第15話 爆走フードデリバリーVSロケット系迷惑動画配信者 (下)
運転席に座るのはリーさんだ。
「なんでこのポンコツマシン!? ワタシの赤いバンビーノはどこね!」
リーさん
助手席にはさくらが乗り込んだ。
「お望みのツーシートよ。ありがたく運転しなさいよ」
「それはスクモサンが隣に座るゼンテイ!」
残念ながら宿毛湊は
転倒防止のためにロープを結び、それをしっかり
「しょうがないでしょ。あのロケットにしろ爆走配達員にしろ、止めるならあいつの魔法がいるし。それとも何? あんたフェラーリがないとネヴァーランドにゴーできないしょうもないテクの持ち主なの?」
「うるさいあばずれ。ほら、自転車配達野郎のケツが見えてきたヨ!」
明かりひとつない
トラックの荷台に乗って近づいて来た人物に気がつき、はぁちゃんも驚いたようだった。
「はぁちゃん! あんたいったい何やってるんだ! 説明しろ!」
「面目ない、宿毛さん…………! だが、俺はアイツに届けなけりゃならないんだっ! ロコモコ丼を!」
「配達中なのか!?」
「ああ。家に着いた
「…………説明されてもわけがわからないな」
説明しろと言った手前、なんだか申し訳ない気がしてくる。
「はぁちゃん、よく聞いてくれ。あれはどう見ても魔法使いか何かのしわざだ。たちの悪いイタズラだと思う。あんたがロコモコ丼を届けられなくても、契約違反にはならない。俺が行ってあいつを止めるから、あんたはこのまま帰ってくれ」
「いや――――! 宿毛さん、それはできない! あいつを止めないでやってくれ!」
「は?」
「俺にはわかるんだ。あいつは走りたがってる! そして、誰かが自分に追いついてくれるのを待ってるんだ! だから止めないでやってくれ、そして俺を行かせてくれっ! あいつに追いつけるのは、この町で俺だけだっ」
わけのわからない情熱をほとばしらせて、はぁちゃんは自慢のロードバイクを走らせる。
全身の筋肉を
そのまま一途に飛翔体を追っていく。
「いいスプリントね。ツールドフランスもびっくりの逃げ足ヨ……。でもそのスピード、ヒルクライムで通用するかしら」
田んぼと畑を抜け、山道に入り始めた。
急こう配に入っても、驚くべきことにはぁちゃんのスピードは
だが、どんな頑張りをみせたとしても、ロケットとの距離はどんどん離されていく。
はぁちゃんは五十代、若い頃と同じような体力はない。おまけに、彼はただ筋トレが好きなだけの真人間なのだ。
宿毛湊はスマホを取り出し、
大して待たずに、目的の人物が電話口に現れる。
『よう! みんな大好き支部長だよ! 宿毛からかけて来るのは珍しいなあ。どうした?』
「
『宴会中。久しぶりに連盟の奴らと会ってさあ、飲んでるの。あと
「天狗?」
意味はわからないものの、上機嫌な支部長の声の向こうから
「出られませんか。やつかで大変なことが起きてて――」
『知ってる知ってる。お前たちが向かってる山のてっぺんらへん、俺たちそこにいるからよ。なんだいなんだい、面白そうなことやっちゃってまあ!』
「見えてるなら、状況はわかってるでしょう。俺の手には
『いいじゃない、宿毛くん。だったらなおのこと、行かせておやりなさいよ』
七尾支部長は何が楽しいのかからからと笑っている。
相当飲んでるのかもしれない。
『止めるだけが怪異退治のやり方ではないんだよ。どれ、久々に私が手伝ってやろう。この七尾式魔術メソッドでな』
「支部長!」
『
雲の通い路吹き閉じよ。おとめの姿しばし留めん。
百人一首の句とともに、背後に不自然なつむじ風が巻き起こる。
その風が、トラックの前方を走るはぁちゃんの自転車をゆっくりと持ち上げていく。
電話の向こうでは、七尾支部長の厄介な友人たちが大騒ぎをしていた。
『面白そうなことしてますなあ』
『私もやる! 私も!』
『俺も俺も』
連盟と言っていたが、おそらく間違いなく全日本魔術連盟の連中だろう。
このとき起きていたことを正確に理解していたのは、最後尾の宿毛湊たちではなく、マンションロケットに乗って
「な、なんだ! 何が起きてる!?」
彼はちょっとばかし泣きそうになっていた。
この状況は、本来、彼が用意した台本には無かったことだ。
フードデリバリーに呼んだ配達員も、家がロケットになって発射されたら
だが、配達員は何故かロードバイクに乗って、死に物ぐるいでホリシンのことを追いかけはじめた。
それだけでもホリシンの処理能力を越えた出来事なのに、途中で怪異退治組合と横っ腹に書かれた軽トラまで合流してしまった。
そして追跡者を振り切れないうちに、指令室兼寝室のモニターに、異常な魔力の反応が現れはじめたのだ。
誰かが、それも複数の魔法使いがフードデリバリーの配達員にかなり強力な
その発生元を
でかい一本杉の上に修験者みたいな格好をした天狗面の男と、
しかもホリシンが観測しているのをわかってるみたいに、ニヤリと笑ってみせた。
「こうなったら、最大出力だっ!」
ホリシンは、もうどうにでもなれ! とレバーを押し込んだ。
ホリシンを追っていたはぁちゃんも、数多の援護魔法の力を借りて、空中に
「うぉああああああああああっ!!」
鼻水や
速さへの
宿毛湊は金色に輝く指先で、空中に前方向への矢印を描いた。
「
よく使うスロウとは真逆の、物体の運動速度を上げるための魔法だった。
ヤケクソみたいな
「ロコモコ丼のぉっ!! お届けでぇええええええええっす!!!!」
はぁちゃんのかざした指が、ロケットマンションの呼び
「追いついたぞおおおおおおおおおっ!」
その瞬間、奇跡が起きた。
はぁちゃんが接触した瞬間、ハチャメチャな支援魔法がマンションの方にも効果を及ぼしたのだ。
マンションに取り付けられた四基のロケットは、限界を飛び越えて炎を噴いた。
今まさにロケットマンションと爆走配達員は一体となり、音速を越え光の速度に到達しようとしていた。
ありとあらゆるセンサーが異常を感知し警報音が鳴り響くが、ホリシンになす術はない。
「た、助け、あばばうばあああああああああああああっ――――!!!」
ホリシンは部屋の後ろのほうに吹き飛ばされ、
二人は達した。
音速の向こう。誰も見たことのないはるかな高みへと。
――…………ヒウンッ!!
そんな短い
夜空に流れ星が
その後、はぁちゃんとホリシンがどこに消えたのか。
知る者はいない。
光の速度を越えたので、時間の壁をも越えたかもしれない。
けれども、はぁちゃんは満足だっただろう。
かつて、はぁちゃんには夢があった。
それははぁちゃんの夢であり、はぁちゃんの父親から受け継いだ親子二代の夢であり、はぁちゃんの指導にあたった小中高大すべての陸上コーチの夢で、何より同じ目標をめざして練習を積んだチームメイト全員の夢だった。
駅伝を走る――――。
しかしその夢はむなしく散った。
夢をかなえる直前のことだった。
チームメイトは「待ってるぞ」と励ましたが、盲腸はどうにもならない。
チームメイトははぁちゃんを置いて夢をかなえ、はぁちゃんは競技を去った。
それでも夢にしがみつけば、順当に次のチャンスが巡ってきたのかもしれない。
だが、それまで彼は
緊張の糸がぷつんと切れてしまうと、その糸の端と端は遠くに離れ、二度と結びなおすことができなくなってしまったのだった。
この苦すぎる
夢はかなわなかったが、夢をかなえるためにしてきた努力は、彼に新しい趣味と楽しみを与えてくれた。
一か月くらい後、やつか駅前に
彼は今日も、やつか町最速の男として、フードデリバリーの仕事に専念している。
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