学園

 私立秀花学園しりつしゅうかがくえんは、山奥にある全寮制の女子校だ。

 古めかしい体育館で、姿勢よく椅子に座って、檀上の校長の話を聞く三百人強の女子高生たちの中で、葉月はそっと目を伏せた。

 明るい茶色のショートボブが、さらりと目の横で揺れた。

 下を見ると、視界に入るやたらと古風な制服。

 真っ黒なハイウエストのワンピースは、リボン付きのベルトで腰を締めて、すそはふわりと広がっている。首元の白い大きな四角いセーラーカラーと、白いスカーフ。高校の制服というよりも、骨董品のフランス人形が着ていそうな服だ。


 この制服を着た少女が、ずらりと並んで一斉に前を見ている。

 葉月は、この状況が苦手だった。


 入学してまだ一か月。

 友達もできてはいるけれど、まだまだそこまで親しくはない。

 隣県の中学から進学してきた葉月には、中学からの友人という存在もいない。

 

 こうしてみんな同じ格好で、同じようにじいっとしていると、まるで人形のように見えてくる。

 人形の群れの中で、人形と同じ姿勢でじいっとしていたら、自分も人形になってしまう。

 そんな恐怖が襲ってくるのだ。


 足を動かして、手をそっと握って、そうっとそうっと、息を吐く。


 ――毎月毎月、どうして朝礼なんてやる必要があるんだろう。早く終わってほしい。


 心の中でそう呟き、小さくため息をつくと、斜め前の席の生徒がこちらを振り向いた。こんな小さな吐息の音を、耳ざとく聞きつけたらしい。

 つやつやの黒髪のツインテールに、猫のような大きな目。寮でのルームメイト、かさねだ。


「葉月、ダイジョブ? 具合、悪い?」


 ひそひそと抑えた声で、心配そうに声をかけてきた。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 ささやき返すと、かさねは、そう? と言いたげに小首をかしげてから、ふっと微笑んだ。


「コーチョーの話、長いよね」


 苦笑いでそう言ったかさねは、さっと前に向き直った。


 ああ。人形じゃない。


 膝の上で指を組んで、体の緊張が少し緩んだことで、自分が安心したのだと気付く。

 直後、校長の話が終わり、全員が座ったまま頭を下げて礼をする。

 葉月は慌ててタイミングを合わせて頭を下げて、心の中で三つ数えて頭を上げた。ほとんどみんな、同じタイミングだった。

 

 ――やっぱり、人形みたい。


 葉月が心の中でそう思ったとき、教頭が朝礼の終わりを告げる声が、体育館に響いた。

 みんなが一斉に立ち上がって、順番に体育館から退場していく。

 

 葉月は、ストンと椅子に座った。

 退場は三年生からだ。もう少し動けないだろう。


「ねえねえ、葉月」

 パッと髪をはねさせて、かさねがこちらを振り向いた。

「ダイジョブ? 具合悪そうだったけど」

「大丈夫だよ、ありがとう。単に、暇すぎてダルくなってだけ」

 そう答えながら、葉月はうーんと伸びをして見せた。

「そっか~。つまんないよね、校長のハナシなんてさ。このツキイチの朝礼とかってなんのためにやってるか知ってる?」

「ううん。意味わかんないと思ってた。必要なくない?」

 かさねはいたずらっぽく笑って、さっと周囲の様子をうかがった。

「ウチ、お母さんも秀花出身なんだけど、そのころはさ、何かお祈りとかしてたらしいよ」

「……お祈り?」

「ほら、校庭に神社みたいの、あるじゃん」

「ああ」


 この秀花学園の校庭には、小さなお社がある。何の神様が祀られているのかは知らないけれど。


「今はほら、前期と後期の始まりに各クラスごとにお参りするくらいだけど、昔は毎月あそこでお祈りしてたんだって」

「そうなの?」

「そうなんだって。でも、宗教色が強いのが嫌だとか言ってPTAから苦情がきて、お祈りはなくなったらしいよ」


 秀花は、特別、宗教系の学校ということにはなっていない。それなのに毎月お祈りとかしてたら、嫌だとか怖いとか思う人はいるかもしれないと、葉月は苦情が来て中止になったということについて、納得した。

 けれど、それでどうして朝礼になったのだろう。


「もしかして、そのお祈りの名残っていうか、代わりにこの朝礼になったの?」

「そうみたいだよ」


 かさねがそう言って肩をすくめた時には、周りの子たちが出口に向かって歩き始めていた。

 葉月も、かさねに促されて立ち上がった。


「行こう、葉月」

「うん」


 かさねに手を引かれて、当番の生徒たちが椅子を片付け始めた体育館から廊下に出る。


 ――なんだ。本当に……意味なんてないんじゃないか。


 歩きながら、葉月はこっそり心の中でそう思った。


 ――無意味な朝礼なんて、さっさと取りやめて、自習や読書の時間にでもした方がよっぽどいいじゃない。


 どうにも、秀花には無駄が多い気がする。

 制服も無駄に古めかしくて、無駄にふわふわしているし、校庭の神社だって何の神様を祀ってるのかもわからないのにそこにある。

 まあ制服は、それ目当てで進学してくる子もいるそうなので、無駄ということもないかもしれない。


「あー……一時間目、古文か~。めんどいな~」


 隣で伸びをしながら、かさねが呟いた。このかさねは、まさにそういう生徒だった。

 相変わらず、愛らしい顔立ちで制服がよく似合っている。


「そうだね」

「葉月、特待生目指してるんでしょ? どんな授業も真剣に受けないといけないから、大変だよね~。無理しないで、ほどほどにサボんなよ?」

「あ、うん。ありがと」


 かさねが制服がかわいいという理由で秀花学園に進学したように、わざわざ隣県から進学してきた葉月がここを選んだのにも、きちんと理由があった。

 秀花学園は私立で、同じ法人が経営する女子大があるのだ。この秀花学園で好成績を残せば、特待生として優先的にその大学に進学できる。特待生は、学費もいくらか割引される。それ目当てで、葉月はここを受験したのだ。

 何となく、秀花学園という高校そのものに目的があるわけではなく、その先の大学を見据えているということが、受験のときに後ろめたかった。そう言うと、同室のかさねは、自分も制服と寮生活が目当てで、学校には興味がなかったんだから、同罪だと言ってくれたのを、葉月は思い出した。


「葉月は偉いな。親孝行で」

「かさね……」


 かさねは時々こう言うのだが、いつも少しだけ、寂しそうな顔になる。

 まだ、理由は聞けていないのだけれど。

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