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その日、ビルセゼルトはノンスアルティムの別荘を訪れていた。リリミゾハギが二人目の子を出産してから三か月が過ぎようとしている。
生まれたのは女の子で、ビルセゼルトはシャインルリハギと名付けた。通り名をシャーンとしたのはリリミゾハギだった。
シャインルリハギを初めて抱き上げた時、ビルセゼルトは、こんなにも男児と女児では違うものか、と驚いている。グリンバゼルトを抱き上げた時には、こんなに軽いのに、ずっしり重たく感じる事を不思議に思ったものだが、シャインルリハギはひたすら軽く柔らかく、なんて
性別によるものではなく、単に個体差だったのかもしれない。あるいはビルセゼルトの心理が大きく影響していたのかもしれない。
生まれたばかりのシャインルリハギを抱き上げ、その顔を見た時、ビルセゼルトは心を決めた。リリミゾハギとは別れる。この子を抱いてやれる時間は残り
出産直後にはさすがに言い出せず、体調の回復を待ってリリミゾハギに告げると決めた。そして三か月が過ぎた今日、大事な話があると通告してから別荘を訪れたビルセゼルトだ。
ジョゼシラの体調不良がきっかけの騒ぎから、ビルセゼルトがリリミゾハギを訪れる
異変が目的を果たしたと感じたあの時、ビルセゼルトの直感は、この異変は
示顕王を調べても、これと言った成果を今まで見ていない。だとしたら、調べる場を
示顕王、神秘王と呼ばれる者は王家の直系のみに現れる。ここに秘密がある。異変があって以来、ビルセゼルトにはそう思えて仕方なかった。
ゴルヴセゼルトについては、
その九日間戦争の
サリオネルトの死とともに、示顕王の力はその息子ロハンデルトに移譲されている。
サリオネルトは示顕王を成立させるための布石だったのだと、ビルセゼルトは考えていた。同時に、自分は神秘王を成立させるための布石なのだと確信している。
星見魔導士の予見によって、ビルセゼルトの子は神秘王だと判っている。示顕王と神秘王は同一視されているが、魔導史上、同時期に出現したことがない。それが今回、二人が
ビルセゼルトは、自分たちが双子である事にも着目している。示顕王と神秘王を同時期に出現させるために双子である必要があったと考えた。
あの異変の目的は、ジョゼシラの胎内に神秘王を宿らせる事なのだ、とビルセゼルトは結論付けている。事実ジョゼシラは懐妊し、次の
もし、サリオネルトが存命なら、マルテミアが妊娠したときはどうだったのか、聞いてみたいところだったが、どうにかなる事でもない。ビルセゼルトたちに起きた異変、それと同様の事があったのだろうと推測するほかない。
両親にも異変が起きたことがないか聞いてみたいところだったが、こちらも既に他界している。
ビルセゼルトの関心は異変そのものではなく、異変の原因に移っていく。何が異変を起こしたか。そして、その原因で自分たち兄弟も生まれたのだと考えていた。
どちらにしろ、何か大きな意思が介在している。その意思が、始祖の王ゴルヴセゼルトによるものと考えれば、筋道も見えそうだ。そして何日もかけて
=ゴルヴセゼルト、子孫を示顕王・神秘王に捧げると
これだ、やはりゴルヴセゼルト、そして神秘契約・・・ビルセゼルトの心は
期待は外れ、読み取れるなかにそれ以上の情報は見つけられなかった。せめて神秘契約の内容を知りたかったが、それすら隠されているのか、まったく記述がない。
神秘契約によるものかは不明だが、一つ気が付いたのは、示顕王、神秘王、ともに幼少期、親元を離れて育てられているという事だ。
ビルセゼルトは星見魔導士から、神秘王として子が生まれたなら、すぐに手放すか、少なくとも愛情を掛けてはいけないと、アドバイスされている。神秘王に親の愛は不要、むしろ害をなす、そう言われていた。
サリオネルトは、誕生時に言葉を発したことから母親に
やはり手元に置くことは叶わない・・・シャインルリハギを抱いてその顔を見詰めながら、ビルセゼルトは次に生まれる我が子を思った。
神秘王となるべき我が子、愛を与えてはならない我が子・・・今、抱くのはやはり自分の子で、愛しいと感じている。このままでいるならば、きっと愛情を注ぎ続ける事だろう。
自分の子らに、そうも格差を付けてよいものか? それに・・・
ジョゼシラから子を取り上げて、それなのに自分は
ゴルヴセゼルトの神秘契約の内容は不明だが、究明に時間が掛かる以上、すでに明らかになっている事柄を受け入れるほかはない。示顕王も神秘王も
「パパぁー」
ノンスアルティムの別荘で、火のルートから出た途端、ビルセゼルドは愛児の歓待を受けている。いい子にしていたかい、と抱き上げると、グリンバゼルトは満足そうに微笑み、大好き、と抱き付いてくる。
この無条件の愛情と信頼を、私は裏切ろうとしている・・・
いつか理由を話せる時が来るのだろうか? 話せたとしても言い訳に過ぎないのだから、
「パパ、ご本、読んで」
このところ、文字の
「お魚の絵本、読んで欲しい」
「そうか、グリンはあの本が随分と好きだね」
「うん、パパの本。だぁい好き」
黄金色の魚の物語が書かれた本は、もともとこの屋敷の蔵書ではなかった。ビルセゼルトが持ってきたものだった。確か、センスアルティムの街屋敷に行った時、目についたものだ。
用事が済んだら読んであげるよ、そう言おうと思って気が変わった。これからリリミゾハギと話し合いをしなければならない。その結果、グリンバゼルトに本を読んでやれなくなる可能性もある。
「よし、判った。本を持っておいで」
グリンバゼルトを降ろし、ビルセゼルトは居間に向かった――
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