第53話 妖怪バトル! 3、2、1、よーーーーかいっ!!
「本日、怪異環境改善デーです」
「びらもらってくださーい、マメタのかわいさにめんじてなんまいでもー!」
今日は怪異組合全体で、市民に怪異のことを知ってもらい、人間と怪異の共生について考えてもらう
駆り出された狩人はこうして朝からやつか駅前やななほし町のショッピングモールでビラ配りをしていた。
宿毛湊が手にしている山のように折り重なったビラには、
『カッパに注意! 目撃情報が増えています。ぜったいにスモウを取らないで!』
……と書かれている。
それといっしょに『何かおかしいな? と思ったら』の文言とともに事務所の電話番号が書かれた、
手書きのカッパのイラストが妙に味わい深く、ステッカーのほうは午前中のうちにはけたが、ビラのほうは在庫が段ボールに山積みだ。
ビラを何枚配ったかは実績として本部に報告せねばならず、各支部にノルマがあるらしいのだが、どうみてもやつかの人口を越えている。
「宿毛先輩、いいことを思いつきました。ビラをもらってくれた人、十枚ごとに五秒間僕と握手、五十枚でチェキ撮れるシステムにしましょう」
いっしょにビラ配りに励んでいたイケメン後輩狩人の
「まじめにやれ。こういう地道な活動から相談に繋がることもあるし、第一、アイドル商法じゃないんだから……」
「僕これ東京本部に戻ったらどんな手を使っても絶対やめるよう提言します」
「それは提言とは言わないだろう」
「だって、こんなの真夏日にすることじゃないですよ~」
帽子はかぶっているものの、田舎の駅前のだだっ広い広場にはほとんど日陰がなく、直射日光が容赦なく肌を刺すのだった。タオルで首元を隠すなどはできるが、人前であまりだらしない格好もできない。
スポーツドリンクでこまめに水分補給をしていても的矢の顔は赤くほてっていた。熱中症の初期症状かもしれない。
「しかたないな。休憩に行ってこい」
「すみません、後から代わりますから」
「俺のことは気にするな」
ヘロヘロになった的矢樹がいなくなり、広場にはマメタと宿毛湊が取り残された。
「マメタもしんどくなったら言うんだぞ」
「マメタはだいじょうぶです! びらくばりをがんばります! マメタのみりょくでみんなびらをもらってくれるはずー!」
マメタは宿毛さんの肩の上で元気におへんじをした。
真夏の直射日光は、小さな毛玉にもたいへん厳しいものだ。
それでも宿毛さんがお仕事に出るときは大抵事務所でお留守番で、現場まで連れてきてくれることは滅多になく、ここで信頼を勝ち取らねばならぬと張り切っているのである。
しかし、残念ながら人通りの多い時間が過ぎ、広場には人影がない。
ちょうど駅のホームに電車が入ってくるが、降りて来る人影はまばらである。
この隙に水分補給をしようと改札に背を向け、そろそろショッピングモールあたりに移動するべきか、と計画変更も視野に入れ始めたそのときである。
「フッ……。みなよ、ミホリン! ライゴウ! 思いつきではじめた武者修行の旅、ちょーっとばかし不安だったけど、さっそく出会えるなんて幸先いいぜ!」
そんな声が背中越しにかけられた。
振り返ると、真っ赤なシャツにハーフパンツ、リュックを背負った小学生が立っていた。髪の毛は茶色い。まあ、最近の小学生はそういうのは自由なんだろう。
それよりも宿毛の目を引いたのは、少年のそばで羽を羽ばたかせている、手のひらくらいの大きさの妖精だ。
「バッカじゃないの、まだホントにバトラーかどうかはわかんないじゃない!」
少女は少年の声に呼応するように、鳥のような甲高い声で鳴いた。
「
花魄は木に宿る精霊のようなものである。人間の言葉をしゃべる妖怪ではないが、人への警戒心がなく、かなり少年と親しげにしていた。
「おおっと、いきなりミホリンの正体を見抜くなんてただものじゃないぜ。ミホリンはじいちゃんから受け継いだ俺の最初のフレンズなんだ。なあ、お兄さん! あんたが噂のやつかのマメダヌキ使い……だろ?」
少年は右手に白い銃――といっても、プラスチックで成型された玩具の銃――を構えた。
「マメダヌキ使い……?」
「隠さなくたってわかるぜ。妖怪バトルに必要なもの、それは妖怪フレンズとのアツい絆! マメダヌキがあんたに向ける信頼のまなざし……それはすなわち、あんたがサイッコーの妖怪バトラーだってことだ!」
「妖怪バトラー……?」
「妖怪バトラーどうしに言葉はいらない。アツアツの妖怪バトルで
「……妖怪バトル?」
宿毛湊は眉間に皺をよせて相手の言葉を鸚鵡返しにするばかりだ。
突然、少年向けアニメの世界に放り込まれたんだと言われても納得するくらいの急展開だった。
少年はシャツの裾を翻し、腰に装着したプラスチックのホルダーから、だ円形のコインを二本指で引き抜く。
「ヨーカイザーに妖怪コバンをセット! 俺のフレンズは……ライゴウ、君に決めた!」
「何かわからないが、ちょっと待ってくれ……」
宿毛湊は異常事態を悟って後退しつつ、右手を背中に回して、気がつかれないように空中に三角の記号を切った。
なるべくなら、こんな昼日中に子供相手に魔法を使いたくはないが、妖怪バトルという単語からは嫌な予感しかしない。
しかし警戒する宿毛とは反対に、マメタはなぜかおめめをキラキラさせている。
「なにそれなにそれ、マメタのしらないあにめかなー? よーし、マメタがあいてになるぞー!」
「マメタ、やめろ!」
近所の子どもたちと遊ぶのが大好きなマメタは、ごっこ遊びの一種だと思ったのだろう。肩からぴょーんと飛び降りた。
それを合図に少年は取り出した妖怪コバンをヨーカイザーのスロットにセットした。
「レッツゴー、妖怪バトル!
引き金を引いた瞬間、空が急激に曇り、広場に紫色の稲光が落ちた。
光がやむと、そこには全身に雷電をまとった巨大な獣が突如として現れていた。
体長は二メートルほど。前脚は二本、後ろ脚四本の六つ足で、二股に分かれた長い尾を翻している。
顔つきは狼にそっくりだ。
「これは、まさか、雷獣か……!?」
落雷と共に現れる妖怪と言われ、あまり無害とは呼べない古典妖怪だった。
雷獣は獰猛そうな銀色の牙を見せながら、大きな唸り声を上げる。
マメタはきょとん、とし、その場にパタリと倒れた。
びっくりするとその場で死んだふりをするのは、タヌキと同じである。
そのとき、ちょうどよく休憩から的矢樹が帰ってきた。
「宿毛先輩~、あれはシバいていいやつですか~?」
的矢樹は右手にアイス、左手に錫杖を手にしていた。
*
その後、宿毛湊は必死に妖怪バトラーではないことを主張し、なんとか少年への説得と誤解の解除につとめた。
「へへっ。悪い悪い、まさかお兄さんが、妖怪バトラーじゃなくて妖怪ブリーダーだったとはな!」
「いや、狩人なんだが……」
ホントにわかってるのかどうか怪しいこの少年の名前は
宿毛は賢太を連れていったん事務所に戻ることにした。
七尾支部長に相談したところ、やつか支部だけの手にはあまるということで、急遽インターネットミーティングが開かれることとなった。相模くんが会議室のパソコンを回線につないでくれて、出てきたのは、賢太がやってきた方面の担当支部の支部長であった。
会議画面には、初対面の支部長の絶望した顔が大写しになっている。
「ケンタくん! ヨーカイザーをよそに持ち出しちゃいけないと何度言ったらわかるんだい!」
「へへへ! 悪いな長浜のオジサン!」
賢太くんとは顔見知りらしい
長浜氏はパソコンモニターのむこうで青い顔をして頭を下げている。
「申し訳ありません。妖怪バトルというのは、うちの地区だけで流行している子供の遊びでして……」
「子供の遊び……? それにしては無茶苦茶でしたよ」
「本当にすみません。どうもうちの支部だけでは対応できなくて、本部への報告を上げる直前だったんです!」
事の発端は、西古見賢太の祖父に当たる人物が『ヨーカイザー』と『妖怪コバン』という玩具を開発したことにある。どちらも3Dプリンターを用いて設計されたプラスチックの玩具だが、玩具という枠に納まりきらない機能を秘めていた。
妖怪コバンは、妖怪たちとの『絆』や『縁』をこめることができる不思議なコバンで、これをヨーカイザーにセットして射出すると、絆でつながった妖怪をその場に転移させることができるのだ。
こうして召喚した妖怪どうしでバトルするのが、この地方の流行になっているのだそうだ。
「はじめは賢太くんとそのお友達数人しか持ってなかったんですが、ヨーカイザーがあまりにも人気になったのと、設計図が流出し、最近じゃ類似品を勝手に作り出して子どもに与える大人が増えまして。しかも機能を拡張したヨーカイザーデラックスやダークヨーカイザーとかも出て、インターネットのフリマサイトで販売される例が後を絶ちません。とくにダークは四枚のコバンを同時に射出できる機能がついていて、あやうく自衛隊案件になりかけました」
「いったいどうしたんですか」
「子供たちと妖怪フレンズが一致団結して、ダークヨーカイザーを密売する大人バトラー集団をやっつけたんです……」
「あれはアツい戦いだったぜ!」
賢太くんは「へへっ」と笑って鼻の下をこすっているが、何やらとんでもない話だ。とても現実とは思えない、ホビーアニメの世界である。
それを聞いている七尾支部長も渋い顔つきだ。
「さきほどから聞いておったんですが、もしかすると西古見さんというのは、西古見
「ああ、そうですそうです。ご存知でしたか」
「誰ですか?」
宿毛が訊ねると、七尾支部長は深いため息を吐いた。
「ちょっとした有名人でな。自称陰陽師の末裔だ」
「もしかして、あの雷獣や
「ヨーカイザーのシステム自体がそれを流用したものである可能性があるな」
「厄介ですね」
「うちでもオマモリサマなんかが流行したことはあるが、これは規模が違う」
専門家がつくりだした子供向け玩具に秘められた力はあなどれない。
ヨーカイザーはプラスチックの玩具でも、呼び出された妖怪も、広場で放たれた雷電も本物だった。
長浜氏は、画面ごしに賢太に語りかける。
「今までは、田舎のごっこ遊びだと思って大目に見てたけど。いいかい、賢太君。妖怪バトルはうちの町内で流行しているだけで、ほかの都道府県には妖怪バトラーなんていないんだよ!」
「な…………なんだって!?」
賢太君はビックリした顔だ。
ようやく事態を察知したのか、慌てて隣にいた宿毛湊の顔を見あげる。
宿毛湊は「残念ながら、そうだ。俺もバトラーでもブリーダーでもない」と答えた。
子供の狭い世間では、ご町内で起きたことが世界の全てだと思いがちだ。
賢太君もその例にもれず、狭い世界の遊びにどっぷりはまったあげく、妖怪バトルの武者修行に出かけてしまったのだろう。
「それに、フレンズを戦わせるという発想も、いただけない……。妖怪を戦わせるという意味でも、友達を戦わせるという意味でも。妖怪は縄張りを争うことはあっても、それは生存をかけてのものだ。本来は戦うために存在しているわけではない」
軽く叱られ、賢太君はがっかりしたように肩を落とした。
こうして、妖怪バトラー西古見賢太は、武者修行の旅を終えて地元に帰ることになった。ヨーカイザーがこれ以上、子どもたちに広まって、妖怪バトルが日本中に広がるようなことになれば、今度こそ制御不能になってしまうので、賢明である。
その後、事の
報告内容に目をつけた誰かが面白半分に『ホビーアニメみたいだ』とSNSにアップし、大きなムーブメントとなり、有名玩具会社の商品開発部門が動いて西古見博士と手を組み、ヨーカイザーを販売することになったのだ。
もちろんほんものの妖怪を召喚する機能はついておらず、アニメやゲームとタイアップして、召喚したような気分が味わえるだけのものだ。
この玩具は発売前にもかかわらず、たちまち子どもの目にとまり、予約が殺到しているらしい。
「ホリシンさんの先輩が生きてたら、こっちの方向性だよって教えてあげられたのに……」
的矢樹はそう言って、棚の上に置いたサマーアイランドの模型に向かって手を合わせた。家族と縁遠く供養する者がいないので、まだ事務所に置いてあるのである。
「悔しくて眠れなくなると思いますよ……」
相模くんは苦笑いを浮かべた。
ちなみに、騒ぎがあって配り損ねたカッパ注意のビラはその後、十枚で五秒間のイケメン狩人との握手、五十枚の引き取りでチェキ一枚という宣伝をSNSを通じて行ったところ数時間で全部ハケたのだった。
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