第32話 合コン
出会いがない。とくに、若い世代との。合コンでも開こうかな。
合コンというのは、つまり、そういうことである。
酒をまじえて男女の出会いと親交をはかる、あれのことだ。
同じ作業をしながら
「お前……本気か……? この職場絡みの合コンなんて開いたら、それはもう合コンじゃない。
普段は敬語で話す賀田さん(19)の素顔を見たのは、これが初めてのことだった。
怪異退治組合やつか支部所属の狩人、的矢樹は、何度も繰り返すようだがイケメンである。
どれくらいイケメンかというと、女子高校生が友達を連れてわざわざ事務所にまでやってきて、ラブレターを渡して帰っていくイベントが定期的に起きるくらいのイケメンである。
そんな男を合コンに誘ったら、何が起きるかは火を見るより明らかだ。
取り立ててブサイクというわけでもないが、万事において普通で地味な相模くんはひたすら黙って酒を飲むくらいしかすることがなくなるだろう。
「もちろん、的矢さんは絶対に呼びませんよ。申し訳ないですけど」
「それは無理じゃないですか」
賀田さんは無情であった。
「この間、同窓会があったことすら黙っていた同級生から数年ぶりに連絡があって、いくら払ったら的矢樹をセッティングできるかって聞かれたんですよ」
「金を払うほど……?」
賀田さんが同窓会の存在を隠されていたという事実もさることながら、どちらかといえば支払いを免除されることの多い女性陣が、わざわざ金を払ってまで的矢樹を呼ぼうとしているという事実に
賀田さんは溜息を吐いた。
「ほんと、どこがいいんですかね。言っちゃなんですけど、あの人、仕事の話とミニ四駆の話しかしないじゃないですか」
「ミニ四駆の話?」
「知りません? 車の玩具」
「知ってます」
「まあ、ミニ四駆の話しかしなくてもイケメンはイケメンですけどね」
的矢樹とミニ四駆の話を特にしたことのない相模くんは、ミニ四駆に思考リソースをすべて奪われ、合コンの話をしばらく忘れていた。
それから数日後、再び賀田さんが相模くんに話しかけてきた。
「相模さん、隣町で合コンあるんですけど行きますか? 前の前の彼氏の先輩の今カノの友達が男がひとり足りないって言ってるんですけど――」
「行きます」
二つ返事であった。
まさしく渡りに船だった。
隣町で、しかも賀田さんの遠い知り合いからの紹介、おまけに空いている枠がひとつなら、職場のイケメンに何の気兼ねをすることもない。
しかしこのとき、コソコソとやり取りする二人を話題のイケメンがじーっと見ていることに、相模くんは全く気がつかないでいた。
*
指定された会場は、ななほし駅前の居酒屋チェーン店だった。
仕事終わりに立ち寄った相模くんは、直前になって後悔しはじめた。
年上のオジサンとばかり交流する毎日に飽きていたのは確かだが、本来なら全く知らない他人のコミュニティに生身で飛び込んで行くようなタイプではない。
でも、受け身でいても同世代と交流を持てた学生時代と社会人は違うというのはよく耳にするし、そろそろ手痛い失恋の記憶を塗り替えたいところでもある。
なんとか勇気を振り絞り、店に入った。
店員に案内され、個室に顔を出した。
個室には二十代前半くらいの男女が六人。
新しくやって来たメンバーを不思議そうに見上げていた。
「は、はじめまして。怪異退治組合やつか支部の――」
そこまで言って、相模くんは社会人の
とはいえ謎の侵入者に沈黙していた面々は、一瞬でにこやかになった。
「あっもしかして賀田ちゃんの友だち? 入って入って」
「座って座って~!」
「
ピンク色のカーディガンを羽織った女の子が手招きして隣に座らせる。
個室内には男性三人と女性が三人だった。
男性が足らないという話だったが、うちひとりは幹事とかだろうか。
「組合にお勤めなんだって?」
「大学は県外?」
「いきなり失礼だぞ~」
「お仕事お疲れさま、おしぼりどうぞ!」
あれよあれよという間に場の中心へと引き出され、緊張で処理しきれない質問が矢のように飛んで来る。数分で酒も運ばれてきた。
メニューも見ていないので何なのかはわからないが、乳白色にピンクが混じったような色をした謎の飲み物だった。
「なんか、既にけっこう盛り上がってますね。もしかして皆さん知り合いどうしとか……?」
相模くんがそう言うと、不意に会話が途切れた。
何人かの男女が目配せをするのがわかった。
「いやいや、俺らも今日始めて会ったばっかり!」
「まあ、飲んで飲んで! ってかタメ語でいいから!」
あれ、なんだろう、今の間は……。
相模くんは思ったが、直観と違和感はすすめられるがままに口にしたお酒が洗い流していった。
それは、何味とは言い難いがひどく甘い味がした。
飲んだ瞬間、重たい酒精が押し寄せてくるのがハッキリとわかる。
ひと口で体が暑くなって視界がグラグラ揺れた。
これは危ないと思ってグラスを遠ざけると、隣の席の女の子が目ざとくそれを見つけて、冗談めかして指摘してくる。
「あれ~、あんまり飲んでないね、あ、わかった。好みの女の子がいなくて退屈してるんでしょ」
「えっ、いやいや、そんなことないですけど……」
冗談とはいえそんなふうに言われると、まわりに気を遣うタイプの相模くんは我慢して飲むしかなくなる。
その間も質問が矢継ぎ早にやってきた。
家族や学生時代のことや今住んでいる場所のことなどを聞かれ、話題はコロコロ変わって、最終的に仕事の
「みんな、お給料ってどれくらいもらってるの? あたし、今勤めてるところが安月給でぇ~」
「わかるわかる。社会人の責任を果たせっていうなら、払うもの払えって話だよな」
「将来のこととか不安だよね?」
「毎月のやりくりのこととか、興味ないかな。いい副業の話があるんだけど……」
「もっと、飲んで、もっと」
「それよりも壺買わない? 安くしとくよ」
「このテキストを三十万円で買えば、三か月後には百倍になって返ってくるんだよ」
「今日、ハンコ持ってきてる? 通帳は?」
いよいよ会話はおかしな方向に向いていた。
しかし相模くんはというと、きつい酒を何杯も飲まされて細かいことが分からなくなってきていた。
揺れるどころか回転をはじめた視界のなかで、六人の男女が盛んに何かを言っている。
その手が鞄や上着のポケットに伸び始めた。
こちらに伸びて来た手はフサフサの黒い毛が生えている。
相模くんを取り囲む男女の目の周りには黒い縁取りのような
そしてとうとう、誰かの手が、
ワン!!
犬が高らかに吠える声がした。
聞き間違いや幻聴ではなかった。
見ると、ふすまのむこうシェルティが――シェットランド・シープドッグが一匹、見事にフサフサの毛をなびかせ、こちらに向けて吠え掛かっているのが見えた。
キャンッ!
キャンキャンキャン!!
シェルティは、牧羊犬で賢く、相模くんが好きな犬種だ。
昔、実家で飼っていたのもこの犬だった。
犬は座敷に上がりこんで
「ひええええっ」
「逃げろ! 逃げろ!」
「こっちに来るな!!」
合コンの参加者は散り散りになって逃げ惑っていた。
「相模さん、相模さん……立てますか? さあ、俺といっしょに帰りましょう」
聞き覚えのある声だと思って振り返ると、そこには心配そうな顔をした的矢樹がいた。
「的矢さん……? なんれここが?」
「賀田さんに聞いたんです。でね、賀田さんの上着にコレがついてて」
的矢はつなぎの上に羽織ったジャンパーのポケットから、小さなビニールの袋を取り出した。そこには何本かの細い毛のようなものが入っていた。
「動物の毛です。相模さん、化かされてたんですよ」
「化かされてって……タヌキとか……キツネとか……」
「いやいや、あいつらはアライグマです。やり口が小汚ないでしょ。最近力を増してるのか被害が増えてるんですよねえ。さ、行きましょう」
足をもつれさせている相模くんを背中におんぶし、的矢樹は合コン会場を抜け出した。
「ああっ! 待て!」
待て、と言われて待つ奴はいない。
店の外に飛び出して後ろを振り返ると、居酒屋の看板の後ろの暗がりに金色の動物の瞳が見えた。きっちり六対、こちらを恨めしそうに見つめている。
店の看板を掴むいやしい五本指が、こちらを手招いている。
そのまま駅前まで行って自販機で水を買い、水分を胃に流しこむと、ようやく正体がハッキリしてくる。
そして、金色の瞳を思い出して改めてぞっとした。
「もしかして、僕、危ないところでした……?」
相模くんが訊ねる。的矢樹は注意深くあたりに視線を配りながら答えた。
「うーん。危険というか、なんというか。あのままだとマルチとかやらされたり、新興宗教の勧誘を受けたりしてたかもですね」
「すみません、僕が不用心だったせいで……。っていうか重くなかったですか」
「ぜ~んぜん。狩人は体力勝負なんで! 東京の訓練は自衛隊並って言われてて、もっとキツイことさせられてましたよ。そんなことより相模さんが無事でよかったです」
なかなか掴みにくい性格の男だが、それだけは本心からそう言っているのがわかる。
自分はイケメンだからというくだらない理由で遠ざけていたのに。
心の中で謝り倒している相模くんのことを知ってか知らずか、的矢樹は嬉しそうに笑っている。
「あ……。せっかくなんで、あとひとつ聞きたいんですけど、なんで賀田さんにミニ四駆の話したんですか?」
「ああそれ。それは、年下の女の子に何を話せばいいのかわからなくって」
「的矢さんでもそんなことあるんですね」
「全然ありますよ。俺のことなんだと思ってるんですか」
もうアライグマの姿は見えない。
そういえば会場に乱入した犬はどうなったんだろう?
相模くんは的矢樹が青いラジコンカーを抱えているのに気がついた。
ラジコンには『犬』と書かれた紙が貼られていた。
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