第43話 マメタの一日


 マメタの一日はのびっとするところからはじまる。

 みぎてとみぎあしを突き出して、全身をのびっとするのだ。

 そうすると全身のきんにくがほぐれ、のびーっとして、とてもきぶんがよい。

 のびーっとして、そしていつまでのびーっとするか、どのタイミングでやめるべきなのか、マメタは知らない。

 のびーっとしているところに、いつも宿毛すくもさんがやってくるからだ。


「マメタ、朝飯だぞ」

「はーい!」


 マメタはのびーっとしていたことすら忘れて、リビングにいそいだ。

 マメタは宿毛さんとくらすちいちゃくてちゃいろい毛玉である。

 客観的にみると、マメタは狩人の宿毛湊すくもみなとに飼われている豆狸まめだぬきなわけだが、自立心のあるマメタは『飼われている』というコトバにビンカンだ。できれば使わないでもらいたい。マメタは飼われているわけではない。

 マメタと宿毛さんはあくまでも平等で、対等なぱーとなーという立場だ。

 なにしろマメタはそんじょそこらの豆狸とはひと味ちがう。

 そう、マメタには大事なというものがある。

 朝ごはんをおえると、マメタはさっそくおしごとにとりかかることにした。


「宿毛さん! マメタはおさんぽに出かけねばなりません!」

「ん、気をつけてな。今日は俺は仕事ないけど、夕方までにはもどるんだぞ」


 マメタはキッチンの窓からおうちをでて、隣家と接していて豆だぬきいっぴきぶんのスキマしかない路地をとおりぬけた。

 すると、庭の花の水やりにでていた隣の家のおばあさんがマメタに声をかけてきた。


「マメちゃん、げんき?」

「げんき! おばあちゃん、腰はもう大丈夫?」

「今日はだいじょうぶよお」

「よかった! じゃあ先にいくね! みんながまってるから!」


 これでもマメタはなかなかいそがしい身だ。

 お隣さんにあいさつしたら、そのまたお隣さんのおじいさん、おばあさん、玄関先をそうじしているお母さんたちにも声かけをしなくてはいけないし、具合が悪くて学校を休んでいる子がいたらおみまいにいかなければならない。

 マメタは自分こそがご町内を守っている筆頭ひっとう豆だぬきなのだという自負をもち、おしりをフリフリしながら公園までやってきた。

 このじかん、公園のベンチはほどよい日あたりである。

 マメタはベンチにひょいとのぼって、あたたまりぐあいをたしかめた。

 においをかいでかんしょくをたしかめているうちに、うとうとして、丸くなってくうくうと寝息を立てはじめた。

 そのうちに放課後になり、子どもたちが公園に集まってくる時間になった。


「マーメタ! あーそーぼ!!」

「サッカーしようぜー!」


 マメタはねぼけ顔でとびおきた。

 しょうしょう時間のかんかくというものがおかしくなっているが、眠りこけていたのはたぶん……さんぷんくらいだろう。そうおもった。マメタはいそがしいから、なん時間も眠りこけているひまなどないのだ。


「いーいーよー!」


 マメタは元気にお返事すると、子どもたちがつんできたきれいな葉っぱを頭にのせて、全身の毛をムクムクとふくらませる。

 それから全身にたぬきぢからをこめて「ポン!」っと音をたて、ボールに変身するのであった。

 それはみごとな、ぴかぴかでまんまるなボールであった。


「よーし、いくぜー!」


 子供たちのひとりが、ボールと化したマメタを捕まえようとする。

 そのしゅんかん、ボールからにゅにゅっとちゃいろい手足が生えた。

 マメタは公園じゅうを走りまわった。おいかけるこどもたち。走りまわるマメタ。おいかけるこどもたち。走りまわるマメタ。


「マメタ、逃げるなよー!」

「もういーよ、誰かのうちで闘技王とうぎおうしようぜー」

「マメタも闘技王するー?」

「するー!!」


 そういうことになった。

 夕方になるまでたっぷり遊んで、宿毛さんのうちにもどったマメタは、お口のまわりがべっとり油と青のりでよごれていた。

 キッチンの窓からそろーりそろりと入ってきたマメタに、宿毛さんは「今度は誰の家でおやつをごちそうになったんだ?」ときいた。

 宿毛さんは今日にかぎって少し早いうちから台所仕事をしており、ばればれであった。しかしマメタは、わんちゃんありではないかとにらんだ。


「マメタはそんなことしません!」

「嘘をつくと晩御飯抜きだぞ」


 わんちゃんはなかった。


「よっちゃんちでぽてとちっぷすをたべました!」

伊根いねさんのところか……今度お礼を言っとかないとな……」


 宿毛さんはため息をはいて、マメタをかいほうした。

 そのすぐ後にぴんぽんが鳴って、おうちにおきゃくさんがきた。

 おうちにおきゃくさんが来るのはめずらしい。

 きょうはとってもいそがしい一日だ。


「マメタ、出てくれ」

「はーい、どなたさまー?」


 マメタがドアノブにぶら下がって扉をあけると、怪異退治組合の相模さがみくんと的矢まとやくんが並んで立っていた。


「お邪魔します!」


 相模くんはお野菜と土鍋どなべ、的矢くんはビールやつまみを両手に抱えている。


「ややっ。みなさんおそろいで! きょうはなんのお祭りですか!」

「マメタくんこんばんは。今日はお祭りじゃなくて、みんなで晩御飯を食べる集まりなんだよ」


 相模くんはドアノブにぶら下がるマメタを一眼レフで連写しながらこたえた。

 廊下のおくから、宿毛さんが『キムチ鍋のもと』を手にかおをだした。

 駅前のスーパーで安売りだったのを買ったはいいものの、消費しきれずに夏までもちこしてしまったやつである。


「本当にこんな残りものの鍋でいいのか?」


 心配そうにたずねた宿毛さんに、的矢くんがまんめんの笑みでへんじをする。


「俺はぶっちゃけ酒が飲める口実があればなんでもいいで~す」

「お前には聞いてない。相模さんに聞いてるんだ」


 相模くんは荷物のなかからマイエプロンをいそいそとりだした。


「僕、お台所手伝います」

「いいんですよ、相模さんは座ってて」


 とたんに的矢くんがムッとした表情になる。


「待ってください。俺と相模さんほぼほぼ同い年なのに扱いがちがうのなんでですか?」


 宿毛さんは渋い顔つきだ。


「料理酒飲んで台所出禁になった酒乱のお前と相模さんとでは、どう考えたって格が違うだろ」

「え? 嘘ですよね、料理酒って普通に飲めないようになってて、すごくまずいって聞いたことあるんですけど」


 しょうげきのじじつをきかされて、相模くんも不安そうになる。

 ごきげんなのは的矢くんだけだ。


「マメタくん、せんぱいが冷たくてかなしいよ。マメタくんかまって~」

「いや~っ! このひとすでにさけくさい!」


 相模くんと宿毛さんがお鍋のよういをしているあいだ、マメタは持参したビールを半分くらい飲んじゃった的矢くんにもみくちゃにされたり、にげまわったり、にげまわったり、にげまわったり、にげまわったりした。

 それから三人できむちのお鍋をたべて、ぜんいんもれなく汗だくになって、宿毛さんも普段は飲まないビールをのんだ。

 いつも夕ご飯は宿毛さんとふたりきりだけど、おおぜいもいいものだ。

 的矢くんは仕事でつかう日本酒を宿毛さんの車から拝借してきて、それを飲んだのでまたおこられていた。マメタも少々、わけまえというものをいただき、お山につたわるぽんぽこおどりなどをひろうした。

 おなべが空っぽになる頃には、的矢くんは座布団を抱いてゆかでねていた。

 相模くんはむかしのれんあいのしっぱい話をえんえんしていて、げこの宿毛さんはうんうんとずっとうなずいていた。

 おへやのくうきはいいかんじにぬくぬくで、マメタもねむくなってきた。

 ざぶとんのうえで、ひざかけをかけてもらうと、マメタはとってもしあわせなきもちだ。


「あしたはもーっといいひになるよね、すくもさん……」


 つぶやいたマメタに、相模くんが笑いかけた。


「何か変ですね。それ、逆じゃないかなあ」


 すると、的矢くんが「へけっ」と言った。

 マメタにはなんのことかわからないが、今日はとってもいい日だった。

 あしたもきっといい一日になるだろう。

 まいにち、みんなしあわせ。

 あしたもそのつぎのひも、みーんなしあわせ。マメタはむこんきょに、そう思うのだった。そうしてマメタはすうすういって寝息をたてはじめた。


 おやすみ、マメタ。

 おやすみ、みんな。


 わたしはいつもみんなをみまもってるからね。


 いい夢を。

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