第2話 ―― SOMEDAY.2 ――
昨夜の電話は哲郎からの連絡だった。
僕に来て欲しいと、彼は言った。
「アイツも会いたがってるぞ」
「そんなはず無いだろ」
「今は夏休みだ、予定は空いてるよな」
一方的な哲郎の言葉に、予定は空いてると答えた。
実際、バイトの出勤は三日ほど入っていない。明々後日まで休みだった。
彼は納得した様子で通話を切る。
だけど僕は行かなかった。
行きたくなくなったから。憂鬱だったから。彼女自身に近寄りたくなかったから。
だから、その日は一日中、下宿で眠って過ごした。
目が覚めるたび、蝉の鳴き声がうるさかった。
翌日も憂鬱だった。
これ以上、下宿で過ごす気にもなれない。
僕は財布とスマホだけ持って出かけた。遠くに行こう。
そう思って、町の最寄り駅から出ている快速電車に乗った。
車内はエアコンで涼しい。乗客は少ない。
途中で乗り換えたりして、三時間ほどで見慣れた駅に着いたので、そこで下車することにした。
降りたとき、なぜ僕はここに来たのだろうかと不思議に感じた。
引っ張られるように、僕はここに立った。答えは出なかった。
駅のホームにはあの夏の匂いが満ちている。
水と草の匂いだ。ここまで流れてきたのだろう。その匂いの元へと僕は歩いた。
そこは広々とした河原だった。
夏の光を水面が反射している風景が目に入った。地元の小学生達が川遊びをしているようだ。男の子が三人、騒ぎながら川魚を追いかけている。
しばらく眺めていると、後ろから声をかけられた。
「透、ここで何を?」
哲郎だった。
彼は頭を坊主にしていた。頭皮に汗をかいている。陽が直に当って暑そうだ。
彼の変わり様に驚いて、声が出せなかった。
「お前、昨日どうして来なかった?」
哲郎は僕をなじった。きつい視線を彼から向けられる。僕は目を伏せ自嘲した。
「部外者が行くのは、おかしいだろ」
「透は本気で、そう言ってるのか?」
僕は黙った。哲郎は舌打ちした。
「じゃあ、今さらここに来た理由は何だよ」
理由を決めていたのではなかった。足が勝手にここへ向かっただけだ。そう思っても、言葉にならなかった。
どう伝えるべきか分からない。僕も自分の行動原理がよく分らないんだ。
何も話さない僕に、哲郎はさらに苛ついていくようだった。
「何か答えてくれ、会話にならない」
「なあ、哲郎。あの時、僕もあの場にいたら、きっと関係者ぐらいにはなれたはずだよ」
ようやく絞り出した僕の答えに、哲郎は唇を噛んだ。
彼に言うべきではなかっただろう。でも、それは本当で、もう覆らないのだ。
僕は悔しかった。伝えるべき言葉は、一生見つからないかも知れないと思った。
仕方ないんだ。たらればは止そう。そう低く呟いた。
子供達の無邪気な笑い声が河原一帯で軽やかに響いている。その音が耳に残る。
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