怪談ランチタイム
無意味で面倒な朝礼で始まった一日も、すぐに日常に溶けて、あっという間に昼食の時間になった。
全寮制なので、昼食は学生食堂で定食を食べるか、購買のパンを買って教室で食べるかのどちらかしかない。お弁当を作ってきて、屋上で親しいお友達とランチ……なんてことも、不可能なのだ。そもそも屋上は立ち入り禁止だし。
「葉月! 食堂行こーよ!」
四時間目が終わるなり、かさねが飛び跳ねるようにして窓際の葉月の席に駆け寄ってきた。
「うん」
返事をしながら立ち上がり、かさねと一緒に食堂に向かう。
学生食堂は日替わりメニューが二種類しかないが、基本的に無料だ。購買のパンは普通に有料なので、よほどのことがない限り、葉月とかさねは食堂を利用している。
「今日の日替わりなにかな~。ナポリタンがいいな~」
「かさね、いつもそう言ってる。購買のナポリタンパン買ったら?」
「もったいないよ! 節約節約!」
「読者モデルのアルバイト、してるのに?」
「今はしてないもん! それに、モデルで稼いだお金は将来のための貯金だし!」
かさねはファッション雑誌の読者モデルだ。ただ、山奥の全寮制に入学するにあたって、ほとんど休業状態になっているらしい。次のお仕事は夏休み頃に入れられるかどうか、という状況らしい。
「かさね、偉いね」
「え~葉月ほどじゃないよ。でも、ありがと!」
そんな話をしながら二人並んで、一年生の教室がある四階から食堂がある一階まで階段を下りる。階段を下りて左に曲がればすぐ食堂だ。
「あっ」
食堂前の、今日のメニューが書いてある黒板の前に、見知った顔が見えて、葉月は思わず声をもらして立ち止まった。
すらりと伸びた手足。色素の薄い肌。腰まで伸びた、ゆるくくねるミルクティーベージュのロングヘア。涼しげな目元のアーモンドアイが、ふとこちらを見て、視線がぶつかり、葉月は息を呑んだ。
「あー!
葉月が呼吸を思い出すより先に、かさねが隣でそう言って、手を振った。
薄い唇のはしが、そっと持ち上がって、細く長い指がひらひらと動く。こちらに小さく手を振り返すその姿も、葉月には特別に美しく見える、彼女の名は詩織。
同じ一年生で、クラスは違うが、寮で隣部屋だったことから親しくなったのだ。
「あ、葉月、かさね。二人も一緒にご飯食べよう! ね、詩織!」
微笑む詩織の後ろから、キーの高い声がして、詩織の肩ほどの身長の生徒が、ぴょこんと顔を出した。
詩織のルームメイトの
童顔に丸いレンズの眼鏡をかけて、模範的に耳の下の高さで二つに結った髪はくせっ毛で、くるんと丸まっている。
「うん。葉月とかさねが、いいなら」
詩織は、ゆったりとハスキーな声で、葉月を見て言った。
「う、うん。私はいいよ」
葉月は心臓がどきりと跳ねたのを自覚しながら、平静を装って答えた。
「やったー! 四人でランチだね~!」
かさねが大げさに喜んで見せる。
葉月は、静かに微笑む詩織のたたずまいに見とれ.ながら、詩織と繭の後ろに並んだ。
食堂に入ってすぐ注文カウンターがあって、皆二種類の日替わり定食、AかBどちらか選んで、受け取っていく。
注文は二種類しかないから、ほとんどもうトレーに用意されていて、流れるようにみんな受け取っていく。
今日のA定食のメインはボークソテー。B定食は魚のフライ。
残念ながら、かさねの希望のナポリタンはなかった。
葉月がAを選んで、トレーを受け取って振り向くと、かさねが手ごろな席を見つけていた。
かさねがトレーをテーブルの上に置いて、こちらを見て手招きしている。
トレーに乗せた料理を運ぶということが、どうしても上手にならない葉月がもたついているうちに、繭と詩織は並んでかさねの向かいに座った。
最後に座った葉月の席は、詩織の向かいだった。
嬉しい半分、緊張半分だ。
四人が座って、そろって「いただきます」と言ってお箸を持つと、料理に手を付けるよりも先にかさねが明るい声を出した。
「ねえねえ、みんなさ、怪談知ってる? 怖い話! ウチのガッコの」
輝く笑顔で言うような話題では、全くない。そう葉月は思って、目を細めてかさねを見た。
「何それ?」
「や、やめてよ、怖くなるじゃん」
繭が小さな体をさらに小さくして、弱々しく言った。
「繭、怖がりだもんね」
詩織がゆったりと、優しく繭に微笑みかけた。
「でも確かに、学校だったらまだいいけど、寮だったら嫌だね」
「りょ、寮だったら無理! 転校する!」
繭が涙目になったので、詩織がよしよしと頭をなで始めた。
葉月は詩織の指先から目をそらして、サラダに箸をつけた。
「ダイジョブダイジョブ! 寮じゃないよ!」
かさねの声は相変わらず明るい。
「えっ、じゃ、じゃあ、学校のどこ?」
「繭、怖いんじゃないの?」
一番怯えている繭が聞き返したので、葉月は思わず突っ込んでしまった。
「聞いて、近づかないようにするの!」
「怖いもの見たさってやつでしょ? ワカルワカル!」
ふふふふ、とかさねは不敵に笑った。
なるほど、怖いもの見たさというやつか、と葉月は納得した。
「でも、近づかないってのは難しいかなあ……?」
「どういうこと?」
箸を止めて詩織が聞いた。かさねは、にやあと笑ってもったいぶって、たっぷり間を開けてから続けた。
「教室棟の窓、ぜーんぶが怖くなっちゃうと思うから」
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