第14話 爆走フードデリバリーVSロケット系迷惑動画配信者 (上)


 魔法工学という研究分野がある。


 ある、というか、あった。

 まだ『まじゅけん!』や後発の『スクラッチ・マジック』などなど現代魔法を描いた漫画作品が世間を賑わしていた頃の話だ。

 科学的には未知の領域である魔法と、工学をくっつけたら、なんだか華やかだし先進的な研究をしてるような感じもあるし、イイ感じなんじゃないかと思った調子のいい奴が提唱し、何か金になりそうなものがあるぞと経済界が反応いっちょがみし、それならばと国が普段は重過ぎるくらいの腰をヒョイと上げ、産官学連携という御旗をブンブン振りかざして若手研究者や学生を手当たりしだいに集め、この学問の異世界召喚キメラみたいな研究領域に送りこんでいった。

 しかし四年か五年くらいすると、魔法と工学の組み合わせが最悪であることがわかってきた。

 というか、ほとんどの科学分野に対して魔法は無力であった。

 たしかに魔法は物理法則を凌駕りょうがするが、それがどれくらい保たれるかは術者しだいである。

 端的に言って再現性が無いのだ。

 術者の気分が悪ければ不発に終わるし、調子が良すぎると暴発しかねない。

 一度は観測されたかに見えた現象がとんでもない幻で二度と起きないこともままあった。

 それを工学分野に生かすのはほぼ不可能だ。

 いつ爆発するかわからない魔法電池や、打ち上げられたが最後、異次元に消失するかもしれない魔法ロケットのために予算を組むバカがどこにいるだろうか。

 いるわけがない。

 今となっては、こういう学問キメラは医療分野にだけ、わずかに望みを残すばかりだ。

 それにしてもあわれなのは愚かな大人たちによって集められた学生たちだった。

 彼らは意気揚々と大学の門をくぐり、昼夜の別なく教授たちの研究活動の下働きをして、四年もかけて科学者としても魔法使いとしても中途半端すぎる存在になり、社会に放出されたのである。



 そのうちのひとり堀江進二ほりえしんじは、大学卒業後、動画配信者になった。



 彼は動画配信サイトYuuTubeユーチューブで『ホリシンの魔法工学で遊ぼう!』というチャンネルを運営している。

 はじめは魔法工学を応用し、家庭でできる簡単な工作作品を紹介する動画を配信していたのだが、どれだけ動画を上げても再生数は最大で200回と低迷していた。

 魔法を使う時点で簡単ではない、というコメントがついた。まあ確かに。

 四苦八苦しくはっくするうちに、ヤケクソになってジェットパックを手作りし、それを背負ってピンポンダッシュをするという動画をアップした。

 チャイムを鳴らした家の人間が出てきたところで、進二がジェットパックを起動し空に飛び立っていくというしょうもない動画だ。

 もはや魔法工学はみじんも関係ない動画だった。

 しかし、それが各種SNSで拡散されて、爆発的にヒットした。

 今ではホリシンといえば迷惑系ユーチューバーの代表格として扱われている。

 ホリシンは思った。


 この路線ろせんでいこう――。


 彼もかつては夢にあふれた若者だった。

 だが、彼が愛した魔法工学は、もはや学問とは見なされていない。

 誰からも見捨てられた哀れな学問分野に再び光を当てるためには、手段は選べないのだ。

 そう思い詰めた彼はなけなしの貯金を使い次の企画を用意した。

 今日は記念すべき新企画の発表日だ。


「どもどもホリシンの魔法工学で遊ぼ! にようこそ~! みんなハッピーマジックハッピー工学! え~~、今日はですね! そろそろピンポンダッシュ企画も飽きてきたと思うんで、新しい企画をはじめようかなと思います。実は、この録画をはじめる前に、ムーバーイーツの配達を頼んでまーす。そろそろ来るかな!? ワクワク~!」


 ピンポーン、とチャイムが鳴る。


「来た~!」


 カメラの影で、とくべつ楽しくもないのに気が狂ってるんじゃないかと思うほどに明るく振舞う屈辱くつじょくみしめる。

 そして「今に見ておれ!」とばかりに彼は、操縦席に取りつけられたレバーを引いた。


 見ててくれ。

 かつて魔法工学の道を共に進み、大した産業もない地元に帰っていった戦友ともたちよ!


 ホリシン……出ます!

 

 反応がなく、不審に思った配達員がもう一度チャイムを鳴らそうとする。

 その指がスイッチに届く直前。



 シュゴオオオオオオオオオオオ!!



 取り付けられた四基のロケット魔法工学エンジンが起動し、ブースターが魔力の火をく。

 うなりを上げて、ホリシンが暮らすマンションの一室が『発射』された。

 次元に干渉する魔法によって部屋そのものがマンションから切り離され、夜のやつかの空へと飛び立っていく。



 ゴオオオオオオオ!!

 オオオオオオオオオオオオン!!



 大音声を上げながら、マンションの部屋が飛び去っていく。

 共用廊下にぽつねんと取り残されたムーバーイーツの配達員は、ホカホカのロコモコ丼を手にしたまま、途方に暮れていた。





 時刻は七時半くらいだろうか。

 諫早いさはやさくらと宿毛湊すくもみなとはお好み焼きを食べに来ていた。

 お好み焼き『幻月げんげつ』は田んぼの真ん中にある、油と歴史が染みこんだ隠れた名店である。


「ダブルカウントを教えて」


 さくらは素直にそう言った。

 宿毛湊すくもみなとはめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。

 店に呼び出したのはさくらであった。『転売ヤー滅殺呪文』の件の打ち上げという話だったが、そのためにわざわざ表に出て来るような女ではない。

 それに、一番、労わってあげなければならないはずの相模さがみくんが呼ばれていない。

 何か裏があるとはわかっていたが……。

 さくらはテーブルに両手を突いた。


「もちろん、ここは私のおごりよ。スーパーデラックスミックス焼きも頼んでいい! 恥ずかしながら、私にとって米国式を習得できなかったことは、この人生唯一の汚点なのよ。挽回ばんかいのチャンスをちょうだい!」

「…………米国式ができなくても、人生の大半に支障はない。本職の魔法使いは他の最新メソッドを使うし、競技魔術のカウントルールも撤廃てっぱいされたから、いよいよ使い道がない技術だ」

「使い道とかそういうのはどうでもいいことよ。あなたは家に出たゴキブリを見てみぬふりしたまま同居生活を送れるっていうの?」

「ゴキブリと同じようなものだと思ってる技術を身に着けることに抵抗感を感じないのか? 半分焼けたぞ」


 二人はほぼ同じタイミングでお好み焼きをひっくり返した。

 宿毛湊のミックス焼きがきれいに着地したのに対し、諫早さくらのイカチーズ焼きはキャベツを四方八方に散らした。

 そのとき、個室の暖簾のれんをくぐってアルバイト店員が顔を出した。


「スクモサーン、どもどもコンバンハ!」


 台湾から来た留学生のリーさんである。

 小柄ながら筋肉質、肌を小麦色に焼いていて、やたら明るく、本当に台湾からの留学生なのか疑問に思われている人物だ。


「今日もスクモサンのお好み焼きさばきは天才的だネ! ビューティホー! ウットリ見とれちゃうヨ!」


 リーさんは湊の焼いたお好み焼きを、これでもかとめちぎったあと、宿毛の肩に軽くタッチした。

 さくらはリーさんをにらみつける。


「ねえ、ちょっと。私のお好み焼きは褒めてくれないの?」

「ンー…………オコノミ…………ヤキ…………? リーさん日本語チョットむずかしむずかし。わかんないですね」

「いやいやさっきまでわかってたし! それにお好み焼き屋の店員がお好み焼きわからないことってあるか!?」


 リーさんは絶妙に腹が立つアヒル口で首を傾げてみせる。

 その後もリーさんはちょくちょく暖簾のれんのこちら側にやってきて、宿毛湊が焼いた目玉焼きをほめたりした。

 そして、さくらのことはまるで見えてないみたいに無視した。

 その度にさくらとリーさんの間に目には見えない火花が散った。

 何を燃料にしてはじけてるのかまったくわからない、謎の火花であった。

 それはそうとして二人はたらふくお好み焼きや焼きそばを食べて、会計を済まし、外に出た。

 そのときだった。


 駐車場に出ようとした二人の前を、轟音ごうおんを立てて立方体が駆け抜けていった。


 豆腐みたいな形をした白いコンクリートブロックだ。

 大きさはマンションかアパートの一室くらいはあるだろう。それにロケットブースターがついたもの、と言ったらわかってもらえるだろうか。

 たぶん、誰にもわかってもらえないと思う。

 でもそういうものが目の前を飛んでいき、幻月の看板やめてあった自転車を吹き飛ばしていったのは、間違いない事実である。

 途方に暮れる二人の元に、高速で近づく別の人物がいた。


「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」


 四角いバッグを背負い、滝のような汗を流しながら自転車をいでいる。

 その本格的過ぎるスタイルには見覚えがあった。


「はぁちゃんだ……!」


 以前、警察と協力し注意しに行った、ムーバーイーツの爆走配達パートナーである。


「お客様アーッ! 商品のお届けですぅうううううううううううッ!!」


 はぁちゃんは宿毛の存在に全く気がつかない様子で、ロケットマンションを追いかけていく。

 異常事態だ。

 どんな異常かはわからないが、放置すればとんでもないことになることだけが明らかだ。


「魔女、運転できるか?」

「魔女が運転できるのはホウキだけよ……」


 呆然とする二人を、うしろからヘッドライトのするどいい光が照らす。


「スクモサンのためなら、リーさん何でもやっちゃうヨ! V6エンジンでロマンチック振り切って、警察ポリスも手が届かない二人だけの国ネヴァーランドにレッツエンジョイネ!」


 幻月の駐車場に停まった真っ赤なフェラーリの前に、鍵を握ったリーさんが立っていた。


「悪いことは言わないから、あいつとは距離を置いたほうがいいわよ、宿毛湊」


 さくらが言う。

 何を言われてるのかわからないらしく、宿毛湊は本気で首を傾げていた。

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