

 集中したいからと言い訳をして、荷物で衝立をしているが、彼らに気がつかれずに逃げ出すのは難しいだろう。

 渡された論文のすすけた表紙をひらくと、魔法工学に打ち込んだ若い頃の記憶がよみがえってくる。


「ううっ。だれか、たすけてくれ…………!」


 拉致監禁らちかんきんされているというストレスもさることながら、ホリシンを苦しめているのは主に彼の過去、卒業論文のほうだった。

 経験者ならわかってもらえるだろうが、卒業論文というのは大学生活四年間の集大成などという生易しいものではない。たった二十歳そこそこの若者がたった四年間の準備期間を経て『卒業』を人質に無理やり書かされるおよそ初めての大長編なのである。

 ホリシンは論文を二、三ページめくって、頭を抱えて机に突っ伏した。


「研究内容がどうとかいうよりも、まずは日本語がおかしい……! てにをはが狂ってる……!」


 幸いにして彼の出身大学は日本語と英語のどちらかを選べばよいというものだったので、中学英語の惨憺さんたんたる羅列られつを目にすることはなかったが、このありさまである。

 しかもホリシンの場合、大学生活にも少々問題があり、周囲とのコミュニケーション能力も低かったため、研究は遅れに遅れ、研究室の先輩たちから付きっ切りの指導をうけ、なんとか提出日に間に合わせたのである。

 当時はまだ存命であった大村先輩など、もしも提出日に間に合わなかったときのために偽の論文をしたためていたくらいである。(査読の前に本文だけを抜き取り、ホリシンが書いたものとすり替える計画だった。)

 内容も稚拙そのもので、恥ずかしさで記憶が飛んでいて、ひとつも覚えていない。それを一ページずつ読み解いて、一般人向けに説明を入れていくのは、それはまさしく解読といって差しつかえない作業であった。


「黒歴史がよみがえってつらい……!」


 文字列を見つめていると、激しい頭痛がして、冗談でなく文字がゆがんで見える。

 とてもではないが自分が幼稚であった過去とは向き合えそうにない。

 しかし、こうしている合間にもラスカル水野がもうけたタイムリミットは刻々こくこくとせまっているのである。

 ホリシンはいろいろなものを恨んだ。

 魔術連盟や怪異退治組合など、ホリシンが何かしでかしたときは一秒とたたずに嗅ぎつけてくるのに、いざ自分のピンチとなると誰も心配すらしやしないではないか。

 しかし世の中の理不尽というものをうらんでいても仕方がない。

 ヨーカイザーの偽造などというバカバカしい犯罪内容ではあるが、誘拐なんぞという大それた計画を実行にうつした以上、彼らは本気だ。

 卒業論文の解読ができなければ、どうなるかわからない。


(自分も後天的魔法使いの端くれだ。ここは、ひとりでなんとかするしかない!)


 しかしそうはいっても攻撃的な魔法とはこれまで縁がなかったホリシンである。

 彼はおそるおそる周囲に視線をめぐらせた。

 何か武器になるようなものはないだろうか。

 衝立がわりに積み上げられたダンボールのひとつを引き寄せると、ごっそりと積まれたがらくたの中から、何かがすべり落ちて来た。

 がしゃん、と大きく音を立てる。

 見張りがその音に反応するのが衝立ごしにわかる。


「あっ、やばい、筆箱落っことしちったー!」


 わざとらしく声をあげると、チッと舌打ちするのが聞こえてきた。


「気をつけやがれ!」

「す、スミマセン……」


 ホリシンは謝りながら、落としたものを拾い上げた。


「あれ……?」


 それは白いプラスチックの銃であった。


「これは……もしかして噂のヨーカイザーか?」


 子供用のオモチャとして売られているものかと思ったが、何やら様子がちがう。家庭用の3Dプリンターで成型されたような、荒々しいつくりだ。

 たぶん、これがダーク・ヨーカイ団が手に入れたオリジナルのヨーカイザーだ。

 全体的に丸みを帯びた形状をしており、普通の銃ならバレルと呼ばれる部分に、楕円形の何かをはめこむパーツがついている。

 おそらくここに妖怪コバンとやらをはめこむのだろう。


「妖怪コバンがあれば、妖怪を召喚してあいつらをやっつけられるのに……」


 そう呟いて、自嘲気味に笑う。


「いや、これが本物だとしても、俺とフレンズになってくれる妖怪なんていないか……」


 魔法工学を広めるためとはいえ、ホリシンがやっていたことはダーク・ヨーカイ団と似たようなことだ。他人に迷惑をかけ、それを面白がって動画にして、小金にかえるなんてとても褒められた仕事とはいえない。

 しかし……。

 ホリシンは拳を握りしめ、歯を食いしばった。


「だけど、自分の研究を……魔法工学を、誰かを傷つけるような犯罪に使われるなんて嫌だ…………!」


 それが苦い過去であれなんであれ、一時は本気で打ち込んだ魔法工学という学問を、彼は本気で愛していたのである。

 そのとき、奇跡が起きた。

 握り締めた拳の中に何かがある。

 ゆっくりと手のひらを開くと、そこに金色に光るコバンが輝いていた。





 ラスカル水野の部下たちは完全に油断していた。

 倉庫の入口に陣取って、ゲームをしたり、ムーバーイーツで注文した食べ物を食べたり、思い思いに過ごしている。資金はダークヨーカイザーの密売でたんまりとある。彼らは元々人気のゲーム機の転売などで稼いでいた輩だが、ラスカル水野に誘われて団に入った者たちであった。


「いかにもオタクなヒョロメガネをひとり見張ってればいいなんて楽な仕事だぜ!」

「あーあ、解読なんて終わらなければずっとここにいられるのにな~」

「ぶっちゃけヨーカイザー持って小学生と戦うほうがシンドイわ……」

「あいつらマジつええもんな。青龍とか出してくるもん」


 そこに、ラスカル水野が帰ってきた。


「おまえたち、見張りはちゃんとやっているだろうな!」


 男たちは慌てて立ち上がり、敬礼のポーズをとる。


「はい、姐さん!」

「くくく、あれから三日もたったのだ。解読はずいぶん進んでいるだろうな……」


 ラスカル水野は部下を連れて、ホリシンの元に向かう。

 しかし、研究スペースとして与えた倉庫の隅に、ホリシンの姿はない。ただ弁当や飲み物の殻が置かれただけで、古文書の姿も消えている。


「な、なにっ! 堀江博士はどこだ……!?」


 男たちは色めきたった。

 そのとき、ダーク・ヨーカイ団の背後から、落ち着いた声が聞こえてきた。


「妖怪バトラーどうしに言葉はいらない……」


 ラスカル水野とその部下たちが背後を振り返ると、そこには三日分の無精ひげをやしたホリシンが立っていた。

 怠惰な生活でうっすら脂肪をまとった体だが、倉庫の扉の隙間から差し込む光でやけにかっこよく見える。


「なぜならアツアツの妖怪バトルで理解ワカりあえるからだ。さあ、始めようぜ、妖怪バトル!」


 ホリシンは覚悟の決まった瞳でラスカル水野を睨み、ヨーカイザーを構えてみせた。


「どこからそれを!? しかし……フッ、甘いな。ヨーカイザーは妖怪フレンズがいなければ、もっと言うと絆を築いたフレンズから託されたコバンがなければ使えないんだぞ! やつか町在住の、いかにもボッチなお前にフレンズなどいないだろう!」

「それはどうかな!?」


 ホリシンは輝く金色のコバンを振りかざす。


「確かに俺はボッチだが、それは一人きりで打ち込んだものがあるからだ! どんな人間にも! 真剣に生きてるヤツには絆が生まれるんだ!」


 ホリシンはヨーカイザーに一縷の望みを託し、コバンをセットした。


「ヨーカイザーにコバンをセット!! 俺のフレンズは……! 俺と、魔法工学と、大村先輩たちとの絆が結んだフレンズ!!」


 意を決して引き金を引く。

 射出されたコバンは金色の光を放ち、ホリシンの隣にフレンズの姿を顕現けんげんさせる。

 それは宙に浮かび、闇を切り裂く白い立方体だった。その前面に取り付けられたサーチライトがまぶしく倉庫の内部を輝かせる。


!! 君に決めたッ!」


 ラスカル水野は恐怖に慄き、叫んだ。


「なんだとおおおおっ!? なんだそのフレンズはっ!」


 ホリシンはロケットマンションに乗り込み、操縦かんを握りながら叫ぶ。


「レッツゴー、妖怪バトル! スリーツーワン、よーーーーかいっ!!」


 その瞬間、ロケットブースターが火を噴いた。


 ゴオオオオッ!!

 オオオオオオオオオン!!


 ラスカル水野たちの絶叫を引き裂いて、やつか最速を競ったロケット・マンションがスタートを切る。

 倉庫の壁と天井を粉砕し、それでも止まることなくやつか町の空を駆け上がっていく。

 ロケット・マンションはホリシンを乗せて、疾走する。

 彼の愛は、そして彼らが愛した魔法工学は、もう誰にも止められないのだ。





十倍詠唱・二重奏ディカプルカウント・デュオ! スロウ!!」



 その後、疾走するロケットマンションは北やつかの悪魔に捕まった。


 怪異退治組合やつか支部の狭い取調室(小会議室)に押し込まれ、七尾支部長を筆頭とする顔が怖い狩人のおじさん(宿毛湊も含まれる)に取り囲まれたホリシンは、泣きながら自分がラスカル水野という悪者に拉致されたこと、監禁されて研究を強要されたことなどを話した。内容があまりにも子どもむけホビーアニメのシナリオすぎて信じてもらえないんじゃないかと思ったが、西古見博士という名前やヨーカイザーという単語を口にした瞬間、あっさりと解放されたという。


 金色の妖怪コバンはさすがに恐ろしくなって怪異退治組合に預けたのだが、帰ったら机の上にあった。


 フレンズとの縁はそう簡単に切れないもののようである。

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