ピンクの馬車と黒猫
足元の草むらは、少し進むといきなり背が低くなって、歩きやすくなった。
どうやら、ゲート近辺の雑草が特に大きかっただけのようだ。
ところどころ、石畳だったらしいタイルのようなものが残っている。その上を選ぶようにして、時折見える虫に小さく悲鳴を上げながら、葉月とかさねは廃墟と化した遊園地の中を進んだ。
メリーゴーランドの向こう側に詩織の背中が隠れてしまい、葉月は少し焦っていた。
「詩織~! すぐ行くから待っててよ~!」
かさねがもう一度叫んだが、返事は聞こえなかった。
代わりに、カラスが鳴きながらビニールシートの向こうから飛び立っていった。
「わっ……びっくりした……!」
「手、つないで行こっか葉月!」
カラスの鳴き声に驚いた葉月が、かさねの肩にしがみつくと、かさねは笑いながらその手を握った。
「もう~……詩織ぃ~!」
葉月も呼んでみたが、返事はない。
二人がメリーゴーランドの向こう側にたどり着いてみると、予想はしていたが、詩織の姿はなかった。
「どこ行っちゃったんだろ……」
「まさか……あの中とか?」
かさねが、完全にブルーシートに包まれて中が見えないメリーゴーランドを見た。
「え……」
あの、動画で幽霊が映っていた場所に?
「見てみる?」
かさねも、実物はさすがに気味が悪いのか、いつもの歯切れの良さが消えている。
「ええええ……」
「一緒に行こ。ね?」
二人はおっかなびっくり近寄って、ブルーシートに手をかけた。
「詩織? いる?」
もう一度かさねが声をかけるが、返事はない。かさねはシートを持ち上げようと、力を籠める。
「中の……あの、ピンクの馬車の中とかに隠れて、私たちを驚かそうとしてる……とか、ある?」
葉月がおそるおそる聞くと、かさねが手を止めて目を見開いた。
「え? ピンクの馬車?」
「うん、映ってたよね、動画で」
「馬車映ってた? それに、色、見えたの? 葉月」
「え?」
かさねの言っていることが解らず、葉月はとまどった。
と、その時。
がさり
音がして、少しだけめくりあがったシートから、何かが出てきた。
「きゃああああああっ」
「わあああああああああっ」
思わず叫んだ葉月の悲鳴につられて、かさねも悲鳴を上げてシートをおろした。
「にゃーん」
「え?」
「猫?」
そこにいたのは、真っ黒な毛並みに、金色の目の猫だった。
猫はすりすりと葉月の足にすりよってきた。
「わわ……あ……ただの猫……?」
しゃがんでなでてやると、ごろごろと喉を鳴らす。
「カワイイ……」
「もう~びっくりした~!」
猫にメロメロになっている葉月の横で、かさねが脱力した。
「もう、こんな恐る恐る開けるから怖いんだよ! 思い切って行こう! えい!」
かさねが思いっきりシートをめくりあげた。
猫が驚いたようで、ぴょんっとジャンプして、葉月の後ろに隠れた。
「詩織~!」
シートの中に日光がさして、白馬やピンクの馬車が見える。
数秒そのまま眺めてみたが、幸いと言うべきか、残念と言うべきか、幽霊の声も姿もないし、詩織もいなかった。
「……ほんとにピンクだ」
ぼそりとかさねが呟いた。
「詩織、いない……みたいだね」
「ああ」
かさねは、ハッとしてシートを元に戻すと、メリーゴーランドから一歩離れて、奥を見た。
葉月も立ち上がって、かさねの視線を追う。
この遊園地は、山の傾斜をそのまま活用していたようで、視界の先にゆるやか下り坂や階段が見えた。下った先に、三階建ての洋館が見えた。ゲートの外から少しだけ見えていた、お城のような屋根はこの屋根だ。
洋館以外は、小さな小屋が二つある程度で、いくつか遊具の基礎だったと思われるコンクリートがちらほら見えるだけ。廃墟になる前、どんなアトラクションがあったのかさえ、もう解らないくらい、寂しい景色だ。
「もしかして……あの建物の方かな?」
「詩織……あっ」
突然、葉月の足元から猫が駆け出した。数歩進んで、葉月を振り向くと、一度「にゃーん」と鳴き、また建物に向かって歩き出した。
「……これあれじゃない? マンガとかでよくある『ついてこいって言ってるみたい』みたいなやつ!」
かさねがおどけた声を出した。
「ええ~? そんなわけないじゃん……でも、あの建物とか、あの小さな小屋とか……そのあたりしか行くところないよね?」
「行って見よう!」
「うん……行くしかないよね」
葉月は、さっきの妙に焦ったような詩織の背中を思い出して、もやもやとした不安が膨らんでいくのを感じていた。
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