第35話 響け、鎮魂のデュエル!! カードゲーマーさくら(下)



 魔女VS狩人、決戦の火蓋ひぶたが切って落とされた。


 これは大会の記録には残らない、あくまでも両者の誇りを賭けた戦いである。

 審判はカドペ店主、見届け人は怪異退治組合やつか支部の相模さがみくんと、いつの間にか的矢樹まとやいつきまで来ていた。

 先行は諫早いさはやさくらだ。


「フフフ……この諫早さくらに先行をゆずったこと、貴方はきっと後悔するでしょうね。私のターン! 手札からレベル1モンスター使い魔マリーを召喚! マリーの効果でさらにデッキから使い魔リリアンを召喚する! 使い魔二体を墓地に送り、見習い魔女マーガレットを召喚! フィールド魔法、森の中の小屋の効果によってさらに見習い魔女コスモスを召喚!」


 さくらは慣れた手つきでカードを操り、黒猫やコウモリ、ホウキにまたがった美少女など、かわいらしいイラストのカードを次々に繰り出してくる。


「さくらさんは魔女デッキなんですね……。先行ターンでたくさんの魔女モンスターを召喚し、強い盤面を構築していく流行中の最新デッキですよ」


 学生時代に闘技王カードゲームをたしなんでいた相模くんが解説する。

 みんなが緊張した面持ちで勝負のゆくえを追っていた。


「ソリティアの長さがえげつないっすね。でも、宿毛すくも先輩のドラゴンデッキも負けてないですよ!」


 宿毛先輩の太鼓持ちをする、と堂々と宣言して仕事をサボりにきた的矢樹は、発言がカードゲームアニメのモブキャラと化していた。

 先行のさくらは攻撃することができない。

 宿毛湊は手札からフロストドラゴンとファイアドラゴンを召喚し、ステータスの低い魔女モンスターを粉砕する。


「さらに速攻魔法、竜哭谷りゅうこくだにへの追い風を発動! 俺の場のドラゴン族モンスターは二回攻撃できる!」

「甘い、甘すぎるわ。伏せカードオープン。魔神の手が魔法カードを無効化する! さらに見習い魔女リリーアンの効果によって墓地に送られた魔神の手を再び手札に、フィールド魔法の効果で場に戻すわ!」

「フロストドラゴンとファイアドラゴンを生贄にしてトワイライトドラゴンを召喚!」

「こちらはさらにトラップカードをオープン――!!」


 意外と白熱した戦いが続いていく。

 だが、誰の目にも有利なのは諫早さくらであった。

 妨害系の魔法カードや伏せカードを多用し、巧みにカード効果を繋ぎ合わせることでジワジワと狩人を追い詰めていく。

 気がつけば、宿毛湊の手元にはトワイライトドラゴン一体が残るだけ。

 さくらの場には五体の魔女がずらりと並んでいた。


「さすがは大会優勝者だけあって、強いですね……!」


 相模くんの言う通り、やることなすことみみっちくてこすっからい女ではあるが、さくらにはそれなりの経験と実力が伴っているのである。


「長く苦しめるつもりはないわ、このあたりでケリをつけてあげる。カードゲームは純然たる力によって支配されている世界だということを思い知るがいいわ」


 さくらはデッキからカードをドローし、にやりと笑う。


「私はこのターン、魔法カード《地獄の拷問器具》を発動する!!」


 さくらの手からフィールドへと放たれたのは、禍々しい拷問器具に美少女が拘束されている絵柄のカードだった。


「そしてカードの効果により、場に出ている全ての魔女モンスターカードを墓地に送り処刑する……っ! 処刑処刑処刑、楽しい処刑の時間だーっ!!」


 愛らしい魔女たちが墓場へと連行されていく。


「さらにここで地獄法廷の拷問官パーシヴァルを召喚するっ!!

「な、なんだって!!」


 相模くんが思わず声を上げる。

 ほかのギャラリーもドン引きだ。


「パーシヴァルの能力を発動っ、異端審問にかけられた魔女たちを次々に葬り去り、その怨嗟の声を力に変換する!!」


 ホンモノの魔女が、魔女たちを拷問し、異端審問官を召喚している。

 カードゲームの話とはいえ、みずからの迫害の歴史をなんとも思わない、あまりにも冒涜的ぼうとくてきな戦法だった。


「このターン、パーシヴァルの攻撃力は拷問部屋に送り込んだ魔女の数だけ増加する。パーシヴァルの攻撃力は、驚きのいちまんっ……一万だァ!! フハハハハ!! どうだ、圧倒的な闇の力に手も足も出ないだろう!」

「それは、一番お前が使っちゃいけないデッキだろう………」

「うるさいわね。あなたみたいな弱っちい人間ふぜいにはわからないのかしら。力こそ……力こそがカードバトルの全てなのよ。フ……フフ……そして力に勝るこの私こそが圧倒的支配者!! 今、やつか町に諫早さくらが君臨する!! この町の高額カードはすべて私のものよっ!!」


 狩人の冷静な指摘も、万能感におぼれまくっているさくらには届かない。


「とはいえ、パーシヴァルは召喚したターンには攻撃できない……。さくらちゃんの場には他に攻撃できるモンスターはいない。宿毛さんのターンだ」


 店主が冷静に告げる。


「命拾いしたわね……」


 しかし、魔女は余裕の態度を崩さない。

 それもそのはず、様々な魔法カードやトラップカードを駆使した結果、宿毛湊は手札を全て失って、ライフポイントを半分まで削られていた。

 次のターン、パーシヴァルに攻撃されれば、トワイライトドラゴンで攻撃を防いだとしても負けは確定だ。

 どう考えても敗色が濃厚なのに、しかし、それでも宿毛湊は諦めなかった。

 その瞳には意志の光が宿っている。


「さくら……確かに、お前は強い。だが、カードゲームは力が支配する世界だと言ったな。あれは間違いだ」

「何を言っているの、手札もモンスターもないくせに!」

「カードゲームにおいて、真に大切なものは力じゃない……きずなだ! 俺は……俺を支えてくれる仲間、そしてカードとの絆の力を信じる!!」

「き、絆ですって!」

「見るがいい、これが最後の……そして魂を賭けたドロー! 引き寄せるぜ、運命のカード!!」


 デッキに手を伸ばした瞬間、デッキが光り輝いた。

 比喩ひゆではない。

 本当に、宿毛湊の指先が見えなくなるくらい神々しく輝いていた。さくらは動揺する。


「はぁ? なんなの、ちょっと、ジャッジ! なんか光ってるわよ!」

「ん~~、まあ、光ってるだけなんだったら続行かな……」

「そんなのアリか!?」

「プレイングを妨害する行為は禁止だけど、光っちゃダメってルールはないし」


 さくらの文句を、店主は右から左に受け流す。

 狩人はデッキの上から一枚めくった。


「来たな……運命のカード! 儀式カード、天空の門を発動! トワイライトドラゴンを生贄いけにえに、デッキからクリスタライトドラゴンを召喚する! 会いたかったぜ、俺の相棒!」

「なんなのよそのアニメみたいなノリは!」

「クリスタライトドラゴンの特殊効果を発動! クリスタライトドラゴンは死者の魂をなぐさめ癒す天空よりの使者……。このターン、俺はモンスターの属性を宣言し、墓地にある宣言した属性のカードの枚数分だけクリスタライトドラゴンの攻撃力を上昇させ、貫通ダメージを与える!」

「だけど、墓地の中のドラゴンの枚数を合わせても、パーシヴァルの攻撃力には届かないわ……!!」

「俺が宣言する属性はドラゴンじゃない。魔女だ!!」

「ハッ……なんですって!!」


 さくらは相手の意図に気がつき、驚愕の表情を浮かべた。


「クリスタライトドラゴンよ。悲劇の死を迎えた乙女たちの嘆きを昇華し、鎮魂の歌を奏でるがいい」

「バッ……ばばばばばば、バカなっ……!! アヴァヴァヴァ、あわ、わ、私のパ、パーシヴァルがぁ……!!!! なんでっ、手札もゼロだったのにっ、どうしてあの状況でキーカードを引けるの!? あり得ない、こんなのあり得ないぃ~~~~!」

「拷問官パーシヴァルにアタック!」


 その瞬間、奇跡が起きた。

 さくらと湊だけではない。その場に集ったカドパの客たちは、全員が美しい白竜が邪悪な拷問官を打ち砕いていく瞬間を幻視したのだ。


「諫早さくら、ライフポイントゼロ! 勝者、宿毛湊!」

「ありがとうございました……。いい……バトルでした……」


 宿毛湊は静かに目を閉じた。

 デッキの輝きは、次第に弱くなっていく。

 消えて行く光の向こうに、ひとりのデュエリストが去っていくところが見えた気がした。


「これにりたら、あくどい勝負はやめて、まっとうなデュエリストになるんだな。でなければまた明るい家送りになるぞ……」


 デッキをケースにしまい、狩人は席を立った。


「待ちなさいよ。その光るデッキは一体なんなの?」

「これは事務所に送られてきたデッキだ。若くして亡くなったデュエリストの所有物で、その霊がキーカードであるクリスタライトドラゴンに取り憑いていたんだ」


 湊はそう言って、デッキケースごと、霊感持ちの的矢樹に渡す。


「大丈夫です。普通のデッキに戻ってますよ! きっと、満足いくバトルが出来たんでしょうね」


 子どもたちからレアカードを巻き上げているマナーの悪いデュエリストを、しかも拷問官とかを召喚して来るような奴をやっつけるというアニメみたいな展開は、カードゲーマーなら一度は夢想したことがある勝負だろう。

 その点、さくらは良いやられ役だった。何の打ち合わせもなかったのにも関わらず、断末魔の叫びは真に迫っていた。


「こんなの納得できないわ……宿毛湊、せめて自分のデッキで勝負しなさいよ!」

「今日はこれ以外にデッキの持ちあわせがないんだ」

「じゃあ、認めない! 負けなんて絶対に認めないもん!!」


 どうあっても負けを認めないさくらに、湊は溜息を吐く。

 どうしたものかと思っていると、相模くんがデッキケースを取り出しながら言った。


「それじゃ、僕と勝負しませんか? こんなこともあろうかと、学生時代に組んだデッキを鞄に入れておいたんです」

「相模さん、こんな奴に付き合わなくていいですよ。負けたら何をおごらされるかわかりませんよ」

「いいんですよ。僕も久しぶりにカードショップに来て、やりたくなっちゃいましたし。怪異退治組合やつか支部代表として勝負します」


 相模くんはそう言ってさくらの前に座った。

 彼のことをいつもほのぼのした雰囲気の事務員、としか認識していないさくらの瞳がキラリと光る。いいカモだと思ったのだろう。


 その後、さくらは本当の意味でひどい目にあった。


 学生時代にちょっとかじっていただけ、と言っていた相模くんだが、彼は思いがけない本性を隠していた。

 彼が用意してきたデッキは……対戦相手が使う魔法カード、罠カード、特殊召喚などを順番に封じていき、何もできない状態にしていく特殊デッキだったのだ。

 相模くんのデッキに完全制圧されたさくらにできることと言えば「ターンを始めます」と「ターンを終了します」という二つの宣言のみだ。

 そして、100ポイントずつライフが削られるというオマケがついていた。


「さあ、さくらさん。負けを認めてください。さくらさんが負けを認めない限り、勝負はいつまでも続きますよ」


 残りのライフポイントがわずかになっても、相模くんはカードの効果を使って、さくらのライフポイントを回復させて延命させる。

 さくらは何もできないまま、負けを認めるまで苦行が続くのだ。


「優しそうな顔して……っ、こんな変態デッキ……! ひどい、ひどいわっ……」


 さくらはもはや半泣きであった。

 ちなみに、二人の戦いを見守っている宿毛湊が所有する本来のデッキは特殊勝利デッキ、的矢樹が好むデッキは驚異の六十枚構築である。

 それぞれ同じ地獄にある別の釜みたいなデッキだ。

 さくらは組合の面々の誰と戦ったとしても、別の暗黒面を見たのである。


「負け……負けました……。奪ったカードも返すから……だからもう……許して……」


 ようやく解放されたさくらはマジ泣きした。


 それからしばらく、カドペとやつか町の小学生たちには、平和な日々が訪れたという……。

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