・天狗退治お疲れ様会



 天狗の一件がハードだったこともあり、お疲れ様会が開催された。

 開催場所はすっかり宅飲みの定番会場と化している宿毛湊宅である。

 事故物件とはいえ一軒家なので多少騒いでも迷惑がかからず、コンビニも近い。

 会場に集まったのは事務員の相模くんと狩人の的矢樹、諫早さくらという定番のメンバーに――。


「宿毛くんひどいよっ、いくらお仕事でも女の子のすっぴんを晒すなんて!」


 なぜか宮川五依里みやがわいよりがいた。


「昔っからそう! デリカシーってものがないんだから!」


 熱をこめて訴える五依里に、宿毛湊はショックを受けた顔をしている。

 五依里が激しく糾弾しているのは、諫早さくらを救出したときに使った三枚のお札の件である。

 高校時代、鼻血を出した写真が全国ネットの夕方のニュースで放送されてしまった過去を持つ宮川五依里は、プライベートを晒されたさくらの気持ちがよくわかるのだろう。

 さくらは熱弁をふるう五依里のうしろに引っ込んで、邪悪な顔でほくそえんでいた。五依里を呼び出したのは何を隠そう、さくらである。高校時代のちょっとした知り合いどうしで、宿毛が五依里に対して強く出れないことを知っているさくらは、こうなることを見越して応援要員を呼び出していたのだ。


「五依里……さんの件を全国ネットにしたのは俺じゃない……。それに、天狗の下っ端を誘惑して贅沢三昧していた非はさくらにあると思う」


 反論の声は限りなく小さかった。

 ほとんど発音できていない。


「何!? じゃあ自分は悪くないっていうの?」


 五依里はますます厳しく眉を吊り上げる。

 どうやら、彼女はさくらのことを保護すべき年下の女の子だと考えているらしかった。


「…………ごめんなさい」

「声がちいさい!」

「すみませんでした」


 屈辱に歪んだ顔で頭を下げるご主人様の周りを、マメタはおろおろしながら駆け回っている。

 その様子を相模くんと的矢樹は遠巻きに眺めていた。

 こういうとき、下手に女性陣に口出しをしようものなら千倍になって返ってくることは目に見えている。


「的矢さん、フォローしないんですか?」

「え~、や~ですよ。怪我しかしないじゃないですか~」

「同じ狩人どうしでしょ、バディなんでしょ」


 すでにビールを二缶空にしている的矢は、やる気の無さそうな顔で相模くんに揺さぶられていた。


「まあ~、でも実際、危ないとこではあったんですよ。狐だの天狗だの、ああいう怪異相手の救出作戦に動員されるのって結構あるんですけど、正直言って俺たちも命懸けですから」

「そうなんですか?」

「組合は、創設以来45名殉職者をだしてますからね。あと救出作戦を決行しても、帰ってこないケースも三割くらいあります」

「えっ。三割って打率でいったら結構なもんですよね。大事おおごとじゃないですか」

「大事ですよ~。仮に自衛隊呼んだとしても、隠れる消えるは怪異アッチの十八番でしょ。ほんとに人間が入り込めないところに連れ込まれたら、手出し無用ですから。しかも今回の件は救助対象も魔女だし、もしかしたら怪異同士のことっていうんで、ほかの支部なら敬遠球投げてたかもしれないですよ~」

「そうなんですか?」

「そうですよ~。やつか町は支部の規模が小さいし、所属狩人の数も少ないし。それにくらべれば事件対応も頑張ってるほうです」


 日頃は怪異事件といっても、やれ家鳴りが出ただの豆狸が迷子になってるだの、平和なやつか町というイメージだが、狩人はあくまでも人間で、人間の常識をこえた超常の存在を相手にしなければならない。消防士や警察官と同じく危険に対処する仕事なのだ。


「ま……助けてくれたわけだしね。恥ずかしい写真をばらまいたことは今回は見逃してあげるわ」


 さくらはあくまでも上から目線である。

 さんざん一方的になぶられていた宿毛湊は、静かな怒りをコトコトじっくり煮詰めた目つきでさくらを睨んだ。


「……嫁にいけないとか言ってたが、いくつもりあるのか」

「……あ、あるわよ!? 失礼ねっ」


 ない。さくらには、何十年も前から他人と一緒に暮らすのは絶対に無理という自覚がある。ただ、そう言ってみたら常識的な相模くんや五依里ちゃんに同情してもらえるかなと思っただけである。


「今度のことはお互い水に流しましょ! お疲れ様でしたー!」


 食卓には寿司桶が出されていた。今回はちらし寿司ではなく、手巻き寿司である。

 スーパーで手巻き寿司セットが半額だったのだ。

 パックに貼られた半額マークを見て、さくらは切ない表情を浮かべる。


「あーあ、産地直送の超美味しい高級魚の盛り合わせを毎日たらふく食べてたこの奥方様が半額のスーパーのお刺身とはねー……」

「嫌なら食うな」

「さくらさん、天狗に意地悪とかされなかったんですか?」


 相模くんに訊ねられ、さくらは「フフン」と笑いしなを作ってみせる。


「低級な怪異なんか、あたしの魅力でイチコロよ」

「天狗道場の天狗は女馴れしてないからな。笑いかけられただけで相手が自分のことを好きだと勘違いする」

「何よ、いちおうは女って認められてるってことでしょ!」


 さくらが怒鳴ると、それを聞いていた面々は苦笑を浮かべる。

 相模くんも、さくらの図太い性格を薄々察してきた頃あいである。


「十代の頃……とくにバスケ部とか柔道部員とかって、そんな感じでしたよね~」


 的矢が何気なく言うと、相模くんは冷たい目になった。


「それは的矢さんが一番言っちゃいけないことですよ」


 外見だけならミステリアスな美少年であった学生時代の的矢樹は、その魅力でありとあらゆる女性を魅了し、同級生たちを『女子はみんな的矢が好き』という絶望に叩き込んだ過去がある。その結果がホーンテッドマンション事件である。

 話はなんとなく、それぞれの十代の頃の話に流れていった。

 同級生に勘違いされたさくら、悪魔と呼ばれていた宿毛湊。鼻血を出した姿が全国放送された五依里に、自衛隊案件を引き起こした的矢樹。

 手作りの手巻き寿司といっしょに惨憺たる過去が並ぶ。


「甘酸っぱくて爽やかな青春って、実は映画とかの中だけの存在なのかもしれないね」


 五依里が苦笑いしながら言う。

 その言葉に、全員がうなずいた。

 相模くんも肯定しながらうなずいていた。

 ちなみに彼には中学生の頃、初めてできた彼女と遊園地デートに行ったとき『お母さんが手作り弁当を持って現れた』という暗黒の歴史があったが、それを話すとなんだか全員の酔いが冷めそうだったので、控えていた。

 

 


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