ウワサ

 最寄り……と言っても、山を下りてしばらく車を走らせた先の、とても徒歩では来れない駅前に着くと、奈緒子は駅の立体駐車場に車を停めた。

 駅ビルの一階に入っている郵便局で、奈緒子は寮の用事を、かさねは自分の荷物の発送手続きをしているが、葉月は手持無沙汰だった。

 すぐ隣がファストフード店だからだろう、駅ビルの中も周囲も、制服姿の中高生であふれている。

 その皆がチラチラと、こちらを見ている気がして仕方なかった。


 ――なんだか落ち着かないな……。


 何せこの、古風なお嬢様ワンピースの制服姿だ。

 秀花の制服はこの辺りでは「変わった制服」として有名だし、全寮制の秀花の生徒が、制服姿で街にいることはほとんどない。

 皆、興味と奇異の目で見ている気がする。

 葉月には、詩織のような神秘的な雰囲気も、繭のような真面目さも、かさねのような美貌もない。それでなくても、ほんの少し油断しただけで、自分は生きていていいのかと不安になるのだから、こんな風に他人に見られながら、堂々立っていること、耐えられるわけがない。

「葉月! お待たせ!」

 かさねが、明るい声でそう言って、後ろから葉月に抱き着いてきた。

「わっ、びっくりしたよ」

「ごめんごめん! あれ? 奈緒ちゃんまだ終わってないんだ?」

「うん。ほら、あそこ」

 奈緒子は、待合室の椅子に座り、番号札を眺めていた。

「オトナって大変だね~。ね、あれちょっと見に行こう!」

「あ、かさね、待って」

 かさねは、駅ビルの通路の向こうに見えている、洋菓子屋さんを指さして、郵便局を飛び出した。葉月も慌てて追いかける。

 焼き菓子専門店の店頭には、色とりどりのかわいいお菓子が並んでいる。

「これカワイイ~! 一個買っちゃおうかな~おいしそうだよね!」

「うん、おいしそう」

 葉月も、ちょっと財布のひもが緩みそうになってきた。


「なあ、あれ、秀花の――」


 後ろから、男の声が聞こえて、葉月の背中に緊張が走った。

「なあ、あの動画見た? 秀花の校舎の向こうにある廃墟のさ」

「ああ~あれだろ? 心霊動画!」


 ――心霊動画?

 葉月が思わずかさねの顔を見ると、同時にかさねもこちらを見ていた。

 かさねは、ちらりと後ろを確認した。

 郵便局の自動ドアの横には、三人の男子高校生が立っていた。駅前の高校の制服だ。


「廃墟遊園地だろ? マジで映ってるってやつ!」

「は? こわっ何それ」

「これこれ、ほら。これのさ……」

「ちょっ見せなくていいって!」


 男子高校生たちはもはや葉月たちの方ではなく、スマホに夢中だ。

 かさねが、ぽんと葉月の肩を叩いてウインクすると、男子高校生の方に走り出した。

「えっ? かさね?」

 葉月の呼び止める声には応えず、かさねはあっという間に男子高校生たちの目の前に立ってしまった。


「ねえ、その動画、見せてくれません? ウチのガッコの心霊動画なんですか?」

「えっ」

「おわっ」

 突然スマホの裏側から、モデル級(実際モデルだが)の美人に上目遣いで見つめられ、男子高校生たちは顔を真っ赤にしてうろたえた。

「え、えっと……!」

「ごめんなさい、秀花って聞こえたからつい……私、怖い話大好きなんですよね~」

 かさねの笑顔は、葉月からは見えないが、声の調子から言っても間違いなく営業スマイルになっているだろう。

「その、スマホの動画、見せてもらえます?」

「あ、ああ、はい、でも、秀花のってわけじゃ……」

 おどおどと言いながら、男子高校生はかさねにスマホを手渡した。

 かさねはパッと葉月をふりむいて、ぶんぶんと手招きをしだした。

「ええっ?」

 葉月は動揺しつつも、かさねを無視するわけにもいかず、トコトコと駆け寄った。

「一緒に見よ!」

 かさねがスマホを二人の間で横にして見せてから、再生マークをタップした。

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