買い出し

 一日の授業が終わり、葉月が帰ろうと仕度をしていると、かさねが駆け寄ってきた。

「葉月! 今日さ、寮監の奈緒ちゃんと買い出しなんだよね! 葉月も行こう!」

「え、かさね、買い出しに連れてってもらえるの?」

「ふふふ、この前、どうしても郵便局に行きたい! って寮監の先生たちの前でお願いしたんだ! そしたら特別に奈緒ちゃんが買い出し当番の日に、一緒に行っていいって」

 さすがはかさね。要領がいい。

 寮では監督職員が数人いる。ほとんどが通いだが、一番若くて年齢が近い「奈緒ちゃん」と呼ばれている監督職員だけは、住み込みだ。

 今日はその「奈緒ちゃん」が買い出しの担当なのをいいことに、かさねは得意のおねだりをしたらしい。通常、普通の買い出しに生徒を連れていくことはないから、よほど先生たちを納得させるような言い訳を考えたのだろう。

「よく許してもらえたね」

「『現場で頑張ってるお父さんに、プレゼントを贈りたいんです』って言ったの!」

「ああ」

 なるほど、と葉月は納得して、鞄を持って席を立った。


 かさねの父親は、有名な俳優だ。かさね自身はもちろん、教員も寮監も誰も言いふらしたりしていないけれど、みんながどこかから聞きつけて知っている事実。

 葉月が知ったきっかけは、クラスの噂好きな生徒に「あなたのルームメイトって、有名人の子供って本当?」と聞かれたところを、かさねが見ていたことだった。

 かさねは、父親が有名な俳優であることと、その父親の話はあまりしたくないのだということを、教えてくれた。

 きっと、有名人の子供には苦労が多いのだろうと、葉月は勝手に理解して、それ以降葉月からかさねの家族のことについて聞いてはいない。


 ただ、かさねは時々こうやって、父親の名前をうまく利用しているようだ。


「奈緒ちゃんに預ければいいって話にならなかったの?」

「そこはほら、現場の住所は内緒なので、自分で窓口に出さないといけないんですぅ~って、適当に言っといたから」

 かさねのこういうところは本当にすごい。葉月はこっそり尊敬していた。

 おねだりしたり、お願いしたり……そういうのは葉月の苦手とするところだ。

 

 他愛もない話をしながら、二人は学校を出て、同じ敷地内にある一年生用の寮に帰った。

 玄関の前に、一台の軽ワゴンが停まっていた。

「あ、かさねさん、葉月さん、おかえりなさい」

 軽ワゴンの向こうから声がして、ポニーテールの女性が顔を出した。

 唯一の住み込みの寮監の奈緒ちゃんこと、奈緒子なおこ先生だ。

「奈緒ちゃん! 今日さ、葉月も連れてって! いいでしょ? お願い!」

「え~? もう~しょうがないなあ。他の子たちに見られると面倒だから、早く準備してきてよ!」

「ありがと、奈緒ちゃん! すぐ戻ってくるね!」

 露骨に「面倒くさい」という顔をしている奈緒子に、かさねはウインクして手を振った。


 かさねと葉月は、部屋のそれぞれの机の上に鞄を置くと、財布と携帯電話を小さなショルダーバッグに入れて部屋を出た。かさねは、いくつかの小さな封筒を入れた紙袋も持っていた。

「それ、いつもの?」

「そ。これを送りたかったんだ」

「やっぱりね」

 玄関に奈緒子が立っていて、細めた目でかさねを見ていた。

「いつもの、なんでしょ?」

「へへっ……奈緒ちゃんほんと、いつもありがと」

「やれやれ、変な嘘つかなくても、私が当番のときはこっそり出しといてあげるって言ったじゃない。ま、いいや。乗りなさい」

 奈緒子にうながされて、かさねと葉月は後部座席に乗り込んだ。

 葉月はシートベルトを締めながら、かさねの膝の上の紙袋をちらりと見た。

 フリマアプリのロゴが着いた「いつもの」小さな封筒が見えた。

 読者モデルのアルバイトを休むようになってから、かさねが小さなお小遣い稼ぎとしてやっているのが、このフリマアプリだ。かさねの美容を心配しているという親から送られてくる化粧品を、こっそりこうやってフリマアプリで売っている。

 葉月は驚いたが、何と少しくらい使用した開封済みのものでも売れて、普段使うお小遣いくらいにはなるのだそうだ。葉月には、想像もできなかったお小遣いの稼ぎ方だ。

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