第54話 マメタのお盆(上)



 マメタがホームシックにかかった。

 きっかけは近所の子供たちと遊んでいるうちに知った『お盆』だった。


 お盆をすると、亡くなった人に会える。


 ざっくりすぎる解説を聞いたマメタは、これを『亡くなったおばあちゃんに会える』と解釈した。おばあちゃんというのは、マメタが宿毛さんちに来る前にお世話になっていたおはぎ屋笠利の笠利綾子かさりあやこさんのことである。

 いくら怪異多しやつか町といえど、お盆に亡くなった人がテクテク歩いて帰ってくるわけじゃない。帰ってきているかもしれないが、大抵の人には見えないし感じ取れない現象なのだ。

 しかし豆狸であるマメタはそんな人間側の事情を斟酌しんしゃくしてはくれない。すっかり、おばあちゃんに会ってお話ししたりできるものと思い込んでいるのだ。


「マメタ、お盆をやったからといって、おばあさんにもう一度会えるわけじゃないんだ」

「やだやだ! おばあちゃんに会いたい! マメタもおぼんをします!」


 おめめをウルウルにして短い手足をバタバタさせて暴れる、幼子のようなマメタをどうすることもできず、飼い主ぱーとなーである宿毛湊すくもみなとは怪異退治組合やつか支部に現れた。

 七尾ななお支部長のおひざでマメタはかなしい茶色の毛玉のかたまりになって、しくしくしくしく泣いている。相模くんがちゅーるをあげても、今日はひとペロもしない。

 そのあいだに大人ふたりは、相談室にこもって難しい顔を突き合わせていた。


「えー…………。本日ご相談をお受けします、やつか支部所属狩人の的矢樹まとやいつきと申します」

「お手数おかけいたします。この度は大変お世話になります」


 宿毛湊と的矢樹はお互いぺこりと頭を下げた。

 次に顔を上げたとき、的矢樹はマメタに負けず劣らず泣きそうな顔つきになっていた。


「え~……やめましょうよ、これ。やりにくいことこの上ないですよ……」


 宿毛湊はというと、いつもの、感情があまり読めない無表情である。

 眉ひとつ動かさずに泣きそうになってる後輩を眺める様は、何かしらの競技やコンクールの審査員を思わせた。


「七尾支部長が諸般の事情をかんがみ、正式な相談対応にしろとのことだ。やつかで見える系の対応ができるのはお前しかいない」

「えええ~っ。僕が免許取得してからずっと宿毛先輩は先輩だったじゃないですか」

「今日は、俺は単なるいち相談者で、お前が担当狩人だ。よろしく頼む」

「先輩の頼みを断れない僕だと知っててずるい~」

「頼む」


 そういうことである。

 的矢樹と宿毛湊の付き合いはけっこう長い。とくに的矢は狩人人生のほとんど全部を宿毛湊の指導下で行ってきた……といっても過言ではない。そういう先輩の監視下で、仕事の全部を見られるというのは居心地が悪いどころの騒ぎではない。

 抜き打ちテストのようなものだ。

 あまりにも視線が怖いので、的矢は卓上カレンダーに手を伸ばしてさえぎった。


「えと、ご相談はマメタくんのことですよね。綾子さんが亡くなったのが……四十九日が終わってこれが初盆か……」

「この三日ほどあの状態でな。飯も食わないんでちょっと参ってるんだ」

「本人……本タヌキの気のすむようにやってあげればいいんじゃないですか」

「しかし、綾子さんにはご家族もいるしな。むこうは親族も集めてやるだろうし、こっちには位牌も仏壇もないわけで、勝手にやっていいものかどうか」

「先輩のことですから、もしかして、笠利さんのご遺族に連絡取りました?」

「取った。ずいぶん前のことだが線香の一本でもと思って……」

「どうでした?」

「豆狸を連れていってもいいかどうか訊ねたら、気味悪がられて、そのあとやんわり断られた」


 ふたりはため息を吐いた。

 怪異多しやつか町といえど、だれもかれもが怪異に親切で優しいわけじゃない。

 危険な怪異も数多くあり、その対応には温度差、個人差というものがある。


「…………ま、それでも僕の結論はかわりませんね。人間以外にとっちゃ、すべての宗教行事は気休めみたいなもんでしょう。大事なのは気持ちってことで、簡単にですけど、お迎えの準備をしてあげましょうよ。来るかどうかは綾子さんが決めればいいことです。出るも八卦出ないも八卦ってことで」

「……どうにかして、直接、会わせることはできないか?」

「えっ」


 緊張のせいでカレンダーをむやみやたらにめくっていた手がぴたりと止まる。


「直接っていうことは、それってつまり、むりやり綾子さんの魂を引っ張り出して来いってことですか」

「無理やりにしかできないなら、無理やりだな」

「先輩もご存知でしょうけど、外部の業者さんに頼むことはできます。でも、お布施はかなりかかりますよ」

「担当狩人は的矢、お前だ。お前の力でなんとかならないか」

「うーん、先輩もわかってると思いますけど……僕はそういうのやらないんです」


 的矢樹は見える。

 霊薬を飲まなくても、霊や姿を隠した怪異を視認できるタイプの狩人だ。

 一般的に、何かしら他人とはちがう才能を持って生まれた人間は自発的にしろ、他者の関与にしろ、その才能を伸ばす方向に進む。しかし的矢樹は生まれてこの方、その方面の努力を可能な限りして来なかった。

 本人の勝手といえばそれまでなのだが、同じように見えるタイプの人間の多くが幽霊関係で他人には理解しにくい悩みを抱いてるのに対し、とくに取りかれることもなく、何かあっても錫杖の力で乗り切ってきたからだ。


「それは知ってるが、今の俺は相談者だ。それが担当狩人としての、おまえの出した結論なんだな」


 的矢樹は困った顔で考える。

 宿毛湊が言いたいのは、こういうことだろう。

 組合に相談に来る人間は大なり小なり、切羽詰まった理由を抱えて、助けを求めにやって来る。自分のもてる専門知識と、だせる能力のどこまでを出すのかは、狩人の判断だ。

 ときに狩人は、自分の「やりたくない」という気持ちを押し込めても、依頼人のために「やらなければいけない」こともある。そのときがいつなのかをちゃんと見極めなければ、依頼人も納得できないし、狩人に危険が及ぶときもある。

 そして、宿毛湊も、的矢樹も、どちらも、ある意味限界のない能力の持ち主だった。


「やろうと思ったら、たぶんできます。でも…………笠利さんとマメタくんのためにはならない。やらないほうがいいと思います」

「それがお前の判断なんだな」

「はい」

「なら、俺はそれを信じる。今日はありがとうございました」


 宿毛湊はあっさり引き下がった。


「いや、こちらこそ勉強させて頂きました」


 ふたりはぺこりと頭を下げた。

 宿毛湊がマメタを連れて帰った。

 デスクに戻った的矢は、珍しく疲れた顔をしていた。通常の相談対応では、どんなに難しいケースでもケロっとしている的矢樹がである。

 それを目ざとく見つけたのは、事務員の相模さがみくんである。

 相模くんは仕事の手を止めて、小さな声で気遣った。


「珍しくゲッソリしてますね。何か……怒られたりしました?」

「いいえ……だからこそ気味悪いっていうか。相模さんは宿毛先輩が魔法使うとこ見たことありますか」

「はい、一回だけですけど」

「僕ね、宿毛先輩が限界まで魔法使うところ、見たことあるんですよ」

「はあ……」

「だからこそ難しいっていうかですね……。自分の判断に迷うとか、こんなのはじめて。たぶん東京時代ではなかったな」


 宿毛湊の得意技のことは、転売ヤー滅殺呪文の一件があったので相模くんも知っている。ただ、魔法関係についてはぼんやりとした知識しかなく、諫早いさはやさくらがあれだけ驚いていたんだから、すごいんだろうなあ、くらいの解像度ではあるが……。


「精一杯やった結果なら、それはそれで得るものがあるんじゃないですか」

「でも、マメタくんが悲しそうにしてたら、相模くんも悲しいでしょ」

「そんなの、的矢さんだって悲しいでしょう」


 相模くんは引き出しの中に隠している秘密のおやつ箱から、チョコレートを取り出し、きょとんとした顔つきの的矢樹に差し出した。

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