第12話 殺せ! 転売ヤー! (下)


 全日本魔術連盟の公式ホームページに、宿毛湊すくもみなとの高校時代の写真が掲載されていた。

 かなり古い記事だが『史上初、夏の公式大会で十倍詠唱ディカプルカウント成功』の大見出しの下に競技中の写真が貼りつけられている。

 テーブルにはヒモの先に重りをつけた振り子が並んだ装置が二つ置かれていて、その前に制服姿の宿毛湊が無表情で座っている。

 隣に対戦相手と思しき少女がいるが、その場に突っ伏したまま号泣ごうきゅうしているのが生々しい。


「うっわ、マジもんだわ……」


 相模さがみくんのスマートフォンに表示された記事を眺めながら、さくらは吐きそうな顔をしていた。


「うわあ、宿毛さん、わかい。これなんなんです?」


 さくらの負の感情には気がつかない様子で、相模くんが無邪気に訊ねる。


「あのね、相模くん。ちょっと前の競技魔術には多重詠唱カウントルールってのがあったの。試合で勝敗がつかなくて判定にもつれこんだら、お互い同じ呪文をどれだけかけ続けられるかで勝敗を決めるのよ」

「僕、そっち方面はさっぱりで……それって普通、何回くらいできるものなんですか?」

「精神負荷が高いテクだからね。本戦に進むような、よっぽど優秀な奴でも四重詠唱クアドラプルまでかな。それも百発百中とはいかないし、五重詠唱クインティプルが成功したら、会場は拍手喝采はくしゅかっさい、大歓声の大盛り上がりね」

「へえ。じゃあ、宿毛さんめちゃくちゃすごいんじゃないですか」


 いまだにガラケーユーザーでスマートフォンを持たないさくらのために、わざわざ一階から三階まで上がってきた相模くんだが、美女と密着して一緒にひとつの画面をのぞき込むというシチュエーションにドキドキしていて不満を感じてはいないようだ。

 リビングでは、ロボットの体になってしまった河内正が項垂うなだれていた。

 そばには宿毛湊が付き添っている。


「だれも……俺のことを欠片も心配していない……」


 ただしは涙を流した。だが、流れた涙をぬぐてのひらは、もう存在しない。

 そこにあるのはロボットをしたプラスチックの両腕で、頬をつたう涙をぬぐうほどの可動域がないのだ。


「何があったか話してくれ」

 

 河内正は涙ながらにこういう体になってしまった経緯を語った。


「何があったかなんかわかるわけないじゃないですか。突然、知らない男たちがやってきて、俺の体をどこかに出荷してしまったんですよ」


 見知らぬ男たちは失った体のかわりに、プラモデルでできた肉体を正に与えた。

 リビングには『機動戦士G・バイヤー』と書かれたでかい箱が置かれていた。

 箱の中には組み立て説明書とG・バイヤーの詳しいプロフィールが同梱どうこんされていた。

 武装はミサイルランチャーの他、自律型の飛翔武器であるバイヤービットが付属するらしい。

 ちなみに、母艦はメル・カーリーで、これは別売りだそうだ。


「あなた、その体も出品されてるわよ」


 さくらが正に相模くんのスマートフォンの画面を見せる。

 フリマサービス、メムカリにずらりと並んだ商品の中に『機動戦士G・バイヤー』があった。出品者は河内正のアカウントになっている。


「元の体も売約済みになってるわ。そのプラモデルの体も売れたら、後には何も残らないってわけね」

「なんでこんなことに……」

「呪いの一種よ。お気の毒さま。あなた誰かのうらみを買っちゃったのよ」

「う、恨み……?」


 正は救いを求めるように宿毛湊を見あげた。

 しかし、狩人も、魔女と同じ意見のようだ。


「やり口からして腕のいい魔法使いか魔女のしわざだろうが、こんなふうに人間の肉体を手に入れたとしても、現代ではあまり使い道がない。君を苦しませるのが目的だろう。なにしろ職業が職業だからな」

「転売って……そんなに悪いですかね……!? これは立派なビジネスなんですよ。法律にだって違反してない!」

「善悪を判断するのは俺たちの仕事ではない。だが、誰かが君を恨み、憎しみを向けることも法律では止められない」


 そのとき、インターホンが鳴った。

 狩人と魔女の瞳がほぼ同時に玄関をにらんだ。


「…………僕、出ましょうか?」


 相模くんが気をきかせて申し出るが、ふたりの緊張はけない。


「駄目よ、絶対ダメ」

「無視しろ。警察はこちらから連絡しない限り入ってこないことになってる」


 呼び出し音が繰り返し鳴る。

 そのうちに、玄関ドアの向こうから声が聞こえた。


「河内さーん! 宅配便でーす!」

「河内さん! 出荷の時間ですよ。頭を取りに来ました!」

「河内さん! 凄いプレミアですよ。売っちゃいましょう!」

「河内さぁん! 頭、頭ーっ! あんたら、金のためならなんでも売るんだろう! じゃあアンタの頭を売ってくれよーっ!」


 複数の人物が激しくドアを叩き、ノブを掴んでガチャガチャとさぶっている。


「ひっ……」


 正はのけ反って後退しようとするが、どこにも逃げるところなどないことはわかりきっている。


「魔女、ここに結界を張ってあいつらを弾き出せるか?」

「そりゃできるけど、ずっと結界張ってなきゃ意味ないもの。顧問契約料をもらうわよ。最低でも月額で五十万はもらう」


 魔女の強気な交渉に、正は悲鳴を上げた。


「月額……? 年間じゃなくて!? 高すぎる!」

「専門職をひとり雇うと思ったら、安いほうよ」

「人命がかかってるんですよ!?」

「あんたね。あんたは転売で稼いでるのに、なんで私がただ働きなのよ。世間の恨みを買う商売なんて他にいくらでもあるけど、皆ちゃんとした魔女や魔法使いに顧問料を払って身を守ってるの。そういうコストを払わないで、上前だけはねようって魂胆こんたんだからこんなことになってるんでしょ。それでいいわよね、狩人」


 さくらは湊に目配せをする。

 狩人は不服そうだが、頷いた。

 組合の狩人も、連盟から派遣された魔女も、警察のように市民を守る義務があるわけではない。有償ではあるが、あくまでもボランティアのようなものだ。

 どこまでやるかは個人の責任感と裁量に任されている。


「河内さん。今ここで魔女と契約を結ぶか、転売をやめるか決めてくれ」

「怪異を退治してくれるんじゃないんですか!」

「努力はするが、できるかどうかは別の話だ。これは魔法によって引き起こされている現象で、防ぐためには元凶の魔法使いを説得するしかない」

「警察に逮捕されても獄中で魔法を使い続けて呪い殺した魔法使いとか、海外じゃふつうにいるわよ」


 さくらが嫌な情報を足す。


「ほかに確実な方法はない。相手の魔法使いを殺せば魔法も止まるが、ここは現代日本だ。そんなことをすればこちらも罪に問われる」

「だけど……俺、社会に出てもやってけなくて……みんなに馴染めなくて……これ以外に稼ぐ方法がなくて……」

「あたし、中学のときから不登校だし今も引きこもりだけど、りっぱに魔女やってるわ。あなたも資格とってこの業界にきたら?」

「転売ヤーに親でも殺されたのか、あんたは」

「そうだとしても反省しそうにないじゃない」


 玄関ドアの外にいる男たちは、引きった笑い声を上げている。

 ドアを叩く力もますます激しくなる。

 爆音と共に叩かれた扉がゆがむのが内側からでもわかった。

 インターホンのモニターには、満面の笑みを浮かべた男たちがはっきりとうつってる。

 標的になった正と同じくらい青い顔をして震えている相模くんを腕の中に引き寄せ、湊は空中を三つの黄金の線で切った。

 ドアは激しく変形し、今にも留め金がはじけ飛びそうだ。


「やめます。転売、やめます……」


 ダンボールで埋め尽くされたリビングに、河内正のすすり泣く声が響いていた。





 『転売ヤー滅殺呪文』というのが発見された。


 フリマサービスのメッセージ機能を介して無差別に送られてくる感染型の呪術で、受け取った人間が転売行為に手を染めたことを感知して攻撃する。

 攻撃を受けると河内正のように、肉体をバラバラにされて全身を玩具に変換されてしまうという恐ろしいものだ。

 死にはしないものの、バラバラにされて発送された肉体を集めなければ元に戻れず、その間の意識もはっきりしているため、被害者が受ける精神の苦痛ははかり知れない。

 厄介かつ極めて悪質な呪文だ。

 この呪文が保存されていたのは、病院の小児病棟に置かれた共用パソコンだった。

 警察の捜査によってそこから呪文製作者が特定された。

 犯人は病棟に入院していた患者の両親で、クリスマスプレゼントに贈るはずだった品物が転売屋に買い占められたことを恨みに思って、このようなものを作り上げてしまったようだ。

 彼らはその呪文を作っただけで使用まではしなかったようだが、呪文を発見した複数の魔女や魔法使いがインターネットを通じて面白半分に拡散したことがわかっている。


 河内正の体は、北は北海道、南は奄美大島あまみおおしまと、日本全国に発送されていた。

 すべてを回収し、元の体に戻れるまでに一か月を要した。

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