シオリ

 午後の授業中、葉月はぼんやりと窓の外を眺めていた。

 かさねが、昼に話していた鉄塔。

 今日も当然のように、森の中に馴染んでいる。

 

 真っ青な空の中に、そびえたつ鉄色。


 空。


 こんな青空を見ていると、入学してすぐの放課後、中庭で見かけた詩織のことを思い出す。


 放課後の中庭には誰もいなかった。噴水と、背の低い植木と、ベンチ。

 昼休みにはお昼を食べる生徒が数人いたり、部活動が活発な時期にはここで活動している部もいるが、その日は、詩織一人だった。

 その中央の噴水の横で、首をぐいっと曲げ、顔を真上に向けて、青空を見上げていた。

 その姿を、中庭の入り口で見つけた葉月は、知り合ったばかりの詩織に声をかけるかどうか躊躇ちゅうちょしていた。

 

 すると、詩織は、そっと右腕を真上にのばした。

 指先まで、空に向けて。

 そしてそのまま、数歩歩いて。立ち止まって。

 そのまま、ずっと空を見つめていた。


「……なにしてるの?」


 気付けば、葉月はそう呟いていた。

 そんなに大きな声ではなかったのに、詩織はぴくりと反応して、ゆるりと葉月の方を見た。


「れんしゅう」


 すっと詩織の口のはしが持ち上がった。


「練習?」


「空に落ちる、練習」


 詩織は腕を下ろして、にっこりと微笑んだ。

 消えてしまいそうに儚くて、きれいで――葉月は声を失った。

 空に落ちるとは、どういうことなのだろう。そんな疑問も、言葉にならなかった。


 詩織はそのまま、葉月の横を通り過ぎて、帰って行ってしまったのだ。


 あの日、あの放課後のあの時から、葉月の心は詩織に奪われたままだ。

 空に落ちる。

 どういうことなのか、いつか教えてもらえるだろうか。

 

 ふと、葉月は鉄塔を見て思った。

 鉄塔から空中に飛び降りたら、空に落ちていくような感覚になるのだろうか。


 そう思った直後。チャイムが鳴り響き、葉月の夢想を切り裂いた。

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