第39話 さくらちゃん鼻高々
その調子に乗り方は今年一番と言っていい。
ウキウキワクワクして、コンビニで売っていたチーズアジフライを
実際にはボコボコにしただろうが、気持ち的には許していた。
何故そんなに調子に乗っているかというと、まあ、いろんな複合的要因があるのだが、一番は怪異退治組合やつか支部で起きた『水事件』が大きいだろう。
やつか支部の若手エース狩人二人組がチンケなアライグマに洗脳された例の事件だ。
あのとき諫早さくらの元には、緊急事態だというので魔術連盟も通さずに、個人的に、名指しで連絡がきて、洗脳を解きに行ったのだった。
仕事自体は簡単なものだ。
別件で使用した『認知の歪み矯正棒』の応用で何とかなった。
しかしあのときの、いつもいつもさくらのことをやつか町の問題児としてそれとなく監視している
そのとき、さくらは思ったのだ。
もしかして、あたしって最強なんじゃない?
と。
最強が何を意味するのかはわからないが、そう思っちゃったのだ。
勝利の味がするビールをたらふく飲んだ翌日、さくらの鼻は三センチ高くなっていた。
たとえではない。
物理的にだ。
まるで、外国人俳優のような鼻だった。
彼女は買い置きしていたマスクをつけて鼻を隠し、泣きながら宿毛湊の家のドアを叩いた。
朝の七時半の出来事だった。
*
「このままじゃお前は
宿毛湊は朝食のために手ずから焼いた出し巻き卵を食べながら言った。
マメタもホカホカごはんといちばんおいしい卵のはしっこをもらって食べている。
その横に並んでさくらちゃんはさめざめと泣いていた。
「いや! そんなのいや!! たしかに、鼻が高いわたしはカワイイわ。外国人美少女モデルみたいにね!」
「自己肯定感が高いことはいいことだが……」
「わかってる。これは自己肯定感じゃない。根拠のない自信よ! でもあふれ出してたまらないの、私の無根拠なすばらしさ、無駄な万能感が!」
言ってるそばから、マスクの下の鼻がにょきっと音を立てて伸びた。
「天狗の暮らしも悪くないと思うが、天狗になるのは嫌なんだな」
宿毛湊はボリボリたくあんを
「いやよ。かすかに残った理性と美的感覚が、あの長い鼻は
「どうするんですか? すくもさん」
マメタがきいた。宿毛湊は考えながら味噌汁腕を置き、言った。
「鼻を折るしかないな」
空になった食器を流しに片付けながら、スマートフォンをいじり、とある人物に電話した。
*
諫早さくらの非常事態を受けて、やってきたのは狩人ではなかった。
事務員の
相模くんは宿毛さんからの指示通り、事務所に武器を持ちこんで待機していた。
何事にも平均的な能力を持ち、常識的な反応を示す相模くんが唯一持つ異常な武器とは、超有名カードゲーム
「宿毛さんに言われた通り、新しいデッキを考えてきました。費用は事務所負担だそうなので、朝いちばんにカドペに行って、店長さんとも相談して……でもこれ、何に使うんですか?」
相模くんは、仕事場に遊びの道具を持ち込むなんて、みたいな顔をしている。
「そのデッキでさくらと勝負をしてほしい」
「えっ、仕事中に、カードゲームで遊ぶんですか?」
「そうだ。だが、これも仕事のうちなんだ」
かつてさくらは相模くんの
あのときの再演をし、再び、敗北を味あわせることによって鼻を折ろうというのだ。
相模くんは最新のカードを揃えてきた。その内容は先行制圧。
一ターン目で五体のとんでもないステータスのモンスターが場に並び、効果や罠や魔法カードのせいでさくらは身動きも取れない。
しかもそこに至るまでに
「さくらさん、他に何かありますか?」
相模くんは事務的に
現状のゲームシステムでは、プレイヤーを殺すこと以外に何もできることはないと知っているがゆえの発言だった。
「負け……負けました……」
これによってさくらの高くなりまくった自慢の鼻はポキリといくであろう。
しかし、その大方の予想を裏切り、さくらは平静であった。
それどころか、勝負が終わってからも、にこやかである。
「相模くん、相変わらず貴方の戦術はいやらしいわ。私に二度も屈辱をあわせるなんて、あなたは素晴らしいプレイヤーね!」
そう言って勝者を褒めたたえたのである。
普段のさくらなら絶対にしない行動だ。
そしてまた、鼻がニョッキリ伸びた。
「駄目だな、これは。さくら、お前は明日から魔女でなく天狗になる」
宿毛湊は
「ちょっと、やめて! 天狗は嫌だって言ってるじゃない!!」
「そんなこと言って、本当は天狗な自分も素晴らしいとか思ってるんじゃないのか?」
「思ってない! 魔女だってね――魔女だって、人並みの苦労ってものがあるのよ。これまで魔女としてやってきたのに、明日からは天狗ですじゃすまないのよ」
狩人はじっとさくらを見下ろし「そうか」と答えた。
「それじゃあ、最終手段を使うしかないな」
宿毛湊は、さくらを連れてあるところへ出かけていった。
そこは
さくらと湊が来るという連絡を受けて、快く迎えてくれた五依里が玄関を開けると、そこには黒猫がぐでんとして転がっていた。
「また猫ちゃんになっちゃったんでちゅね~」
五依里はこんなこともあろうかと買い求めていたピンクの猫じゃらしで、猫化したさくらの腹のあたりをくすぐる。
が、借りて来た猫なので全然、反応しない。
ちゅーるにも無関心だ。
ぐでぐでの黒猫さくらをあやしつつ、宿毛湊はアイスコーヒーをごちそうになって、さくらを連れて帰った。
翌日、さくらの鼻の高さは元に戻っていた。
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