第16話 相模くん、意に添わないものを飼うの巻


 マメタは宿毛すくもさんちのかまめし際限さいげんなく食らうちゃいろい毛玉である。



 いかに妖怪といえど、元々は山にすむタヌキであるので、そのへんの幼児ひとりぶんくらいは食うのである。しかも遠慮容赦えんりょようしゃなしに仲間も連れてくる。

 そんでもって頼みのつなである宿毛さんは正規雇用ではない。

 怪異退治組合との関係は業務委託契約となっており、働けば働くほど収入が増えるけど働かないと一文も入ってこないタイプの、要するに自営業みたいなもんである。

 もちろんマメタは働きものなので、宿毛さんを助けるべく努力はおこたらない。

 今朝もピピピピピとうるさく泣きわめき、安眠を妨害せんとする四角い板を、するどい前あしの一撃でだまらせたばかりである。

 宿毛さんには怒られたが、たいへんリフジンな怒りだとおもう。

 今日、宿毛さんは三件もおしごとが入っていた。

 マメタはお手伝いを申し出た。

 どのような危険なおしごとでも立派にやりおおせてみせるつもりだ。

 宿毛さんはちょっとだけ嫌そうな顔をして、マメタをダッシュボードに乗せて怪異退治組合の事務所に連れて行った。


 そしてやる気満々のマメタをぽっと事務員の相模さがみくんに押しつけて去って行ったのである!


 なんたるひどう!!

 なんたるくつじょく!!


 相模くんは会う度にチュールをくれる心優しく気がきいた青年ではあるのだが、マメタのおなかのにおいをかいだりするのでなんかちょっと苦手なのである!!





 相模くんは事務所のデジタル一眼レフを構え、マメタが最近おぼえた『かっこいいポーズ』をりまくっていた。

 どんなポーズを撮っても、きわめて短い手足であるので、あまり変わりばえはしない。

 だが相模くんは大喜びだ。


「か、かぁわいい~~~~! マメタくんすっごくかわいいよ! これ、後でやつか支部のSNSにアップさせてね!」


 撮影が終わったマメタには、大量の紙書類をシュレッダーに延々かけていくというお仕事が待っている。

 自分よりはるかに大きなA4サイズの書類を抱えて、マメタ自身が巻き込まれて粉砕ふんさいされないよう細心の注意を払いながらそおっとそおっとシュレッダーの上をチョロチョロするマメタを、相模くんは仕事そっちのけで見守っていた。


「そんな毛玉の何がいいのかねぇ……」


 七尾ななお支部長は扇子せんすをパタパタさせながら、将棋雑誌を読んでいる。

 ちなみに今日の句は『逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし』だ。


嫉妬しっとですか、支部長。かわいいじゃないですか、マメタくん。ちっちゃくてフワフワで。僕も飼おうかなぁ、豆狸まめだぬき。今週末の、豆狸の飼い方講座、受講しちゃおうかなあ」

「君らねぇ、一応言っておくけど、それも怪異だからねぇ。怪異退治組合の名が泣くよ。宿毛も宿毛だよ。うちは保育所じゃねえんだっての」

「支部長は怪異との共存派だって聞きましたよ。それにホラ、この間の現場がめちゃくちゃ怖かったじゃないですかぁ」


 相模くんが言っているのは支部長の留守中に起きた『転売ヤー』河内正かわちただしの件だ。

 本来なら事務職である相模くんが現場に出ることはないのだが、魔女にたぶらかされて現場に居合わせることになったという報告を聞いている。


「あの件は僕も悪いんですけど、でも、あれから気づいちゃったんですよね……。やつか町で一人暮らしするの、リスク高いかもな……って……。強盗におそわれたり、具合が悪くなって部屋で倒れてても誰も気づいてもらえないかもしれないじゃないですか」

「それは怪異関係なく日本中どこでもそうだけどね」

「その点、マメタくんみたいなしゃべれるペットがいたら安心じゃないですかぁ」


 支部長はかさねて文句を言おうとして、ふいに目を細めた。

 相模くんは軽薄けいはくで調子のいいところはあるが、薄給はっきゅうにも文句を言わず、地味な職場で働いてくれているいい子ではある。

 ハードな怪異の現場に出くわして、普通だったらめると言い出してもおかしくないのだ。

 

「しょうがないねぇ。宿毛んちの豆狸はなんだかんだで飼い主がみつかってハケちまったから、お前さんにあうようなのを見つけてきてやるよ」

「本当ですか、支部長。アパートで飼えるような、小さくてかわいい子ですからね」

「わかったわかった。マメタみたいなちいせえやつだな。ちゃんと世話するんだぞ」


 相模くんは喜んだ。

 まだ見ぬ友達に会えると信じて。

 支部長も、手放しで喜ぶ相模くんを、孫を見るような目で見ていた。

 このとき、二人は幸福であった。

 お互いウィンウィンであった。

 二人の間には海よりも深く山よりも高いへだたりが横たわってることに、このときはまだ気がつきようがなかったのだ。


 一週間後、支部長は、民間からの通報で保護した怪異を一匹、連れてきた。


 負傷して弱っていたその怪異は、かねてから怪異と暮らすことを望んでいた相模くんの手元に渡った。


 それからさらに一週間後。

 相模君の献身的な看病によって元気を取り戻したこの小規模な怪異は、事務所にマメタを預けに来た宿毛湊とマメタの前に立ちはだかった。


 それは確かに小さく、アパートで飼うのに適していた。


 だが、マメタとは何もかもがちがう。

 フサフサの毛は一切生えておらず、肌色のツルツルの皮膚で全身が覆われていた。かろうじて頭部には黒い毛が生えているが、まばらだ。

 二足歩行をし、全身がだらしなくたるんでいて腹が出ている。

 顔はよくわからない。たぬきのお面をかぶっているからだ。


「…………何故、小さなおじさんなんだ?」


 宿毛湊はたずねた。それはどう見ても小さなおじさんだった。 


「支部長が…………小さくてかわいいからって……………」

「そうか……。このお面は……?」

「かわいくなるかなと思って……」


 相模くんはつらそうだ。

 なんとなく事情を察した狩人は言葉を飲み込んだ。

 支部長は、もう孫がいてもおかしくない年である。

 若い人間とは感性が違う。

 細かいことがどうでもよくなってきていて、小さければなんでもかわいいと思っているフシがある。


 マメタは突然現れた小さなおじさんを警戒し、毛を逆立てていた。


 小さなおじさんと怒れるマメタはがっぷり四つに組み合って、もつれあい、ゴロゴロ転げてカウンターの向こうへと落ちて行った。

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