第85話 ホリシン危機一髪! ダーク・ヨーカイ団の暗躍(上)
あまり知られていないことだが、最近ホリシンはやつか町のコンビニエンスストアでアルバイトをしている。
いい歳して定職もないとは情けないと本人も思っているのだが、最近、派手な動画を上げ過ぎ、大騒動を起こした彼はすっかり全日本魔術連盟と警察と怪異退治組合に
なので最近の動画配信は当たりさわりのない地味な企画しか上げれていない。
魔法工学の解説動画とか、人畜無害なゲーム配信だとか、その手のものだ。
もちろんそんな企画で強い刺激に慣れきってしまった視聴者が喜ぶはずもなく、再生数は落ち込み続けている。
「おつかれ…………っす」
ちいさな声であいさつをして、職場を後にする。
ホリシンはその日もバイトを終え、帰宅するところだった。
いちおう黒いニット帽とマスクで顔を隠しながらの帰宅である。中途半端に有名になってしまったせいで、いつどこで自分のチャンネルの視聴者と出くわさないとも限らない。
「いったいどうして、自分がこんな目に
住宅街の真ん中で、缶チューハイのプルタブをプシュっとやる。
帰り道をとぼとぼと歩いていたそのとき、いきなり背後から発進してきた黒いワゴン車が横付けになった。
スライドドアが開き、乗っていた人物と目があう。あう、といっても、黒い覆面に空いたふたつの穴から彼をジロリと睨む不気味な目である。
「そこのオマエ、
「ええっ――!?」
なにかを問いかける間もなく、ホリシンの頭に紙袋のようなものがかぶせられた。
そして、ホリシンの体は力ずくで後部座席へと引きずりこまれていった。
*
それからどこをどう走ったか、ホリシンは見知らぬ倉庫の中でワゴン車から降ろされた。その頃には、それが世にいう誘拐であることは理解できていた。
「たっ、たすけてください! 命だけは!」
薄暗い倉庫の地べたに座らされ、紙袋を外されたホリシンは半泣きで命乞いの言葉を口にする。
ホリシンをさらった覆面の男たちは無言でそれを見下ろしている。
意外と大掛かりでワゴンの中に五人ほど、倉庫内部にも十数人が待機していた。
腕力にも自信がないのに、数の力が加わるとなるととても敵いそうにない。
倉庫内部に待機していた者のひとりが前に進み出る。
他の黒服よりも細身で、タイトなスーツを着ており、顔を覆う覆面も目もとを覆う仮面タイプのものだ。
「よく来てくれたね、堀江
「は、はひっ、なんでもします、なんでもしますから!」
「ふふっ、いい心がけだね……。さっそくだが、貴様に頼みたいことがある」
「えっ……女性? っていうか、堀江博士って……?」
ホリシンは声の高さや、自分の名前の呼び方を意外に思って顔を上げる。女は高らかに名乗りを上げた。
「アタイの名前はダーク・ヨーカイ団四天王、ラスカル水野だ! 堀江博士、貴様にはここでダーク・ヨーカイザーのグレードアップに必要な古文書を解読してもらう!」
「ダ、ダーク……ヨー……な、何って? 古文書?」
「ヨーカイザーなら貴様も知っているだろう」
知らない、と言いたいところではあったが、命がかかっている。
ホリシンがここ数カ月の記憶を精査したところ、寝る前にダラダラとスマホで見ていたホビー記事のことを思いだした。
「えーっと、ヨーカイザーっていうと、子供向けの
後ろで見守っていった男たちのひとりが出てきて、ラスカル水野に耳打ちする。
「
「なるほど、全国版のことしか知らないのか。ちょっと意見のすり合わせが必要らしいな」
ラスカル水野はなんにも知らないやつか町住民であるホリシンのために、ヨーカイザーの説明を懇切丁寧にし始めた。
十五分後、ラスカル水野の認識にフルコミットしたホリシンは驚愕の表情を浮かべ、叫んだ。
「な……なんだって! ヨーカイザーは元来ただの玩具ではなく、西古見博士が開発した妖怪と人間の
そうなのだ。最近流行りのヨーカイザーは単なるオモチャではない。
もちろん世間で知られているのは大手ホビーメーカーが売り出したなんの害もない玩具だ。が、もともと、ヨーカイザーにはひとりの少年を妖怪バトラーという名の妖怪使いへと変貌させ、やつか町に雷を降らせたほどの、使いようによっては危険な力が秘められていたのだ。
「我々はヨーカイザーを独占する西古見博士に対抗し、より
要するにダーク・ヨーカイ団は違法改造したヨーカイザーを密売する悪い組織である。彼らが販売するダークヨーカイザーは普通のヨーカイザーとはちがい、一度に四枚もの妖怪コバンを射出することができ、強力だ。
「だが西古見博士もバカではない。妖怪たちに電子の力を与えるデジフォームと過去の姿に戻すエドフォーム、二つのフォームチェンジを開発し、我々ダーク・ヨーカイ団を追い詰めようとしている!」
「どんだけ説明を聞いても子ども向けホビーアニメのシナリオすぎて頭がおかしくなりそうだ……!」
「やつらの新しい力に対抗するためには、貴様の力が必要だ! さあ、この古文書を解読しろ!」
そう言ってラスカル水野はホリシンの足元に古めかしい書物を叩きつけた。
「古文書っていったって、ボクは魔法工学の専門家であって考古学者じゃありませんよ! …………はっ! これは!?」
ホリシンは震える手つきで書物を取り上げた。
黒い厚紙で表紙をつけ、紐で綴じただけの簡素な装丁。添えられたタイトルには、はっきりと『堀江進二』の名前が書かれている。ついでに、彼の出身大学や研究室の名前、学籍番号も書いてあった。
「こっ、これは……! 古文書じゃなくて、ボクの学生時代の卒業論文じゃないか!!」
「魔法工学は既にあちこちの大学や研究機関で研究施設の解体縮小がはじまっていて、ずいぶん前から白い目でみられている。科学界のどこを探しても
「そういう意味の古文書かよ! くそ~っ、他人の研究成果をなんだと思ってるんだ!」
「
「やめろー! なけなしの自尊心が傷つく!」
そのとき倉庫の外に人の気配が現れた。
「こんばんはー! ムーバーイーツでーす!」
「助かった、人だ! だれかー!」
男たちは大慌てでホリシンをつかまえ、再びワゴン車に押し込む。
倉庫の扉が開く気配がして、ムーバーイーツのカバンを背負った五十がらみの男性が、自転車を押して入ってきた。一分の隙もなく
(は……はぁちゃんだ……! まさか助けに来てくれたのか!?)
かつてのライバルの登場をスモークガラスごしに見ていたホリシンは、何とか気がついてもらおうと声をあげる。
「むー! むーっ! むむむーっ!」
「静かにしろ!」
男たちに口をふさがれ、思うように声が出ない。
そのとき、はあちゃんがワゴン車のほうを振り向いた。
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