第3話 変わること、変わらないこと

「よろしく」

「あっ、よろしく……」


 これが近岡と私の、最初の会話。私たちは中学校で出会った。私が入学して初めて話したのは、隣の席の男子だった。

 近岡は、あのときの私について「この子、人見知りなんだろうな」と思ったらしい。大正解。

 出席番号が近い私たちは同じ班になるなど、共に行動する機会が多かった。


「ひとみ、おはよう」

「おはよ近岡」


 優しい近岡は、いつも私と話してくれた。近岡が声をかけてくれるのが嬉しかった私は、すぐ彼に心を開いていた。お互いに違う友達ができても、席替えしてしまっても、それでも私たちは変わらなかった。

 でも、変わったこともある。


「背、伸びた?」

「ふふ、そうみたいだ」


 中二の二学期には、もう近岡と私の身長差は大きくなっていた。お互いの体つきが男らしく、女らしく成長していく。それを思い知らされたのが部活だった。


「部活、何にするか決めた?」

「うん。柔道部」

「あ、おれも!」


 これは入学してから約一ヶ月後の会話。

 人間関係……特に女子のいざこざがしんどい私は、少人数で男子しかいない柔道部を希望した。案の定、部員の少ない柔道部は気が楽だった。女子は私以外にいなかったけれど、大変なこともあったけれど、近岡以外もみんな良い人で安心した。

 私は男子に混ざって練習していた。入部当初は体格差がなかったことから、よく近岡と組んだ。


「ひとみ、勝負しようぜ」

「うん」


 近岡と戦うことも多かった。最初は私が勝つこともあったのに、いつの間にか全然勝てなくなってしまった。やっぱり男と女。それに近岡は空手もやっている。これだけ鍛えられている男に、勝てなくなる日が来ることは覚悟していた。

 それでも、淋しさと悔しさは完全に消えなくて。ある日の校内試合で、一本負けした後につい泣いてしまった。


「ひとみ……」

「っ!」


 誰にも見られないように泣いたのに、見つかってしまった。よりによって、一番見られたくない相手に。

 どうしよう。

 かっこ悪い。

 後悔と羞恥が、一気に押し寄せても涙は止まらない。どうしたら良いか分からず下を向くと、


「ごめん。おれ、いつもムキになって……」


 近岡が私の頭を優しく撫でながら、謝ってきた。驚いて顔を上げると、私に勝った近岡は全然嬉しそうではなかった。


「っ……!」


 ますます涙が流れると、ふんわりと包み込まれてしまった。さっきは私に力強く掴みかかってきた二の腕が、優しくなっている。

 日に日に強くなっていく男らしさと、相変わらずの優しさに私は泣かされた。


「いつかまた、私が勝つから」

「……うん」


 私たちは笑い合った。あれから近岡に勝つことはなかったけれど、私が柔道で負けて泣いたのはあのときだけ。

 変わること、変わらないこと。

 近岡のそれらは、どちらも私を刺激させた。

 変わること、変わらないこと……。

 私たちの関係は、どちらが良いのか。

 そして変わらないことといえば、いつも近岡の側にいる女子が変わっていない。

 

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