記憶
「あのね、私のお父さんとお母さん、私を産んだ人じゃないの」
葉月がそう言うと、かさねは少しだけ驚いた顔をしたけれど、何も言わずに頷いてくれた。
「特別養子縁組っていうんだって。五歳のときに、お父さんとお母さんに引き取られて、八歳くらいのときにちゃんと説明してもらったの。
でもね、私、五歳より前の記憶がなくて。お医者さんは、前の両親のところでとっても怖い目にあったから、記憶障害になったって」
かさねは、そっと頷きながら、葉月の両手を握った。
「その、怖い記憶、思い出したの?」
かさねの心配そうな質問に、葉月はふるふると首を振った。
「ううん、前の親のことは今も思い出せない。あ、だけど、中学のときにどうしても気になっちゃった時期があって、自分でちょっと調べたの。いろんな人のところに聞きに行ったりして。
そしたら、お父さんが、他の人に知らされるよりはいいだろうって教えてくれたの。私の前の両親は、私に虐待して、逮捕されたって。だからそれは、思い出したわけじゃないけど、知ってることで」
かさねが、ハッとして、突然葉月を抱きしめた。
「かさね?」
「葉月、ごめん。私、理事長が葉月の親を知ってるかもって言ったから、その、怖い前の親のことかもしれないと思って、不安になったんでしょ? ごめんね、私……」
「かさね、大丈夫だよ、ありがとう心配してくれて。
さっきの理事長の返事も、多分、私が虐待にあって今の両親に引き取られた、複雑な事情の子供だって解ってるって言ったんだと思う。けどね、違うの。私が思い出したの、違う景色なの」
「え?」
葉月は、かさねの肩を押して体を離すと、真正面からかさねの目を見た。
「あの理事長と、あの遊園地で、私、多分会ってる」
かさねが目を見開いた。
「それも、すごく昔。小さい頃。私、あそこで、誰かもう一人、子供と一緒にメリーゴーランドに乗ってて。理事長が、そのもう一人の子を連れて行って……その景色を、何度も夢に見てたって。思い出したの」
「葉月……それで……それで、あの、暗くて色がよくわからない動画見て、メリーゴーランドの馬車の色が解ったんだね。知ってたから」
かさねに言われて、葉月はハッとした。
「そう……だったんだ。気付かなかった」
「うん、葉月、ピンク色の馬車って言うけど、馬車、そんなにちゃんと映ってなかったし、白黒に近いくらい、色がよくわからない画像だったから、どうしてピンク色だって解ったんだろうって思ってたんだ……でも、そっか……」
かさねは、真剣な目になって葉月の手をきゅっと強く握った。
「じゃあ、やっぱりあそこで見た女の子たちは、幽霊じゃないよ。もしかしたら、葉月と一緒にいたもう一人の子供が、遊園地でずっと監禁されて育ったのかもしれないよ」
「えっ……?」
「もしかしたら詩織も、そのことを知って……あの時監禁されてた誰かに話を聞いて……私たちをゲートまで運んだのも、詩織にその話をした子かもしれない」
「かさね?」
かさねの中で、何やら仮説が出来上がっていっているようだ。
「葉月。私の予想、聞いてくれる?」
「うん」
「理事長は、昔からあの廃墟遊園地のホテルに、子供たちを監禁してきたんだよ。葉月も多分、監禁されそうになったんだと思う。けど、もう一人の子が理事長に選ばれたか、葉月が今のご両親に引き取られることが決まったかして、葉月は解放された。理事長が葉月の顔を見て驚いたのは、昔解放した子供だったからだよ。
それで、偶然心霊スポットを知って私たちがあのホテルに行っちゃって。私たちも危うく監禁されそうになったところを、多分、先に監禁されてた子に助けられた。
詩織は、私たちを助けてくれた子から事情を聞かされて、ずっと一人で思い悩んでたんだよ。
だから今朝、理事長をあんな責めるみたいな目で見てたんだ」
興奮気味のかさねの口調が、だんだん早くなっていく。
何だか現実感のない話だが、しかし、詩織の様子がおかしかったことも、理事長が葉月を見て驚いたことも、あのホテルに女の子たちがいたことも、すべて、つじつまが合っているような気がしてくる。
「でも、何のために……」
「ネットに書いてた。黒魔術みたいなことしてるって……多分、ロクなことじゃないと思う」
かさねの言葉に、侮蔑のようなものが見えた。
「葉月さ、自分と同じ顔の女の子に会ったって言ったじゃない?」
「う、うん」
「その子、葉月のお姉ちゃんか……妹かもしれないよ?」
「え?」
自分に姉妹がいるかもしれないなんて、考えたことがなかった。
頭が真っ白になる。
「もしかしたら、詩織にいろいろ教えたのも、その子かもしれない。
それに、葉月が見たお墓みたいなお花畑……もしかしたら、そこから出れないまま亡くなった子たちの……」
そこまで言って、かさねは一度、言葉をつぐんだ。
「葉月。どうする?」
「え?」
「葉月が、もし、真相を知りたいっていうなら、私、手伝うよ」
かさねの瞳は、今まで見たこともないくらい真剣だった。
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