越境
結局葉月は、かさねと詩織と三人で、届け出に「買い物のため、駅ビルへ」という嘘を書いて、バス時間に合わせて寮を出た。
昨日見た動画では車で移動していたが、マップアプリで目的地らしき場所を検索したら、歩いて行けないことはなさそうだったと詩織が言った。
詩織によると「フラワームーンランド」で検索したら、ネット上にいくつかの記事がヒットしたそうだ。全部、心霊スポットを特集した記事だったとか。その中に住所まで記載していたものがあって、昨夜のうちにその住所をマップアプリで調べておいたのだそうだ。さすがにマップアプリ上では「遊園地」という記載は今はなく、スポットを指す矢印の下には住所が書いてあるだけだった。
葉月は、昨日から詩織の新たな一面に驚かされっぱなしだ。まさか詩織が、心霊スポットなどに夢中になるとは。想像したこともなかった。
けれど同時に、まだ知り合って一か月程度なのだから、知らない面がたくさんあって当然かとも思った。
「結構、辛いね」
葉月とかさねは、山の中を歩くのだから動きやすいカットソーとパンツスタイルで来た。
肌寒いかもしれないと、葉月はパーカーを、かさねはリボンのついたカーディガンを羽織ってきたが、二人ともすぐに暑くなって脱いで、肩や腰に縛っている。
「スポーツドリンク持ってきたから、飲みながら行こう」
詩織は、寮の自動販売機で売っているペットボトル飲料を三つ、自分のリュックから取り出して葉月とかさねに手渡した。
「ありがとう、詩織。準備万端だね」
息を切らせながら、葉月はお礼を言って受け取った。
「さっすが詩織~! ありがとう!」
かさねも嬉しそうに笑ってる。
早速一口飲むと、思いのほかおいしかった。かなり喉が渇いていたようだ。
坂道を登り切ってみると、まだ少し下って、そしてまた少し登り坂…というように、アップダウンが激しい道が見えた。
そして、右側には鉄塔の根元が見えている。
「あ、これ、あの鉄塔かな?」
「そう…だね」
歩道の脇にあるガードレールのさらに向こう、雑草が生い茂る先で、鉄塔はフェンスに四方を囲まれて、立ち入り禁止の看板も掲げられていた。
「やっぱ怪談なんて、嘘なのかな。鉄塔から飛び降りる前に、よじ登れないよね。入れないもの」
葉月が横目で鉄塔を見ながらそう言うと、かさねがパッとあくどい笑顔になった。
「ええ~フェンスなんて、その気になれば乗り越えれるよ? きっとさ」
「わああ! ダメダメ! さすがに現場で怖い話はしないで!」
葉月は慌てて、かさねの肩をゆさゆさとゆすった。
「あははは、やっぱ怖いんだ葉月! カワイイ~!」
「もう! かさね~!」
「ねえ、二人とも! 見て!」
じゃれていると、詩織の声が前の方から聞こえた。
いつの間にか結構先の、坂道を下ったところに立っている。
「詩織! いつの間にあそこまで…!」
「今行くよ~!」
かさねが大声で応えて、二人はそろって走り出した。
「ね、詩織、やる気満々だね。ちょっと意外」
葉月は小声でかさねにそう言った。
「そうだね。ま、楽しいからいいよ」
かさねはにっこり笑ってそう言った。
「ね、見て。これ」
詩織が指さした先には、古ぼけた看板があった。
うっすらと「フラワームーンランド 右折」という文字が見える。
どうやら元々フラワームーンランドへの入り口を表す看板だったのを、白く塗りつぶしたけれどその塗りつぶしたペンキも色あせて、下の文字が透けて見えている……という状態のようだ。
三人は、看板がさす「右」を見た。
森の中に続く、砂利の道があった。
道の少し先に、木と木を結ぶ形でロープが張られている。
立ち入り禁止……と言ってるようにしか見えない。
「どうする……?」
葉月は、恐る恐る二人の顔を見た。
かさねはワクワクしているのが顔に出ている。
「行こう」
詩織は、静かにそう言って歩き出した。
「あっでもロープ……」
葉月が言い終わる前に、詩織はひょいとロープをまたいで行ってしまった。
「い、いいのかな?」
かさねに聞いてみると、かさねもスタスタと歩きだし、ぴょんとロープをまたいでしまった。
「立ち入り禁止っては書いてないし! こんな低いとこ、見えないってことで!」
「ええ~……」
葉月も観念して、ロープを飛び越えた。
――これが、すでに越えてはならない境界線だったことを、この時の葉月は気付けなかったのだ。
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