第4話 爆走フードデリバリー
怪異退治組合やつか支部の支部長は、
銀縁メガネにプラチナブロンド(白髪)のナイスミドル(自称)で、若い頃、国民的な人気を誇る有名ドキュメンタリー番組『白熱大陸』に密着取材を受けたことを自慢にしている。
なお、このときのビデオは、忘年会や新年会やその他もろもろでくり返し上映会が行われ、若者の狩人離れを深刻化させる一因とみられている。
そんなお調子ものの七尾支部長だが、組合きっての実力者であることはまちがいない。
そして、やつか支部は七尾支部長の代から組合と公共機関との連携を何よりも大事にしてきた。
だからこそ町で怪異事件が発生すれば、速やかに組合に連絡が来るようになっているのだ。
この日も事務所として使っているプレハブの建物に、七尾支部長の笑い声が響いていた。
「わーっはっはっは、お久しぶりですなあ、署長殿! え? とっくの昔に引退した? いいんですよ、あんたくらい立派な男がそんな小さいことを仰ってまぁ、えぇ? お気になさるな! わっはっはっは!」
なんの話かはわからないが、機嫌がよさそうなのはたしかだ。
七尾さんは受話器に向かってつばを飛ばしながら、お気に入りの
扇子の表には『わが庵は都のたつみしかぞすむ 世をうぢ山と人はいふなり』という百人一首の句が
「それで? なんの用件ですって? ムー……バー……ムーバーイーツ? なんですか、そりゃ。そんなのがあるんですか。へえ。そうですか。ハイハイハイ。ふうん……。おい、
「は、はいっ……ええと、今すぐですか……」
昔
大慌てでスケジュール帳をひっくり返した相模事務員だったが、その直後に支部長が「やっぱりいいや」と意見をひるがえしたので、もう一度ひっくり返りそうになった。
「
「そんな。支部長、勝手に困りますよ。ちゃんと予定を確認して、連絡してから折り返さないと。ええと、宿毛さん、宿毛さんの予定は……!」
「大丈夫大丈夫!」
大丈夫だということになった。
*
ムーバーイーツの宅配員にめちゃくちゃ速いやつがいる。
そんな噂が町に広まっているらしい。
今
長らくサービスの対象地域外だったやつか町でも需要が増えたため、去年の秋ごろから利用できるようになった。
その頃から、異常な速度で商品を配達する配達パートナーが出現するという噂が囁かれはじめた。
ある主婦によると、専用アプリで商品を注文し、届くまでにお気に入りの時代劇を見ることにしたのだが、その冒頭部分でのお決まりのやり取り――おっとり
作り置きの団子よりも速く届いたのだ。
時間にして、十五分くらいのことではないか。
調理時間を除いたら、ほんの数分である。
カップラーメンじゃないんだから、と主婦は語った。
ほかにもやつか駅前でタクシーに乗りこんだサラリーマンが、どうしても食べたくなって駅前にあるハンバーガーショップの商品を注文した。
それくらいなら駅前にもどって自分で買って帰ればいいものを、タクシー料金がもったいないばかりにわざわざ配達員を呼び出すなんて悪いことしちゃったなあ、などと思いながら帰宅したら、自宅前ですでに配達員が待ち構えていた。
噂は様々に広がり、小学生の集団がムーバーイーツ専用宅配バッグを背負った自転車のオジサンがフェラーリと並走しているのを見たとか、むしろフェラーリには制限速度があるので追い抜いたとか、あまりに速すぎて配達員追跡サービスが故障して機能しなくなったとか色々言われていて、最終的には『新種の怪異なんじゃないか』ということになり、怪異退治組合に連絡が行くことになったのだった。
確かに『やたらと速い妖怪』というのは昔から広く人口に
やつか町に出没する『
七尾支部長じきじきの推薦によって派遣された
ムーバーイーツではトラブル防止のため配達員を選ぶことができない。
なので、ムーバーイーツの注文が多いハンバーガーショップの完全協力のもと『はぁちゃん』を待ち構えることになった。
広場のベンチに座り、てりやきバーガーを食べながら待っていると、段々と日が
駅前は帰り道を急ぐ人々が増え、
それに伴い、特徴的な四角い配達バッグを背負った若者が駅前やアーケードをうろうろしはじめる。
時刻としては、いわゆる
現代妖怪たちも、真昼間の明るい時間帯より薄暗いほうが姿を現しやすく、夜間にかけて活発になる。
狩人はストロベリーシェイクをすすりながら、いっそう気を引き締め直した。
そのとき『はぁちゃん』らしき人物が視界に現れた。
ある宅配パートナーが大通りから、駅前広場にトップスピードで入ってくる。
容姿はわからないため、それが『はぁちゃん』である確証はないのだが、まず音が他の配達員とちがう。ひうんっと、F1カーが通り抜けるような音がして、続いて、風圧が周囲の人間を襲い、スカートや髪の毛を巻き上げていく。
その走りには異常な迫力がある。
狩人は、一応、『スロウ』の呪文を用意していたのだが、とてもじゃないがかける暇がなかった。金色の光がキラキラ指先からこぼれ落ちていく。
三文字の呪文より『はぁちゃん』のほうが圧倒的に速いのだ。
目標のハンバーガーショップを数十メートルはオーバーランして、彼はようやく立ち止まる。そしてヘルメットを脱ぎ、玉のように輝く汗の粒をこぼしながら、爽やかな笑みをみせた。
まるで自転車レースを走り抜け、快勝を
年齢は四十五歳くらいだろうか。
プロの自転車レーサーのようなスーツに包まれたその体に、空気抵抗を発生させるような無駄なものは一切ない。足も体も
「あの、少しお時間よろしいでしょうか」
狩人は呪文をあきらめ、普通に狩人免許を見せた。
「はい、なんでしょう!」
「あなたは妖怪、あるいは怪異か何かですか?」
率直に訊ねると、『はぁちゃん』はポカンとした表情を浮かべた。
狩人がやつか町で『爆走フードデリバリー』という噂が広まり、都市伝説化しかけているという事情を説明すると、彼は大きな声を立てて笑いだした。
「いいえ、私はただ、体を鍛えるのが好きなだけなんですよ!」
『はぁちゃん』はそう言って、スマートフォンで撮影した自宅のトレーニング設備を見せた。彼の家の中には、一流のスポーツジムもかくやというほどのトレーニングマシンがところ狭しと並んでいる。『はぁちゃん』は自らの努力で体を鍛え上げており、マシンのローンを払うためにムーバーイーツで働いているのだと説明した。
最近はトレーニングの成果によって自転車をこぐスピードがグングン上がっていくのがうれしくて、ますます体磨きに力を入れているらしい。
「そうですか。でも一応」
狩人は断ってから『はぁちゃん』の体に触り、脈をとったり、鏡にちゃんと映るかどうかチェックし、カメラで撮影したり、指の隙間から覗いてみたりもした。
だが、『はぁちゃん』が現代妖怪であることを示す兆候はどこにもみられなかった。
「ねっ。僕はちゃんとした人間でしょう!」
「そのようです。人間がしたことが、いつの間にか妖怪のせいだという無責任な噂になり、広まってしまうことはよくあることです。ご協力感謝します」
ということで、『爆走フードデリバリー』は人間だということになった。
「それじゃ、僕は配達に戻ります」
「待ってください。むしろ、貴方が人間だというほうが問題です」
「というと?」
狩人が手招きすると、スピードメーターを手にした若い警察官のふたり組がニコニコしながら『はぁちゃん』と狩人のところにやってきた。
「お兄さん、近くで見てたけど、時速100キロは出ていたよね」
「駅前広場は自転車の侵入禁止区域だって知ってましたか?」
現代妖怪や怪異のしわざということではないのなら、現実的に、人通りの多い街中を自転車が高速で走っているのは危険である――。『はぁちゃん』は警察官から、交通ルールを守り、安全に走行するよう厳重注意を受けた。
もちろん交通ルールを守らない配達員に注意喚起を行うことは前々から決まっていたのだが、もしも妖怪の類だったら危険なので、その前に一応、狩人のチェックが入ったというわけである。
狩人の仕事には、こんなのもよくある。
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