廃墟遊園地

 カサカサと、道に落ちた葉を踏む音が響く。

 やたらと静かな森の中を、三人はどれほど歩いたろう。

 唐突に開けた場所に出た。

 おそらく元は駐車場だったのだろう。文字が消えかけた「P」の看板が見える。

「あ、あれ。動画で見たヤツじゃない?」

 かさねが指さしたのは「フラワームーンランド」の大きな看板だった。

 動画よりも大きく見えたそれは、やはりかなり劣化して古びていた。

 もとはカラフルな看板だったのだろうが、ほとんど塗装が剥げて、下のベニヤ板が腐食し始めているのさえ、見えているような状態だった。


「ほんとにあったんだね……」


 葉月は、しみじみと呟きながら、自分が意外と怖がっていないことに気付いた。

 森の中だし、あちこち板やロープで封鎖されているし、薄暗いし。なにより廃墟なのだ。

 不気味……だとは思う。

 だけれど、思っていたよりも全然怖くなかった。

 むしろ、懐かしいような気さえ、していた。


 戸惑いながら、大きな看板の横に立ってみた。

 奥に見えたのは、窓口やドアをベニヤ板で封鎖された、チケット販売の小屋と、その屋根からのびたアーチ型の入場ゲート。たくさんの、色あせた花の絵が彫り込まれている。元はさぞ豪華でカラフルで立派なアーチだったのだろう。

 そのアーチの真下。入り口のゲートを封鎖するように、一枚の看板が見える。


『危険。私有地につき立ち入り禁止』


「これ……動画には映ってなかったよね?」

 葉月が指さすと、かさねが困ったように笑った。

「これ映したら、私有地に勝手に入ったって、ハンザイの証拠残すようなもんだからね」

「……どうしようか」

 とりあえず、廃墟となった遊園地があったことは解ったのだ。

 もう十分と言えば、十分なのではないだろうか。


 「あっ!」


 詩織がそう言って、ゲートに駆け寄った。

「なになに?」

「どうしたの?」

 

「今……誰かいたような気がする」


「ええっ?」

「どこどこっ?」

 詩織が指さしたのは、ゲートの向こう。

 足元の舗装も雑草に埋め尽くされ、元々はいろいろな遊具があったのかもしれないが、ほとんど撤去されたのだろう、中に、ポツンと大きなテントのような青いビニールシートが見えた。動画に映っていたメリーゴーランドだろう。

 そのずうっと奥には、いくつかの小屋のようなものと、お城の屋根のようなものが見える。

「あの、ビニールシートの辺り……長い髪の女の子がいたような」

「えええっ?」

「ほんとほんと?」

 背筋が寒くなる葉月の横で、かさねが食いつく。

 詩織はあたりをキョロキョロしてから、何かを見つけてゲートの横に向かって走り出した。

「ここから行けそうだよ」

 詩織が指さしたのは、ゲートの、チケット販売所の建物とは逆の柱の横。元はフェンスか何かがあったのかもしれないが、今はただの草むらだ。足元が全く見えないほど草が生い茂って、腰の高さまで育っているのが、少し怖いところだが。

「行けそうって……詩織、入る気?」

「……怖かったら葉月とかさねは待ってて。私、行ってくるから」

 動揺する葉月をよそに、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべて、詩織は草むらに足を踏み入れた。

「あっ!」

 詩織は腰まで雑草に埋まりながら、がさがさと進んでいく。

「し、詩織! まずいよ、ねえ!」

 葉月の呼びかけにも答えず、振り向きすらせず、詩織はどんどん行ってしまう。

「行こう、葉月」

「え?」

「はぐれちゃうかもしれないよ! この辺電波はまだあるみたいだけど、電話つながったって、もし迷子になったらすぐには見つけらんないかも……一人じゃ危ないよ」

 かさねは葉月の手をひいて、柱の方へ向かう。

「待って! 詩織!」

 かさねが真剣な声で叫びながら、ガサガサと草むらを進んでいく。

 詩織は声が聞こえないのか、もうビニールシートのかかったメリーゴーランドのところまで走っていってしまっている。まるで――

 

 ――まるで、私たちを振り切ろうとしているみたいだ。


 葉月の胸の中で、言いようのない不安にも似たものがふくれあがっていった。

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