18
魔女の居城に入るには火のルートを使うしかない。外部から簡単に中に入れないよう厳重な結界が張り巡らさせているからだ。ビルセゼルトでも移動術を使っての侵入は不可能だ。
ノンスアルティムの別荘から、ひとまず魔導士学校の自室に戻る。魔導士学校の自室の暖炉は、別荘以外は、サンスアルティムの今は住む者がいない街屋敷と、南魔導士ギルドの本拠、そして南の魔女の居城に開通している。
ビルセゼルトは自室に戻ると、少し迷ってギルドに寄る事にした。何か情報があるかも知れない。あるいは南の魔女の居城の誰かが、ギルドに通報しているかもしれない。ジョゼシラの行動は誓約違反と取れなくもない。
ギルドの火のルート番がビルセゼルトと聞いて、大声でナセシナノを呼ぶのが聞こえた。やはりギルドも知るところとなっているか。責任を追及されたときの対策も必要だな、とビルセゼルトは思っていた。
「ナッセ、何があった?」
「お待ちしておりました。それが・・・まったく判らないのです」
昨日の夜明けに、陣地の守護が強化されるのを感じている。だから、南の魔女は、それまではいつもと変わらずにいたはずだ。異変があったのは、給仕係の魔女が朝食の用意をしようと居室のドアを叩いた時だった。『失せろ・・・食事などいらぬ』そう言ってジョゼシラは給仕係を追い返した。
「・・・本当にジョゼシラが? 本当にそんなことを?」
つい、ビルセゼルトは問い
「そしてそれきりお部屋に
さすがに雷は的を外して打ち出したようで、壁を少し破壊するにとどまったらしい。既に城詰めの魔導士により修復されていると、ナセシナノは言った。
放っておけないのは明白だ。ナセシナノが知っているという事は、ギルドが干渉するという事だ。南の魔女の臣下の誰かがギルドに救援を求めたのだろう。無理もない、私でさえ手を焼くことがあるジョゼシラを制せる者は、そう居はしない。
ここまで考えて、ビルセゼルトの脳裏にある恐れが浮かぶ。まさか、ジョゼシラに誰か毒を盛ったか? 錯乱効果のある毒は知らないが、ないとも限らない。ジョゼシラが簡単に錯乱術にかかる事はない。だが毒耐性はどうだろう。そこまで仕込んでいないはずだ。
自分にも身に覚えのないことではない。効力無効術を使って効果が出る事はなかったが、リリミゾハギに媚薬を盛られた事がある。
城に詰める者をあの魔女は信頼しているはずだ。その信頼する者に勧められれば疑いもせず飲食するだろう。
そして、この事態をビルセゼルトに伝える前にギルドに通報した者は、事態がギルドに知られることでジョゼシラやビルセゼルトの立場が危うくなる事を狙ったのではないか?
「ビルセゼルト様! まずは南の魔女の居城にお急ぎください」
ナセシナノの声に、ビルセゼルトは火のルートに足を踏み入れた。
南の魔女の居城で聞いた話はナセシナノから聞いた話と変わらなかった。ただ、『うせろ』ではなく『来ないで』と言う
「来ないで? その物言いも、ジョゼシラにしては随分と珍しい・・・」
もしあの魔女が言うのなら、『来てはならない』『来るのを禁じる』などと、命じるはずだ。
ジョゼシラが南の魔女と定められて、ジョゼシラの母ソラテシラは東の魔女に移動したが、ジョゼシラを産み育てたのは南の魔女だった時だ。
ジョゼシラは生まれた時から統括魔女を見ている。統括魔女は命令を下すものだと、思い込んでいる節がある。命じなければ、臣下の者はどうしたらいいのか迷う、迷わせないよう明確な命令を下すのが統括魔女の仕事だ、と言うのがジョゼシラの哲学だった。
そのジョゼシラが、『お願いだから来ないで』と言ったという。これもまた、ビルセゼルトには納得いかないが、事実はそうなのだろうと、受け止めていた。魔女、魔導士は嘘が吐けないのだ・・・
魔女の居室前には数名の魔女や魔導士が集まって、何とかドアを開けさせようと、中に声をかけていた。見るとネクルドロアの顔がある。
ギルド詰めのネクルドロアがここにいる、という事は事態収拾のためにギルドから派遣されたという事だ。ネクルドロアは警護魔導士だ。警護魔導士を呼ばねばならないほどなのか?
壁に寄りかかり、ネクルドロアは周囲の様子を観察している。
「やぁ、ビリー、ようやっと来たか」
ビルセゼルトを見ると親し気に声をかけてくる。魔導士学校では一年上で白金寮の寮長をしたこともある魔導士だ。
「さすがにジョゼシラの力は凄いな。無理やり開こうとしたが、俺の術は無効化された」
「ふむ・・・ドローの術が跳ね返されるのでは、私でも無理かな?」
またまた
それに
ジョゼシラの
「暴れているのか?」
ビルセゼルトの問いに、
「いや、しつこくしなければ、おとなしいもんだ」
とネクルドロアが答える。
「では、まず声をかけてみよう」
周囲が見守る中、ビルセゼルトが魔女の居室のドアの前に進み出る。
「ジョゼシラ、私だ。聞こえているか?」
ビルセゼルトが語り掛ける。声の大きさは今までネクルドロアと話していた時と変わらないが、送言術と、何か複雑な術を仕込んでいるとネクルドロアは感じていた。
まったく、いけ好かない。ビルセゼルトは魔導士学校に入学してきたときから、いけ好かなかった、とネクルドロアは思う。
誰が見たって美しい顔立ち、燃えるような赤い髪に、鋭く光るレンガ色の瞳、それだけでも目立つのに、並みはずれた魔導力に神秘力、さらに術を使う器用さ、豊富な知識・・・
どんなに頑張ったって太刀打ちできなかった。だから下になるしかなかった。ホヴァセンシルについて北に行く手もなかったわけじゃない、でもホヴァセンシルはたかが街の魔導士の出。だったら、まだビルセゼルトのほうがマシだ。
さて、ビルセゼルト、奥方のご
しかし、それも困るか。ビルセゼルトの代わりになれる魔導士がいない。北のホヴァセンシルに対抗できるのはビルセゼルトだけだ・・・ネクルドロアは、どっちつかずの気持ちのまま、ビルセゼルトを見詰めていた――
「なんでこうなった?」
アウトレネルの怒鳴り声が辺りに響いた。
「だから、それがさっぱり判らず・・・こうしてアウトレネル様をお頼りしたのです」
南の魔女の居城に詰める魔導士にそう言われ、グッと、アウトレネルが言葉に詰まる。
「ドロー、アンタは何をしていたんだ? ビリーが部屋に入るのを見ていたんだろう?」
「レーネ、俺に言われてもなぁ・・・ビルセゼルトは自分で部屋に入り、それっきり応答なしだ。ジョゼシラの結界は俺なんかじゃ破れなかった。その上にビルセゼルトが術を重ねている。誰に破れるって言うんだ?」
再びアウトレネルは言葉に詰まった。
ビルセゼルトがジョゼシラに声を開けたあの時、
開けられたドアの中に入るビルセゼルトに続いてネクルドロアも入ろうとした。が、ドアは空いたままなのに、結界に
ビルセゼルトが中に入るまでは、時折ジョゼシラは返事を寄越していた。それが今度はビルセゼルトも一緒になって一切応答しない、と事態は悪化の一途を
一晩はビルセゼルトが説得しているのだろうと、静かに見守った。それが二日目の夜になっても変化がない。三日目にはビルセゼルトの親友と
だが、アウトレネルの言葉もビルセゼルトを動かせない。もちろん、アウトレネルも事態を深刻に受け止め、懸命に話しかけている。
一番の問題は、陣地を守る魔女の守護が期限切れになる事だった。
統括魔女は毎朝、日の出とともに己の陣地に保護術を掛ける仕事があった。そのほかにもいろいろあるが、その仕事は陣地と神秘契約をした統括魔女にしかできない事だった。
魔導士はその保護術を強化することもできたが、土台になる魔女の保護術が崩壊すればそれもできなくなる。土台が消えれば、強化もへったくれもない。魔女の保護術の期限は五日と言われている。ジョゼシラの保護術なら、更に二、三日は持つかもしれない。だが、不確定要素に過ぎない。
ジョゼシラが部屋に籠ってから、すでに四日が過ぎている。もう、猶予がない。
「ソラテシラ様を呼ぶしかないか・・・」
アウトレネルが
こうなったら、ビルセゼルトやジョゼシラに対抗できるのはジョゼシラの母親、前東の魔女ソラテシラしかいないと判断したのだ。ソラテシラの言葉になら、ジョゼシラ、もしくはビルセゼルトが耳を傾けるかもしれない。
最悪、ソラテシラの夫、ジョゼシラの父親、妖幻の魔導士ダガンネジブとソラテシアの二人でなら、この結界も破れるかもしれない。この際だ、多少居城に被害が出ても仕方ない。
「そうだな、ギルドに手配させる」
ネクルドロアがアウトレネルの呟きに答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます