終 草 アドニス 永久の幸福
【 心臓麻痺 】
22
「シャーン、シャーン・・・」
庭のどこかからグリンバゼルトが妹を呼ぶ声が聞こえる。そして、そのあとに笑い声が続く。笑い声は二人の男の子、グリンバゼルトとアラネルトレーネ、どうやら二人はシャインルリハギを
と、シャインルリハギの泣き声が聞こえ、グリンバゼルトが
「何かあったのかしら?」
ただ、様子を見に来た、などとは言わず、アラネルトレーネをグリンバゼルトの遊び相手として連れてきた、としか言っていない。ビルセゼルトに頼まれて、など口が裂けても言えるものではない。
シャインルリハギが生まれ、ビルセゼルトがリリミゾハギと別れてから、4年の月日が流れている。その間、アウトレネルは時間を見つけてはリリミゾハギを訪ねていた。ビルセゼルトから、気にかけてやって欲しいと言われているからだ。
リリミゾハギが住んでいたビルセゼルトの別荘は、今やリリミゾハギの所有となっている。
ビルセゼルトは屋敷以外にも、いずれシャインルリハギに相続させることを条件に、所領の一部をリリミゾハギに贈っていた。
また、グリンバゼルトを承継子と定め、自分の権利の全てをグリンバゼルトが相続するよう手配した。
その手続きをしたのがアウトレネルだった。街の魔導士であるアウトレネルはそういった手続きに精通していたこともあったし、ビルセゼルトとも親しく、信用できる相手だったのだ。
一連の手続きが完了するころ、ビルセゼルトの妻ジョゼシラが出産している。生まれた子は女の子でジゼェーラと名付けられた。
生まれた時からジゼェーラの体は光に取り巻かれていたという。その力の強さから、ビルセゼルトはジゼェーラの力を封印したらしい。
そして母親である南の魔女ジョゼシラと引き離され、噂ではビルセゼルトが校長を勤める魔導士学校で育てられているとのことだ。
ジゼェーラが生まれて
その傷跡をビルセゼルトは消すこともせず、そのままにしている。その傷を目にすることで、軽々しく攻撃してはいけないとジョゼシラに思い留まらせるためだと噂されたが真相は当時者しか知らない。
「アドニスが・・・」
リリミゾハギがそっと
「アドニス?」
「えぇ、この時期に咲いているなんて珍しい」
「へぇ・・・本来なら、いつごろ咲く花?」
花になど、まったく興味のないアウトレネルが、何とか話について行こうと質問する。
「冬の終わりに咲く花・・・雪に包まれて咲く花、春はもうすぐだと告げる花」
リリミゾハギが遠くを見るような目をしてそう答える。
あの人も雪のようだった。何度も抱いてくれたのに、一度も愛しているとは言ってくれなかった。冷たくて、暖かくて、炎のように熱くて・・・
もう会えないと言われたあの日、あなたは子どもたちを愛していると言った。私の事は? と聞いた時、『妻を愛している』とだけ、あなたは答えた。
以前のあなたは、
だから、それで充分だと思った。愛していない、とは言えなかった。それは嘘になるから。魔女、魔導士は嘘が吐けない。だから言葉を置き換えた。私はそう信じている。
同時に、あなたが本心を私に見せる事はない、そう思い知り、やはりあなたはあの人のものなのだと、悟った・・・
それでも、とリリミゾハギは思った。確かにあの時、あの人に抱かれているとき、私は花と咲いていた。私は花を咲かせていた ――
「ママ、ママぁ・・・」
泣きながらシャインルリハギが
「ねぇ、トカゲ、死なない? しっぽを持ったら切れちゃったの。トカゲ、死んだりしない?」
「おい、こら、女の子にトカゲなんか持たせたのか?」
向こうでアウトレネルが息子を
涙をいっぱい溜めたシャインルリハギにリリミゾハギが微笑んで答える。
「大丈夫よ。トカゲはしっぽを切っても死なないようにできているの。だから逃げるためにしっぽを自分で切るのよ」
その言葉にシャインルリハギは安心し、ニッコリ笑う。そして父親に叱られているアラネルトレーネに駆け寄って抱き締める。
「アラン! トカゲは死なないって。アランの髪と同じ色のトカゲ、死なないって」
そしてニッコリと可愛い笑顔を見せる。
「トカゲが死んだら、もうアランに会えないような気がしたの。それが嫌だったの」
ね、アラン、ずっと一緒にいてね・・・
雪に抱かれて花と咲く 寄賀あける @akeru_yoga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます