第84話 賢者ワオキツネザル
天狗山ふれあいアニマルパークに話題のワオキツネザルがいる。
ワオキツネザルというと、体長は40センチほど。黄色い目と長いシマシマの尻尾が特徴的なキツネザル科のサルである。目の周りとお口の周りが黒くて、寒いときに自分の尻尾を抱いている姿はとてもかわいらしい。
このワオキツネザルに特徴的な行動は、なんといっても日光浴であろう。
彼らは朝になると、太陽に向けて白いおなかを向けて、陽の光をたっぷりと浴びるのだ。両手をゆるくにぎり、腕を広げ、まだ眠たげな瞳を太陽に向けるその様は何か哲学的な命題に挑んでいる偉大な哲人のようだ。かなり渋い。
天狗山のモミジがすっかりと色づいた頃、ふれあいアニマルパークに住むワオキツネザルのコンノスケ(通称コンちゃん)が日光浴の際に『予言』をするとして、SNSを賑わせた。
どこからわいたかもわからない噂で、なんにも知らない飼育スタッフたちは、普段は静かな動物園に開園直後からちらほらと客が並ぶようになってそのことを知った。
そして、大慌てで怪異退治組合やつか支部に通報したのである。
連絡を受けて、組合は狩人を派遣した。朝一番に動物園をおとずれた
コンちゃんはヒーターの前におなかを向け、黒々とした吻をモゴモゴさせながら言った。
「モンピースのしゅじんこう……モフィのちちおやは……」
噂の未来予知であろうか。
朝日を背にして両腕を広げるコンちゃんは神々しくすらある。
まさに森の賢者といった風格だ。
飼育員さんがごくりと喉を鳴らし、言葉の続きを待った。
「ドラモン……!」
眼鏡をかけたまだ若い飼育員は、微動だにしないでコンちゃんを見守っている宿毛湊に驚愕の表情を向けた。
「き……聞こえましたか、宿毛さん! モンピースってご存知ですよね、少年ジャンピングの人気まんがですよ」
「はい、あらすじだけですが」
「前々からモフィの父親は誰かとんでもない人物じゃないかって界隈では噂されてて、その有力候補がドラモンなんです! 様々な伏線からも、これは間違いないと言われています」
「落ち着いてください」
「ああ、まさかコンちゃんにこんな能力があるなんて! どうしてこれまで気がつかなかったんだろう!」
ワオキツネザルの飼育員はパニックになりかけている。
宿毛湊はとにかく落ち着くようにうながした。
もしもコンちゃんがなんらかの原因で怪異としての特殊能力を身に着けたのだとしたら、ふれあいパークでは暮らせない。といっても、パークには隣接する怪異動物保護センターがあるので、そこに移動する予定だ。
宿毛湊のここでの仕事はコンちゃんが怪異かどうかを判定することだ。
「しいくいんさん、げんきだしなよ」
コンちゃんも心配そうに声をかけている。
「ありがとうコンちゃん。そうだね、俺がしっかりしないとね。どうですか、宿毛さん! コンちゃんは、動物園の暮らしでは知りようのない少年漫画のあらすじや、今後の展開まで予測したんです。これは絶対に未来を予知してるとしか思えません! コンちゃんは怪異なんですよね!?」
宿毛湊は飼育員の目を真正面からじっと見つめて、言った。
「未来予知かどうかという以前に……」
「以前に……?」
「普通に会話をしているので、怪異ですね」
飼育員ははっとした表情を浮かべ、担当の飼育動物と向き合った。
「あーっ! ほんとうだ! なんで気がつかなかったんだろう!?」
飼育員の話では、コンちゃんには仕事の合間によく話し掛けていたそうだ。
返事があったらこう言うだろうなあなどと想像しながら会話をしているうちに、コンちゃんはいつからか本当にしゃべっていたわけだが、テンパりやすい性格が災いして自分の妄想の一環だと思い込んでいたらしい。
コンちゃんはその日のうちに怪異動物保護センターに移動になった。
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